![]() | 山浦悠一+山中聡[編著] 2,500円+税 四六判並製 240頁予定 2025年6月刊行予定 ISBN978-4-8067-1686-0 単一の林分内で木材生産と生物多様性保全の両立を目指し、 北海道有林のトドマツ人工林160ヘクタールで、 保持林の大規模実証実験を行って12年。 一連の成果を、研究者、林業事業体、企業、行政の担当者たちが紹介。 |
山浦悠一(やまうら・ゆういち)
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所四国支所 主任研究員 博士(農学)
岩手大学や東京大学、長野県職員、北海道大学などを経て現職。
20年以上にわたり、森林の生物多様性の保全について研究。
道有林における保持林業実証実験の発案者の一人であり、中村太士氏の提案を受けて本書の編集を決意した。
2018年に出版された前著もぜひ手に取っていただきたい。
山中 聡(やまなか・さとし)
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所北海道支所 主任研究員 博士(農学)
北海道大学大学院農学院博士後期課程修了、同大学院ポスドク研究員を経て現職。
主な研究テーマは生物多様性保全と林業活動を両立するための森林管理手法の開発。
尾崎研一(おざき・けんいち)
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所北海道支所 非常勤職員 博士(農学)
東京農工大学大学院農学研究科修了、農林水産省林業試験場(現在の森林総合研究所)、
森林総合研究所研究ディレクター(生物多様性・森林被害担当)を経て現職。
主な研究テーマは森林の生物多様性保全と害虫管理。主な著書は『森林と昆虫 森林科学シリーズ9』(共編、共立出版)、
"Galling Arthropods and Their Associates: Ecology and Evolution"(共編、Springer-Verlag)など。
明石信廣(あかし・のぶひろ)
北海道立総合研究機構林業試験場 保護種苗部長 博士(理学)
京都大学大学院理学研究科修士課程修了、北海道立林業試験場(現北海道立総合研究機構林業試験場)において、
森林におけるシカ対策や林業と生物多様性保全の両立に向けた試験研究を行っている。
主な著書は『シカの脅威と森の未来――シカ柵による植生保全の有効性と限界』(分担執筆、文一総合出版)、
『日本のシカ――増えすぎた個体群の科学と管理』(分担執筆、東京大学出版会)など。
雲野 明(うんの・あきら)
北海道立総合研究機構林業試験場 研究主幹
北海道大学大学院農学研究科修士課程修了、北海道立林業試験場(現北海道立総合研究機構林業試験場)において、
造林木の野ネズミ被害対策や林業と生物多様性保全(主に鳥類)の両立に向けた試験研究に従事。
小長谷啓介(おばせ・けいすけ)
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所北海道支所 主任研究員 博士(農学)
北海道大学大学院農学研究科博士後期課程修了、江原大学校(韓国)・三重大学・フロリダ大学(アメリカ)ポスドク研究員、
森林総合研究所本所主任研究員を経て現職。主な研究テーマは植物の根に共生する微生物の多様性研究。
主な著書は『菌根の世界――菌と植物のきってもきれない関係』(分担執筆、築地書館)。
河村和洋(かわむら・かずひろ)
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所北海道支所 研究員 博士(農学)
北海道大学大学院農学院博士課程修了、森林総合研究所野生動物研究領域任期付研究員を経て現職。
日本全国に広がる多様な森林生態系に幅広く関心をもち、
人工林における野生動物の効率的な保全策の立案を目指して研究している。
好きなフィールドは雪山(山スキー)、夜の森(ヨタカ、フクロウ類の調査)。
近年の著作は「人工林でも生物多様性の保全を――植栽樹種・主伐・広葉樹保持の効果」(森林と林業)など。
赤坂卓美(あかさか・たくみ)
北海道国立大学機構帯広畜産大学 准教授 博士(農学)
北海道大学大学院農学研究員博士後期課程修了、北海道国立大学機構帯広畜産大学助教を経て現職。
生物多様性保全と人の幸福の両立に関心を持ち研究を行っている。
特に農林業など人の生業に対する野生動物の役割についての研究に従事している。
篠和憲(たかしの・かずのり)
堀川林業株式会社 会長
北海道大学農学部林学科卒。
伝法和也(でんぽう・かずや)
