| 青木健太郎+植木達人[編著] 2,000円+税 A5判上製 212頁+カラー口絵4頁 2020年7月刊行 ISBN978-4-8067-1603-7 大規模林業と小規模林業が共存して持続可能な森林経営を行なっているオーストリア。 そのカギは、徹底した林業専門教育、地域密着のエネルギー供給をはじめとする 土地に根ざした地域主体の小規模林業・林産業と多様な支援体制にあった。 日本の農山村が、地域の自然資源を活かして経済的に自立するための実践哲学を示す。 森林豊かな長野県、そして日本。 そこには、林業の土台となる哲学が必要です。 学びと自治の力を育み、林業県を目指す長野県だけでなく、日本の森林・林業政策の参考になる一冊です。 森林・林業や山村地域で活躍している多くの実務者、行政関係者、学生の皆さんに推薦します。 長野県知事 阿部守一 |
青木 健太郎(あおき けんたろう)
編者。2章1・2、5章、6章2・3、7章1〜5、9章執筆。
国際連合食糧農業機関(FAO)自然資源専門官。
オーストリア連邦ウィーン農科大学(BOKU)林務官養成課程修了。同大学高等技術者学位(Dipl-Ing)ならびに博士号(Dr. nat. techn.)取得。国際応用システム分析研究所(IIASA)研究員、国際連合工業開発機関(UNIDO)を経て、現在はアジア・ヨーロッパ地域の持続可能な森林管理、気候変動緩和適応策に関する気候ファイナンス事業の立案・実施に従事。持続可能な森林管理と中山間地域の社会システムづくりのための社会貢献をライフワークとする。
信州大学地域共同研究センター客員教授(2014〜2017年)。
今井 翔(いまい しょう)
3章5執筆。
長野県林務部森林政策課企画係主任。
筑波大学第二学群生物資源学類卒業後、長野県林務部へ。平成30年度から令和元年度まで、長野県林務部にてオーストリアとの林業技術交流業務を担当。
植木 達人(うえき たつひと)
編者。1章4・5、2章3、3章1・2・6・7、4章3・5執筆。
信州大学学術研究院農学系教授。
北海道大学大学院博士課程修了(農学博士)後、北海道大学附属天塩地方演習林を経て信州大学へ。森林施業および経営に関する教育・研究を行っている。特に森林技術史、漸伐作業論、森林管理認証、地域森林資源論をテーマにフィールドワークを展開。著書に『森林施業・技術研究─理論と実証』(共著、日本林業調査会)、『森林と環境の創造』(共著、信州大学農学部森林科学科論叢)、『森林サイエンス』(共著、川辺書林)、『列状間伐の考え方と実践』(編著、全国林業改良普及協会)など。
斉藤 仁志(さいとう まさし)
3章3・4執筆。
岩手大学農学部准教授。
東京農工大学連合大学院修了(博士〔農学〕)後、(一社)フォレスト・サーベイ、信州大学学術研究院を経て現職。情報技術を活用しながら森林路網や作業システムの効率化に関する研究・教育を行っている。
千代 登(ちしろ のぼる)
10章執筆。
長野県松本地域振興局林務課長。
信州大学農学部森林工学科卒業後、長野県林務部へ。平成25年度から28年度まで、長野県林務部にてオーストリアとの林業技術交流業務を担当。
松澤 義明(まつざわ よしあき)
1章1〜3、2章4、4章1・2・4、6章1、8章執筆。
(一社)長野県林業コンサルタント協会技監。
信州大学農学部林学科卒業。長野県内の県、市町村、森林組合を会員とする当協会で、会員の森林・林業の支援事業及び調査研究事業を統括している。技術士森林部門(第39664号)。
Monika Cigler(モニカ・ツィグラー)
7章6〜8執筆。
オーストリア・グラーツ在住。文部科学省の奨学金を得て東京大学へ。ウィーン大学博士号取得後、日本学術振興会の特別研究員として再び日本滞在(一橋大学)。グラーツ医科大学にて博士号取得。通訳事務所を設立し、エネルギーアドバイザー資格を得て、木質バイオマス、林業、地域活性化を専門とする通訳やコーディネーター業務を行っている。
