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治せる医師・治せない医師
医師はなぜ治せないのか

【書評再録】


●朝日新聞「私の◎○」南木佳士氏(作家・内科医)=○
ハーバード大学名誉教授、心臓病学の権威が数多くの臨床経験から得た結論は、患者を慎重に問診し、よく選んだ言葉を返すことが最も大事だというあたりまえの、しかし、実際にはあまりない事実だった。

●岩手日報、中国新聞ほか評 永井明氏・医療ジャーナリスト(1998年5月4日)=今世紀後半、つねに世界の医学界をリードしてきたアメリカ。この本の著者は、その医療最前線で半世紀近く心臓病治療にあたってきた高名な医師である。また彼は、核戦争防止医師会議の代表としてノーベル平和賞を受賞したことでも知られている。
ぼくはふつう、そんな偉い先生の本など読まない。なぜなら、それらの多くは、大先生のかくかくたる業績を述べることに終始し、もっともらしいお説教を垂れてくれるだけのものだからである。
しかし、この本は違う。読むに足る。
77歳になる老医師が語る含蓄のある言葉は、日本の読者にもとても参考になるはずだ。

●中国新聞評(1998年4月6日)=豊富な臨床体験をもとに医療の原点である問診や患者の心のケア、信頼関係の大切さを訴え、「人間の顔を持った医療」への回帰を呼び掛けている。
日本語版出版に尽力した横路謙次郎広島大名誉教授は「医学は人がよりよく生きるためにあることを再認識させてくれた」と出版を喜び、英語教師の経験のある訳者の小泉さんは「患者を思いやる心は教育、高齢者問題などにも通じる。医療関係者はもちろん、多くの人に読んでもらいたい」と話している。

●東京新聞、中日新聞ほか「この一冊」(1998年4月19日)=ノーベル平和賞受賞者で、米国を代表する心臓専門医の著者が、高齢者医療や末期医療で経験した人間の生と死を語りながら、「癒しの芸術」としての医療を説いた書。
数多くの実例を引きながらの尊厳ある死をめぐる考察は、厳粛で崇高なメッセージとして読む者の胸に響く。

●中国新聞「私の一冊」植竹利侑氏(牧師)(1999年1月17日)=「医学はヒーリング・アート(癒しの芸術)である」と言って、「患者を癒すのはテクノロジーではない。一人ひとりに時間をかける『問診』が大事だ」「患者は苦しむ人間である。機械だけでは人の心はわからない」と、実例を挙げて強調する。
私は宗教家だが、この医師ほど人を大切にしていただろうかと反省せずにおれなかった。

●週刊朝日評(1998年5月25日号)=1年前に癌を患い、医療をめぐってさらに私にもう一つの体験が加わった。病院には丁寧な問診や触診が消えていた。巨大で組織だった検査機構。過ちは減ったのだろうか? 末期癌に到るまで、わけ隔てなく癌は告知される。一方、忙しい医者との語らいは皆無に近い。凄まじい副作用を耐えても治らない病。寂しさと恐怖は医療への後悔と医師への恨みに変わる。患者たちは囁く。
「病院が怖い。検査とクスリが怖い。お医者さんに逆らったら嫌われる」
怖いのは死なのか、医師に主導権を握られた治療なのか? 死に到る生命維持装置と点滴漬けとなる終末医療の過程なのか?
85年に核戦争防止国際医師会議を代表してノーベル平和賞を受賞した心臓医バーナード・ラウンはこれらの医療への疑問に美しい文章で応えてくれた。それは無味乾燥なカルテではない。データではない。一人一人の患者との交流のエッセイとなっている。
95%の人が病院で死ぬ時代となった。確実に患者となるあらゆる人が読んでおきたい一冊である。

●週刊現代評(1998年5月9日-16日合併号)=本書はきわめて大胆な書である。45年間、アメリカの心臓病治療の最前線にあって医学を見つめてきた医師が、正直に現代医療の問題点を指摘しているからだ。これほど率直に、医療の原点を見直すように説いた書は、近年珍しいのではないかと思う。
著者は現在70代半ばで、今なお公立病院の医師として患者と接している。アメリカのいくつかの大学病院や研究機関で後進の指導にもあたっている。今世紀後半の「心臓病学」の領域を切り開いてきた医師・医学研究者であり、核戦争を防止するための国際医師会議の代表としてノーベル平和賞も受賞している。その著者が、現代医療はもういちど問診という原点に立ち返り、患者の心を理解する人間味をもてば、いくつかの問題点は解決すると訴えている点で、本書のもつ意味は大きい。

