小川　真（おがわ・まこと）
1937年京都府生まれ。
京都大学農学部卒業。同博士課程修了。農学博士。
森林総合研究所土壌微生物研究室長、環境総合テクノス生物環境研究所所長を経て、大阪工業大学工学部環境工学科客員教授。
日本林学賞、ユフロ（国際林業研究機関連合）学術賞、日経地球環境技術賞、愛・地球賞（愛知万博）、日本菌学会教育文化賞など、数々の賞を受賞。
著書に『マツタケの生物学』『マツタケの話』『きのこの自然誌』『炭と菌根でよみがえる松』『森とカビ・キノコ』『菌と世界の森林再生』（築地書館）、『菌を通して森を見る』（創文）、『作物と土をつなぐ共生微生物』（農山漁村文化協会）、『キノコの教え』（岩波書店）、訳書に『ふしぎな生きものカビ・キノコ』『チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話』（築地書館）、『キノコ・カビの研究史』（京都大学学術出版会）など多数。

  はじめに
　第１章　地球の先住者
　  コアセルベート説
　  生命の誕生
　  食べられるシアノバクテリア
　  地球を変えたストロマトライト
　  原核生物の共生
　  真核生物への飛躍
　  水の中で生まれた菌類
　  分解者になる宿命
　  原始の海の生産者
　  藻類の後を追って
　  寄生から腐生へ
　  水中にとどまった仲間

　第２章　植物の上陸を助ける
　  不毛の大陸
　  酸素が増えて上陸開始
　  立ち上がった植物
　  水を離れる接合菌
　  寄生・腐生を経て共生へ
　  グロムスとの出会い
　  眼で見る菌の動き
　  シンプルなままで
　  胞子の形で分ける
　  共生で生きる四億年
　  どこにでもいるグロムス
　  植物の成長を助ける

　第３章　石炭はなぜできたのか
　  守りに徹した植物
　  虫や菌とのせめぎあい
　  水の中で生まれた子嚢菌
　  厳しい環境に耐える地衣類
　  完全な共生体として
　  フウインボク・リンボク・ロボク
　  交替する主役
　  石炭になった植物遺体
　  石炭ができなくなる
　  石炭と菌の関係
　  多様になった子嚢菌
　  リグニンを敬遠した子嚢菌
　  進化する分解力
　  木が腐る

　第４章　植物を育てた腐植と灰
　  多様化する陸上生態系
　  動植物の陰で
　  腐りにくい落ち葉
　  土ができる
　  森林火災の跡へ
　  炭が好きな微生物
　  ゆっくり進化した根
　  伸びる根に添う菌
　  先を行く子嚢菌
　  後を追う担子菌
　  物質循環が始まる
　  木材を食べるキノコ

　第５章　樹木とキノコのつながり
　  大陸移動と古い針葉樹
　  針葉樹の新旧交替
　  広がるマツ科樹木
　  マツ属と菌根
　  マツとキノコの共生、その始まり
　  なぜ、キノコはマツを選んだか
　  菌根ができるとき
　  マツ科樹木の菌根
　  カラマツのこだわり
　  被子植物の大発展
　  被子植物を追ったキノコ
　  広葉樹林のキノコ
　  風媒花と外生菌根

　第６章　さ迷う菌類
　  虫を食べる子嚢菌
　  不思議な冬虫夏草
　  虫に取り入った菌
　  中途半端な共生
　  だまし討ちにあうシロアリ
　  シロアリのキノコ栽培
　  糞を食べる菌
　  糞に生える毒キノコ
　  キノコを食べる菌
　  ペアになったキノコ
　  複雑怪奇なサビキン
　  植物にも性病
　  植物を襲うキノコ

　第７章　被子植物とともに
　  巨大化する樹木
　  フタバガキ、キノコに出会う
　  巨大化する担子菌
　  「シロ」という単位
　  発達する栄養体
　  菌類の巨大化と矮小化
　  虫を惹きつける色香
　  風媒キノコと虫媒キノコ