連絡先はmonika.cigler@gmx.at
序
はじめに
第1章 オーストリアという国
1-1 ヨーロッパ・アルプスに抱かれた山岳と湖水の国
(1)3つの地理的地域
(2)ドナウ川と大地を潤す多くの河川と湖沼
(3)氷河由来の単調な地質構造と複雑な土壌
1-2 日本より少ない降水量と低い気温
1-3 林業と関わりの深い動植物
1-4 森林面積・蓄積・主要樹種
1-5 社会と産業、地方自治体の特徴
(1)日本との関わり
(2)地方自治の特徴
第2章 持続可能な森林経営を支える制度設計
2-1 世界で最も厳しい森林法の一つ
(1)EU 法・連邦法・州法の従属構造
(2)オーストリア連邦森林法の歴史と概要
2-2 森林計画制度
(1)材木育種のルールと成長区分という考え方
(2)森林の自然度を把握する"ヘメロビー"という考え方
(3)連邦政府による政策決定のための森林資源調査
2-3 森林開発計画と森林専門管理計画
(1)森林開発計画(WEP)による森林機能のゾーニング
(2)林家のための森林専門管理計画(WAF)
2-4 森林・林業に関する補助金制度
(1)EU 補助金政策とオーストリア林業政策との関わり
(2)オーストリアの補助金制度の体系と科目
(3)州レベルの補助金運用
第3章 林業・林産業の基本構造と実態
3-1 誰が素材生産を担っているのか?
3-2 持続可能な森林資源の利用哲学を実現する造林および育林技術
(1)人工植栽による一斉林から天然更新による多様な森林への転換
(2)日本への天然更新のすすめ
(3)育林方法とコスト
(4)多様な森林作りの事例
3-3 林内路網の整備状況
(1)路網整備の推移と現状
(2)開設コスト
3-4 機械化林業を支える収穫システム
(1)高性能林業機械と生産性
(2)林業機械の進展がもたらすもの
3-5 合理化・デジタル化された木材流通
3-6 林産業の基本構造と特徴
3-7 差別化とカスケード利用による中小製材工場の生き残り戦略
第4章 中小規模林家と地域の林業を支える組織体制
4-1 農林家の支援団体─オーストリア農林会議所と州農林会議所
(1)EU レベルでも活動するLKO(オーウムラウト) の構造と運営体制
(2)州LK の構造と活動体制
4-2 生産者に寄り添う金融支援組織
(1)農家のための金融支援組織
(2)O(オーウムラウト)RV の活動
4-3 林家の強力サポーター─森林組合連合
(1)森林組合連合の構造と運営
(2)2 つの州森林組合連合の組織と取り組みの比較
4-4 地域の農林業を支える様々な組織
(1)マシーネンリンク
(2)ラガーハウス
4-5 業界をつなぐ連携プラットフォームと利害調整
(1)川上から川下までの森林セクターをつなぐ協力体制
(2)森林利害関係者との対話プロセス─森林対話
第5章 地域における異業種連携と森林の多面的価値の創出
5-1 観光と自然文化景観の構成要素としての森林
(1)地元住民のボトムアップで作られたカウナグラート自然公園
(2)地域の特徴を活かした活動
(3)地元主体の環境教育と地域プログラム
(4)ビジターセンター管理事務所は調整役
(5)地域と歩む自然公園
5-2 市民のレクリエーションと上水供給のための水源林管理
(1)市民の大切な憩いの空間─ウィーンの森
(2)ウィーンの森に期待される多面的機能とその管理
(3)高品質の飲料水を供給するための厳しい水源林管理
(4)水源林の管理方針と森林施業
5-3 野生生物の管理と林業活動
(1)狩猟は社会文化の一つ
(2)無視できない狩猟セクターの経済的付加価値
(3)野生生物による深刻な森林被害とその対策
第6章 国土を自然災害から守るための森林
6-1 山地防災・砂防対策は国家的な重要課題
6-2 森林の災害保全機能をどう引き出すか