●出版ダイジェスト(1998年6月21日号)=『この本は、多くの情報を折り込みながら、非常に崇高で重要なメッセージを伝えている』と、ガルブレイスが激賞している。その言葉通り、大きな感銘を与えずにはおかない本だ。
著者は、ハーバード大学の名誉教授で、ノーベル賞を受賞した高名な心臓病専門医。アメリカ最先端医療現場での豊富な経験をもとに、テクノロジー優先の医療に疑問を投げかけ、癒しの医療への回帰を熱く呼びかける。
不治・高齢の患者がよりよく生きるために何ができるか、というテーマを中心にすえた続刊『医師はなぜ治せないのか』とあわせて読めば、さらなる感動に包まれると同時に、医師・医療のあるべき姿を必ずや発見することだろう。

●日経メディカル評(1998年5月号)=先端技術に頼りがちな現代医療に警鐘を鳴らしている。
「医師の技術のなかで聞くことほど複雑でむずかしい技術はない」、「病状の好転には、前向きの言葉が深く関わっている」など、経験豊富な医師でなければ語れない名言が随所に。医学を愛し、患者を全人的にとらえようとする著者の姿が強烈に伝わってくる。

●朝日メディカル評(1998年6月号)=著者は世界で最も著名な医師の一人である。米ハーバード大学名誉教授で、今の除細動器の開発など心臓病学では有名だし、何よりも、核戦争防止国際医師の会の会長として1985年度のノーベル平和賞を受けている。
2冊を読めば、著者は一貫して患者の命を守り、癒しを与えようとし、それに反するあらゆるものに抵抗してきたことがわかる。現代医療制度と同様、核兵器もその1つだった。
謙虚に学びたい人生がここにある。

●毎日ライフ評(1998年9月号)=著者は心臓病死者の大幅減少を実現させた斯界の重鎮。ノーベル平和賞受賞のハーバード大学教授。
著者は治療(器官対象)と癒し(人間を対象)の差をも強調し、医学が科学であるとの幻想を否定する。全医療関係者にぜひ読んでもらいたい文献である。

●透析ケア評(2000年冬季増刊号)=不治の病の患者、高齢の患者と医師はどのようにかかわるのか---心臓専門医の世界的権威で、ノーベル平和賞受賞者でもある著者が、医師である意味を熱く問いかける。「治せる医師」「治せない医師」の違いはどこにあるのか、ぜひ手にとっていただきたい1冊である。

●ジャミックジャーナル評(1998年8月号)=医療には「科学」と「癒し」の2つの分野があり、どちらもお互いに取って代わることができない。しかし、この数十年、医学は科学の一面だけでしか考えられてこなかった。このひずみを是正しなければ、未来において医療は人々を幸福にすることができないというのが本書のメッセージである。

●ジム(JIM)評(1999年8月号)=著者のラウン博士は心臓病専門医で、不整脈の分類、不整脈と心臓突然死の研究、直流除細動器の開発などで知られている。いわば、スーパー専門医であるが、臨床というより患者を大切にし、医療は癒しのアートがなければ科学だけでは成り立たないと言い切る。博士の凄いところは、理論が総論ではなく、45年間、患者さん一人ひとりを大切に診療してきた臨床経験に裏打ちされていることである。

●日刊ゲンダイ評(1998年4月24日)=ハーバード大といえば医学の世界でもやはり頂点。おまけに著者のようにノーベル賞受賞者となれば、権威中の権威だろう。治療の基本はていねいな問診と言い切り、「患者の心の声を聞く」ことが最も重要と言う。医師であることの意味を問うエッセー。

●環境と健康評(1998年11月号)=この本の真の目的は、高齢者のための医療への暖かい眼差しである。心ない医師の一言が老人を多くの病気に引き込む症例を繰り返し引用している。
訳文も非情に自然な滑らかな文章で読みやすい。現在の医療に関心を持つ方には是非お勧めしたい本である。

●ザ・クインテッセンス評(1998年10月号)=老いに対してもっと温かい目を向けたいと医師の立場で熱く問いかける。
医学には限界があっても、希望は無限であるなど崇高で重要なメッセージを伝える良書。

●HEART nursing評(2001年vol.14 No.11)=研究医として常に医学研究の最前線を切り開いていく一方で、臨床医として患者の全人格と向き合い、苦しみに共感しながら患者とともに心臓病と戦ってきた彼の人生を振り返りながら、病を抱えた患者に対する医療のあり方を提言している。医療に携わるすべての人に知ってほしい情報とメッセージが込められた1冊である。
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