　第８章　新たな生き方を求めて
　  K─T境界で大発生したキノコ
　  絶滅後に増える病原菌
　  A菌根植物の復権
　  宿主を取り合う菌根菌
　  増える独立派
　  A菌根から無菌根へ
　  増える多重共生
　  細胞に菌を取りこんだ植物
　  菌に養われるラン
　  菌に頼りきる植物
　  進化か退化か

　第９章　迫りくる大絶滅
　  「全球凍結」と大絶滅
　  死にたい生き物はいない
　  キノコの縄張りと住み分け
　  進化する生態系
　  共存から共生、そして共栄へ
　  矮小化への進化
　  死に急ぎの進化
　  絶滅の予兆

　おわりに

　参考文献・引用文献

　索引

　ダーウィンやウェゲナーをかつぎ出すのは、ちょっとおこがましいが、「常に自然科学はファンタジーから始まる」のである。先入観のない目で見た観察結果を整理し、頭の中で筋道を立て、まとめてから既往の文献をひも解き、また仮説を練りなおす。これを何度も繰り返すと、そのうちすっかり自己暗示にかかり、まるで事実そうであったかのように思いこんでしまう。研究の楽しさは、考えることにある。とくに、生物学の醍醐味は進化を考えて空想にふけるにかぎる。と思って書いたのが、この一冊である。

　植物と菌との関係を追いかけ出してから半世紀が過ぎた。その間絶えず「なぜ、植物と菌はこれほど深くつながっているのだろう」と自問自答してきた。ここでは、時代を追って菌類と植物や動物との関係を俯瞰し、生産者、消費者、還元者が織りなす生態系の進化を背景として、菌類そのものの進化を考えてみた。

　というのは、植物だけ、もしくは菌類だけを系統的に並べてみても、その生態の進化の跡はたどれないからである。知識がないので、動物との関係は深く追えなかったが、少なくとも植物を抜きにして菌類の進化を語ることはできない。それほど菌と植物との関係は深く、真核生物の役割が分化し始めたときまでさかのぼらなければ、本当のところは理解できないように思われる。どのようにして働きの異なる生物が、こんなにもたくさん現われたのか、いまだに納得のいく答えは見つかっていない。

　農学という分野を選び、国家公務員になった私は、「役に立つ仕事」をするのが義務と心得て、今まで頼まれた仕事を次々とこなしてきた。また、その成果をできるだけ多くの人に知ってもらいたいと願って、一般の方にも読めるような書籍に著してきた。

　これは、初めて自分自身の興味、いわば「自由研究」を綴った書き物である。「役に立つ仕事」もそれなりに面白かったが、「自由研究」の楽しさは、たとえ「それでどうした」と言われようと、また格別である。

　この本は、教科書と言えるほど大それたものではない。まして、ここに紹介する内容は定説でもなく、大部分は私見である。長年、菌類に付き合って土の中から生物の生き方を見上げてきた、一介の研究者が思いつくままを綴ったものと思っていただいたほうがよいだろう。言うまでもなく、これだけ広範な領域をカバーできるほどの知識も経験もない。しかし、あえて書かせていただいたのは、菌類が生物の進化に果たした重要な役割を、少しでも多くの方々に理解してもらえればと思ったからである。

　間違いが多いことは自覚している。お許しいただけるなら、本筋だけを読み取っていただきたい。一時は新しい文献を網羅して書こうと思ったこともあるが、年とともに時間も気力もなくなってきた。引用する著作や文献は古く、抜け落ちが多いことと思う。また、孫引きしかできなかったものが多いこともお断りしておく。どうしても見ておきたいと思ったものは、千葉大学の大和政秀さんや京都府庁の大原一晃さんたちにお願いして送っていただいた。心からお礼申し上げる。また、文献を引用させていただいた方々のお名前は、本文の中にも書かせていただいたが、この場を借りて改めてお礼申し上げる。