6-3 持続可能な山地保全対策と山岳地域資源への配慮
第7章 木質バイオマスエネルギーによる熱供給システムの普及
7-1 木質バイオマス資源を主役とした再生可能エネルギー生産
7-2 面的に普及している木質バイオマスエネルギー利用
7-3 世帯用木質バイオマスエネルギーの導入事例
7-4 木質バイオマスによる地域熱供給システムの仕組み
7-5 木質バイオマスの利用における利点や特徴
7-6 住民主導による木質バイオマス地域熱供給
7-7 変わりつつある熱供給網の品質優良管理システム
7-8 バイオマス施設の品質優良管理システムの条件は地域熱供給施設をどう変えてきたか
第8章 森林管理認証制度の重要性
8-1 PEFC 認証が伸張するオーストリア
(1)森林管理(FM)認証においてPEFC が伸張する理由
(2)森林管理(FM)認証の国内普及
(3)加工流通管理(CoC)認証の国内普及
8-2 現場での森林管理(FM)認証と加工流通管理(CoC)認証の連携の考え方
(1)リヒテンシュタイン財団の認証森林管理
(2)市民の認証材利用へのアクセス
第9章 現場実施に根ざした森林専門教育
9-1 職業教育の色合いが濃い教育制度
9-2 森林専門職の養成
(1)専門職業教育課程による現場作業従事者の養成
(2)森林法が定める管理職の養成
9-3 森林技術研修機関と林業技術の普及
9-4 林業作業の安全の徹底と実務教育
9-5 子どもたちへの森林教育
第10章 オーストリアと日本の比較
10-1 地勢や社会状況の理解
10-2 森林の立地条件と林業の基本構造
10-3 森林計画と法制度・補助金制度のあり方
10-4 近年の林業・木材産業の発展経過
10-5 現地調査全般から垣間見える両国の違い
至論としての地域林業─おわりに代えて
参考文献
索引
「持続可能性(サスティナビリティー)」という考え方は、今から300年ほど前の中央ヨーロッパ林業を発祥とする。17世紀のドイツ・ザクセン公国では、森林が単なる鉱山の鉄鉱石採掘のように資源開発されたことによって荒廃が進んだため、公国の鉱山監督官だったハンス・カール・フォン・カルロヴィッツ(HansCarlvonCarlowitz)が、1713年に森林資源利用を長期的に扱うための規則を導入したのが始まりである。もちろん当時の規則は木材生産を主目的としていたが、人々は木材の再生産を長期的に続けるには、その土地の気候や土壌条件に配慮して森林を管理しなければならないことをすでに認識していた。土地の自然条件を無視すると森林土壌の生産力が衰えたり、病虫害が蔓延したり、山地災害が発生することを目の当たりにしたからである。
それから数百年の間に、世界中の至るところで行われた生態系の許容力を超えた資源開発によって、森林はさらに大きく荒廃・減少した。
今や持続可能性の理念は、森林だけでなく環境保全や社会経済・文化・政治をも包括する概念として発展し、ブルントラント報告書(国際連合:「環境と開発に関する世界委員会〈WCED〉」、1987年)で広く認知されるようになった。
われわれが森林の持続可能性をどう実践していくかについての問題は、1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された「国連環境開発会議(UNCED)」(地球サミット)を契機に、その後、国連を中心に国際的な議論が進められてきた。1995年にはモントリオール・プロセスにおいて、@生物多様性の保全、A森林生態系の生産力の維持、B森林生態系の健全性と活力の維持、C土壌および水資源の保全と維持、D地球的炭素循環への森林の寄与、E社会の要望を満たす長期的・多面的な社会・経済的便益の維持および増進(木材生産を含む)、F森林の保全と持続可能な経営のための法的・制度的および経済的枠組み、という森林の持続可能性に対する7つの国際的基準が定義された。