堀川林業株式会社 生産部長
岩見沢農業高校森林科学科卒。主に伐採部門を統括。
佐藤雅彦(さとう・まさひこ)
堀川林業株式会社 森林整備部長
岩見沢農業高校森林科学科卒。主に造林部門を統括。
峯岸敏行(みねぎし・としゆき)
北海道水産林務部森林海洋環境局道有林課 課長補佐(道有林整備)
平成8年4月に北海道庁へ入庁して勤続29年目。
これまで道有林に関する仕事を20年、それ以外の林務行政を9年経験したのち、令和6年4月より現職。
道有林の現場では、主に天然林などの伐採事業や道有林材の販売業務、
林務行政では、道産木材や木質バイオマスの普及業務に従事。
森 淳(たかもり・じゅん)
三井物産フォレスト株式会社 業務本部業務部長
岩手大学農学部農林生産学科卒業後、三井物産林業株式会社(現三井物産フォレスト株式会社)に入社。
帯広山林事務所、北海道山林部、平取山林事務所、沼田山林事務所等、北海道内の各事務所勤務を経て現職。
P戸美文(せと・みふみ)
高知大学大学院総合人間自然科学研究科 博士課程三年 修士(理学)
高知大学大学院総合人間自然科学研究科修士課程修了。
主な研究テーマは、樹木に固着して生育する維管束着生植物の分布・種多様性を規定する要因の解明、
人為的攪乱に依存して生育する草原生植物の生態的特性と減少プロセスとの関係の解明など。
富田幹次(とみた・かんじ)
高知大学農林海洋科学部 助教 博士(環境科学)
大型哺乳類の生態的影響に興味を持って研究している。
学生時代は、北海道知床半島でセミの幼虫を採るためにヒグマが地面を掘り起こすことが、
土壌や樹木の成長にどのように影響するかを研究してきた。
現在は四国で保持林業や野生動物による獣害対策の研究に取り組んでいる。
第1部 序論
第1章 なぜ今、保持林業か?……山浦悠一
久万高原町のハリギリ
保持林業とは
人工林と生物多様性
自然保護区の役割とその限界
保護区を取り巻くマトリックスの重要性
世界の人工林経営は環境保全型へ
本書の構成
北海道での大規模実証実験
なぜ保持林業か?
数十年後を思い描きながら、木を残す
第2部 大規模実験の成果
第2章 保持林業の木材生産性……尾崎研一
はじめに
伐採とは
伐採の経費
保持林業の伐採経費
調査結果から考えられること
おわりに
第3章 保持木の生残……明石信廣・雲野明
はじめに
保持木調査
保持木の死亡率
伐採に対する樹種ごとの反応の違い
気候に左右される保持木の生残
おわりに
第4章 下層植生……明石信廣
はじめに
調査方法
伐採前の植生と人工林の管理の影響
伐採後の種組成の変化と保持林業の効果
おわりに
第5章 外生菌根菌……小長谷啓介
はじめに
外生菌根 --森林を支える菌との共生
調査方法 --北海道の大規模実証実験
群状保持区の結果 --パッチが守る未伐採林の多様性
単木保持区の結果 --広葉樹保持木の周りに作られた独特な群集
考察 --見えてきた菌の応答パターン
おわりに --多様性に配慮した木の残し方は?
第6章 地表性甲虫……山中聡
はじめに
調査方法
実証実験から分かったこと
オサムシ・ゴミムシ類の応答
腐肉食性シデムシ・糞虫類の応答
おわりに
第7章 コウモリ……河村和洋・赤坂卓美
はじめに
コウモリにとっての森林
森林にとってのコウモリ
調査方法
意外にも活気ある人工林
皆伐の影響、広葉樹保持の効果
おわりに
第8章 鳥類……山浦悠一・雲野明
はじめに
土地の節約vs共有
調査方法
観察された鳥類伐採前の広葉樹の役割
各処理の効果
伐採後の広葉樹の役割
おわりに
コラム1 ポツンと残された孤立木で営巣するクマゲラ……雲野 明
コラム2 ヨタカ??伐採で守る遷移初期種……河村和洋
第3部 実験の取りまとめと振り返り
第9章 実証実験の10年間の成果をまとめて……尾崎研一
はじめに
世界で行われている保持林業
成果のとりまとめ
生物多様性保全
伐採地の風景的価値(保健休養機能)
機能間の比較
人工林に適した保持林業
何を保持するのか
どれくらい保持するのか
どのように保持するのか
おわりに
第10章 保持林業を現場で作業して……篠和憲・伝法和也・佐藤雅彦
はじめに
伐採作業について
伐採後の保育作業や伐採地の様子
おわりに
第11章 道有林で保持林業を実践して……峯岸敏行
はじめに
道有林について
保持林業の導入に至った経緯について
試験地の設定・活用について
研究成果の活用に向けて
第4部 保持林業の実践
第12章 北海道の社有林で保持林業を実践して……森 淳
はじめに
取り組んだ経緯
石井山林の存在
ドイツの森林コンサルタント来訪
アイヌ文化保全としての取り組み
現場での苦労、今後の取り組み