近年では2015年に国連総会で採択された、経済・社会・環境の課題を2030年までに統合的に解決することを目指す「持続可能な開発目標(SustainableDevelopmentGoals:SDGs)」の達成に向けた取り組みが、先進国や開発途上国を問わずに始まっている。また、気候変動枠組み条約でパリ協定が2016年に発効し、世界の経済・社会活動の方向性が脱炭素社会への転換に向けて動き出しており、こうしたことからも森林資源の適正利用と管理がさらに重要になってきている。
今日、森林の持続可能性の議論は、17世紀当時より広範化し、森林を経済的・環境的・社会的な調和を図るための複合的な枠組みの中でとらえられているといえよう。したがって国際的議論の中で用いられている英語のSustainableForestManagement(SFM)は、日本国内ではしばしば「持続可能な森林経営」として訳されているが、国際的基準が本来意図するSFM は、必ずしもわれわれが日常で使う辞書的意味の「経営」という範囲にとどまるものではない。多面的機能を有する森林資源を経済的側面、環境的側面および社会的側面も含めた重層的・包括的枠組みの中で、どう管理・遂行していくかという意味での「経営」ととらえるべきである。本書でもそうした意味での「持続可能な森林経営」と定義づけている。
1992 年のリオデジャネイロの地球サミットからすでに25年以上経過したが、国内林業に課せられた問題は山積みである。さらに近年に我が国で起こった重大な問題として、2011年3月11日の福島第一原発事故発生から続く森林生態系への放射能汚染と、それに起因する林産業への負の影響がある。我が国が引き起こした放射能汚染は国内にとどまらず、依然として国際的な懸念となっている。
果たして国内の林業は、前述した持続可能性の国際基準に照らし合わせて、どの程度適合しているのか、森林の持続可能性のための制度的枠組みが断片的・限定的になっていないか、森林生態系の放射能汚染を持続可能性の枠組みの中でどう理解すべきか、この先、日本の森林資源を適正に利用・管理するためにわれわれは国として、地域社会としてどこに進むべきか、それらの根本的な疑問に少しでも答えることができるよう、多くの林業関係者は真摯に課題に向き合わなければならない。
これまで農業や林業などの第一次産業は、人口の増加や需要の増大とともに生産力を高め、大型化・効率化のシステムを徐々に作り上げてきた。このことは技術の発展として必然であり、また歓迎すべきことである。しかし資本主義経済は、時には森林の復元力を超えた収穫技術の採用、経営の持続性や生物多様性の配慮に欠けた森林資源管理、経済性を優先した非計画的木材供給体制、働く人たちに対する安全性の欠如や過重労働、大量・遠距離輸送に伴う地場林産業の弱体化など、様々な課題や問題を発生させてきた。
そうした現状を直視し、これからの我が国の森林・林業についてどのような視座でどう展望すべきか、そのことが本書の課題の底流にあり、それらの解決のヒントをオーストリアの林業と農山村社会に見出そうとするものである。
その注目すべき一つめは、経済のグローバル化によって進展する、大規模森林セクター(森林・木材を資源・原料として経済活動を行う大規模経営体の総称)の森林資源利用戦略とは異なるもう一方の戦略、すなわち中小規模の森林セクターに焦点を当て、その重要性を浮き彫りにしようと試みた。オーストリアの森林セクターの連携構造はもちろん一言では言い尽くせないが、批判を恐れずに林業・林産業とエネルギー資源供給の例を、わかりやすく単純化して表現すると、大規模森林経営に大規模林産業と大手熱電供給プラントが連結する「世界標準輸出型木材産業」と、中小規模森林経営に地元林産業と地域熱供給プラントが連結する「地域循環型木材産業」の二形態があるといえよう。