おわりに
第13章 高知県のスギ・ヒノキ人工林で保持林業に取り組んで……P戸美文・富田幹次・山浦悠一
はじめに 〜本州以南の人工林での保持林業の実証研究の必要性〜
主伐後の林地で保持された広葉樹の樹種・本数
スギ・ヒノキ人工林における保持林業が鳥類多様性に与える影響
おわりに 〜展望〜
第5部 今後に向けて
第14章 保持林業の課題と展望……山浦悠一
2024年6月28日午前、ストックホルム
日本でもやればできる
「広葉樹高木は必ずしも容易に残せない」
保持林業は万能薬ではない
オープン・クエスチョン
風倒リスク
施業指針
労働災害の防止
そろそろ次のステップへ
おわりに
用語解説
索引
針葉樹人工林を伐採する際に広葉樹を残す保持林業 は、日本で生まれた森林管理の新たなアプローチである。
2011年9月29日、保持林業に関する論文を持参して北海道庁の道有林課を訪れたことがすべての始まりだった。持参した資料は、人工林における生物多様性保全の重要性を示した自身の文章(山浦 2011)や、カナダやスウェーデンの保持林業を紹介した尾崎研一氏や森章氏の日本語論文だった(森 2009; 尾崎 2011)。前著『保持林業――木を伐りながら生き物を守る』(柿澤ほか 2018)の第5章で記したように、道有林課で話を聞いてくれた土屋禎治氏は道庁のシルバ会(北海道大学森林科学科の同窓会)幹事も務めており、私が勤めていた北海道大学農学部森林生態系管理学研究室(土屋氏が在籍していた当時は森林施業計画学研究室)の卒業生で、前後して顔見知りの間柄となった。
それから議論を経て、私たちは道有林のトドマツ人工林で保持林業の大規模実証実験 を行うことになった。実験では6通りの方法で人工林を伐採し、同じ方法でほぼ3個の林分を伐採した。各林分の面積は平均7.0ヘクタール、伐採しない対照区を含めると林分23個、合計面積161ヘクタール という、国内最大級の大規模実験である。目指したのは、単一の林分内での木材生産と生物多様性保全の両立である。特に私たちは地位 や地利 が高い、すなわち林業生産上有利な場所で実験を行い、生産志向型の生物多様性保全を目指した。現在、日本で木材は主に針葉樹人工林(針葉樹の苗木を植えて仕立てられた森林)から生産されており、皆伐といってすべての樹木を伐採して木材が一般に収穫され、再び単一樹種の針葉樹の苗木が植えられる。すなわち個性を失った、生物多様性に乏しい人工林が再生産されている。私たちは保持林業を人工林で実施することによって、森林・林業・木材の社会的価値の向上を目指したのである。
保持林業は1980年代から欧米で提案・実施されてきた。欧米では林業樹種が自然に定着・成長(天然更新)することが多く、保護林と生産林の間で樹種構成が類似している。しかし日本では、発芽特性や旺盛な植生との競争から伐採後に同様の天然更新を期待するのは難しく、手間をかけて苗木を植える必要がある(前著の第7章で詳述されている)。すなわち日本では、生産林は針葉樹を植えて造成される人工林で、広葉樹を主体とした保護の対象となる天然林とは樹種の組成が大きく異なる。そうした人工林で広葉樹を残す――樹木の組成に重点を置いているのが、私たちの保持林業の大きな特徴である。これにより、人工林施業で失われる森林の本来の要素を生産林内で部分的に取り戻す(図0・1)。一方、人工林は近年世界的に拡大し、それに伴う生物多様性の劣化が懸念され、人工林内での生物多様性保全が議論されるようになった。そして温帯や寒帯では針葉樹が主要な植栽樹種である。したがって、針葉樹人工林で広葉樹を残す保持林業は日本だけではなく、世界的にも研究上の独自性や意義があると考えられた。
本書はアジア初の保持林業の大規模実証実験の14年間の成果を取りまとめ、生物多様性保全と木材生産の両立を実現する新しい森林管理手法を世に問うものである。第1章は人工林で保持林業に注目する理由について整理し、実験デザインを説明する。第2〜9章では実証実験の多岐にわたる研究の成果が簡潔に示される。その後の第10〜12章では、実際に保持林業を現場で請け負った林業事業体や実験に関わった道有林課の感想や見解、すでに保持林業を実施していた林業会社の取り組みが紹介される。さらに第13章では高知県での保持林業の新たな実践についても取り上げる。最後の第14章ではこれらを踏まえて保持林業の今後の展望を述べる。
私の意見や考えは第1章や第14章でスペースを割いて記している。はじめにはそろそろ終えて本文に移りたいと思う。本書が保持林業の価値を広く伝え、森林管理の未来に新たな道を示す一助となることを心から願っている。
山浦悠一 著者・編者を代表して