オーストリア林業はこの重層的な二構造によって成り立っているのであり、このことがオーストリア林業の強さの源泉でもある。われわれは海外の林業・林産業を評価する際、我が国の木材産業に直接影響を与える「世界標準輸出型木材産業」に目が行きがちであるが、「地域循環型木材産業」が農山村の経済的・環境的・社会的貢献の重要な部分を担っていることも同時に理解しなければ、オーストリア林業の本質を見落とすことになるだろう。
本書では特に後者に注目するが、その理由は、第一次産業の基もととなる「生き物」を対象とした産業のあり方として、その再生能力を超えない節度ある循環的資源管理を標榜し、「地域の土地産業」であるがゆえの地力の限界から生じる森林施業の工夫と創造、それを支え、連動する地域異業種や地元住民をも巻き込んだ協働体制を、いかに具体的・実践的に展開しているかを確かめることにある。そうした検討を通じて、日本の林業と農山村、あるいは地方の森林セクターと地場産業の今後のあり方を展望するヒントをつかみたいと思う。
二つめとして、森林は多様な地域環境材として、また様々な公益的サービスの提供元として、さらには木材生産の場として有形・無形の機能や価値を複合的に持っている。またオーストリアの国の成り立ちや地域性、社会経済条件、生態系は日本と異なるといえども、森林に期待すべき諸機能は同じである。森林が提供する多面的機能をどう現代の市場経済原理の中で適正に維持・管理し、次世代に引き渡していくべきかという課題に対して、まだその方向性は明確に与えられていない。森林の多面的機能を保障しつつ、持続可能性を踏まえた森林経営を実践するとなると、現場での相当の知識と力量が要求される。しかも中小規模の森林経営体だけでそれを完遂することは困難であろう。森林の多面的機能は多岐にわたり、幅広い利害関係者との調整を必要とする。それを誰が担っているのか、また関係者間でどれくらい複合便益(Multiple-Benefits)が得られているか、森林という多様な地域環境材を持続的に扱うガバナンスの根幹となる専門教育はどうあるべきか、いずれも重要な観点であろう。
三つめに、オーストリアの林業構造でわかることは、素材生産部門と製材・合板・紙パルプ業界を含む林産業との垂直的連携にとどまらず、地域の人々や異なる産業との水平的連携が強いことであろう。狩猟関係者や環境保全従事者、エネルギー分野、農業やレクリエーション、市民など、森林部門に関わる周辺の利害関係者との広範なつながりが進行している。今日、森林資源に関連する利害は林業関係者だけの枠に収まりきらない。異業種との対話を通じた相互理解を深めることがとりわけ重要になっている。連携と協働、利害調整と相互理解は時間のかかるプロセスであるが、それに耐えるだけのブレない長期的ビジョンと、刻々と変化する周辺環境へのしなやかな状況対応力を持てるかどうかを問われている。そのことを体現しつつあるのがオーストリアであろう。このことが林業や農山村の活力の源泉でもある。学ぶべき点は多い。
そして最後に、オーストリアと日本の森林・林業等の比較を通じて、その類似性と独自性、あるいは相違について検討した。この中で長野県についても比較対象として挙げているが、これは農山村社会を担う地方行政の視点を加えることによって、日本とオーストリアの距離感がより一層理解できると判断したためである。我が国では十数年前から林業先進国にならい、追いつけ・追い越せを目指してきたように思える。しかし、これまでの単発的な情報だけで相手を理解することは、刺激的でわかりやすいというメリットはあるが、時には空論を招き、時には部門間の知の集積と技術のアンバランスを生むことになり、真の林業の底上げにつながらない。それらが生み出す負のスパイラルの果てに地域はさらに方向性を見失っていく可能性がある。限界はどうしてもつきまとうが、全体実態あるいは基底に横たわる地域社会が受け継いできた諸相を理解し、その上で両者を比較することは、オーストリア林業の本質の理解を深め、同時に我が国の現在位置を明確にさせるであろう。このことは日本林業を着実に前に進める上で大いに参考になると確信している。
なおタイトルにある「地域林業」とは、工夫と創造の森林施業を実践し、自然資源の多様性と使用価値を高める資源創出型経営を進め、これを通じて林家の経済的自立の追求と、地域の環境保全や社会の質の向上に貢献する林業、と定義づけている。その際、重要となる観点は、地元の諸産業や住民と強い協働・協力関係を形成し、林家によって創出される森林や林産物を新たな農山村ビジネスに転化し、雇用の拡大につなげる地域の仕組み作りとワンセットとして構築することである。
今日の国内林業が直面している課題は、日本の社会的・経済的構造変化とも絡み合っており、一つのブレークスルーがすべての課題を解決してくれるような単純な問題ではなくなっている。地域の森林資源を次世代に残すために、適正な森林経営の道筋はおそらくいくつもあろう。ただしそれを見つけ、進んでいくためには、ものごとの価値転換も含め、地域の当事者が自分たちの課題として問題解決に真っ向から取り組み、地道に試行錯誤を続けながら、一つひとつ確かめる作業を行うしかないのだと思われる。
その小さな第一歩として、本書はこれから林業を学び始める学生が、地域再生の現場で、森林資源を持続的に扱うために何をどう考えていくべきか、ものごとをどうとらえ、結びつけていくべきか、オーストリア林業の具体的実践例から学び、それによってこれからの日本林業の指南書となるよう、また同時に、森林・林業・環境分野に携わる関係者、森や山村地域に興味を持つ一般市民、政策決定者にとってもこれからの森林セクターのために重要な要素を把握するための道しるべになることを念頭に執筆した。
なお本書は、ここ5・6年間の現地調査をベースにまとめたものであるが、この間、ユーロの円に対する為替レートはおよそ115〜145円の幅で推移している。しかしここでの換算は、比較しやすさの観点から、便宜上1ユーロ=135円に統一した。
林業を通じた地域再生において、日本がオーストリアに学ぶべきことは何か。
本書は以下の4点を核として、学生や一般人から実際に林業に携わる関係者・行政まで役立つ情報をまとめました。
@中小規模の森林セクターに焦点を当て、その重要性を浮き彫りにする
大規模森林経営に大規模林産業と大手熱電供給プラントが連結する「世界標準輸出型木材産業」と、中小規模森林経営に地元林産業と地域熱供給プラントが連結する「地域循環型木材産業」の重層的な二構造によって成り立つオーストリア林業の強さを学び、日本の林業と農山村、あるいは地方の森林セクターと地場産業の今後のあり方を展望するヒントをつかむ。
A森林の持つ多面的機能を生かし、持続可能性を踏まえた森林経営のあり方を探る
森林は多様な地域環境材や様々な公益的サービスの提供元、さらには木材生産の場として、有形・無形の機能や価値を複合的に持っている。これらの利害関係者との調整を必誰が担っているのか、森林という多様な地域環境材を持続的に扱うガバナンスの根幹となる専門教育はどうあるべきか、いずれも重要な観点である。
B地域の人々や異なる産業との水平的連携の強み
オーストリアの林業構造は、素材生産だけにとどまらず、エネルギー分野、農業やレクリエーション、市民の憩いなど、森林部門周辺の利害関係者との広範なつながりが進行している。連携と協働、利害調整と相互理解を可能とする長期的ビジョンと、刻々と変化する周辺環境へのしなやかな状況対応力を持てる理由を探る。
Cオーストリアと日本の比較を通じて、その類似性と独自性、相違について検討する
農山村社会を担う地方行政の視点として、特に長野県を比較対象として挙げ、日本とオーストリアの距離感がより一層理解できるよう務めた。