![]() | 深澤遊[著] 2,400円+税 四六判並製 カラー口絵16頁+348頁 2023年6月刊行 ISBN978-4-8067-1653-2 「枯木(かれき)こそ山の賑わい」 枯木に棲む虫、枯死木を分解する菌、菌を食べるリス…… 樹木が枯れて土に還っても続く彼らの営みから、 微生物による木材分解のメカニズム、 意思決定ができる菌糸体の知性、 林業や森林整備による林床からの枯木除去が生態系に及ぼす影響、 倒木更新と菌類の関係、 枯木が地球環境の保全に役立つ仕組みまで、 身近なのに意外と知らない枯木の自然誌を、 最新の研究を交えて軽快な語り口で紹介する。 2023/10/21(土)毎日新聞書評欄で紹介されました。 筆者は渡邊十絲子氏(詩人)です。 2023/8/5(土)日経新聞書評欄で紹介されました。 筆者は中屋敷均氏(神戸大学教授)です。 |
深澤遊(ふかさわ・ゆう)
1979年、山梨県生まれ。信州大学農学部卒業、京都大学大学院農学研究科修了。博士(農学)。
日本学術振興会特別研究員(京都大学)、森林組合職員(和歌山県)、
財団法人トトロのふるさと財団職員(埼玉県)を経て、東北大学大学院農学研究科助教。
東北の森に住みつつ、枯木を訪ねて世界中の森をめぐる。
International Mycological Association Keisuke Tubaki Medal、
日本生態学会宮地賞、日本菌学会奨励賞、日本森林学会奨励賞などを受賞。
2021年、独創的な研究に挑戦する若手研究者「東北大学プロミネントリサーチフェロー」に選出される。
著書に『キノコとカビの生態学』(共立出版)、訳書に『地上と地下のつながりの生態学』(共訳、東海大学出版部)、
『枯死木の中の生物多様性』(共訳、京都大学学術出版会)など。
登山、サイクリング、生き物のスケッチ、ジェンベ演奏などが好き。
はじめに
1 枯木ホテルの住人たち
第1章 コケ─エメラルドシティ
コケ少年
コケは倒木の上に
共生バクテリアの窒素固定能力
クマの縄張りで調査
コケの微塵切り
コラム フィールドノートから
第2章 変形菌─森の宝石
変形菌との出会い
大学キャンパスの変形菌
変形菌に来る虫
都市公園の変形菌
変形菌の飼育実験
変形体は何を食べるのか─安定同位体分析
変形菌のお食事メニュ
コラム フィールドノートから
第3章 キノコ─記憶し決断するネットワーク
キノコはかりそめの姿
黒光りする糞
生きた葉に潜む内生菌
落葉の分解プロセス
カワウの糞の影響を調べる─リターバッグ法
菌糸の養分輸送力
菌糸体を飼う
菌糸体の記憶力・決断力
成長方向を決める菌糸の記憶
菌糸体の知能
コラム フィールドノートから
第4章 腐生ラン─菌を食う植物
菌根菌ネットワーク
森林の境界
地下の菌と地上の植生の関係
菌糸を介した植物間の炭素のやりとり?
炭素を菌に依存する植物
木材腐朽菌を食べるラン
炭素年齢で炭素供給源を探る
腐生ランの種特異的な関係
枯木に絡みつくタカツルラン
新たな疑問
コラム フィールドノートから
第5章 動物たち─庭の丸太実験
庭に置いた丸太
丸太に来たリス
リスはどうやってキノコを見つけるのか?
コケの分散を助けるリス
ビスコの昆虫群集─カメムシ・ケシキスイ・チビヒラタムシ
穿孔性の昆虫たち
昆虫と腐朽型の関係
菌が作るニセの卵、ターマイトボール
コラム フィールドノートから
第6章 まだ出会っていない生き物たち─環境DNAで見える化
見えない微生物を見えるようにする技術
ポリメラーゼ連鎖反応
環境中の有象無象のDNAを読む
バクテリアによる窒素固定
菌類を乗りこなすバクテリア
マイコウイルス研究が熱い
コラム フィールドノートから
2 枯木が世界を救う
第7章 木が「腐る」─お菓子の家で考える
「分解」の重要性
樹木の死
樹洞を作る菌
森の土に埋まる宝物肥え松
お菓子の家の話
セルロースを守るリグニン
腐朽菌の生き方─どうやってお菓子を食べるか
食べ残しが土を作る
腐朽菌の多様性が高いと分解が遅くなる?
適度に食われて分解促進
コラム フィールドノートから
第8章 森が消える─樹木の大量枯死
北米のマツの大量枯死
ヨーロッパのトウヒの大量枯死
伊勢湾台風がもたらした大台ヶ原の風倒被害
北八ヶ岳の風倒跡地
マツ枯れ
ナラ枯れ
森林火災─木炭化が与える影響
火入れで生態系はどう変わるのか
コラム フィールドノートから
第9章 枯木が消える─喪失を取り戻せるか
エルトンと枯木
枯木ロスによる生物の絶滅
絶滅の負債
絶滅速度の推定
絶滅危惧種
日本の絶滅が危惧される菌類
胞子の散布距離
サルベージ・ロギング─枯木撤去の長所と短所
枯木や老齢木を作り出す─保持林業
ベテラナイゼーション─古木に親しむ
コラム フィールドノートから
第10章 枯木の恩恵─生態系サービス
森林バイオマスの利用は環境にやさしい≠フか?
誰もが受けている生態系サービス
世界と日本の森林炭素貯留量
温暖化はシロアリの枯木分解を促進する?
巨木や老齢林の炭素貯留はすごい
枯木の貯蔵庫Wood Vault
生態系の安定性とバイオマス利用
コラム フィールドノートから
第11章 次世代の森へ─倒木更新
倒木更新との出会い
東京都立東大和公園
マツ枯れの倒木は実生のホットスポット
倒木更新の王道、トウヒ
コケと腐朽型と菌根菌と実生の関係
森林攪乱や気候の影響
トウヒを追ってヨーロッパへ!
スギも倒木更新する?
倒木更新と腐朽型の関係
コラム フィールドノートから
おわりに
参考文献
索引
宮城県にある我が家の庭に、三年ほど前に枯れたコナラの枯木が立っている。以前から樹勢が弱っていて、キクイムシの穿孔とフラス(幹に穿孔したキクイムシが外に出した大量の木屑)がたくさん見られた年もあったし、根元からカエンタケ(炎のような色と形が印象的な硬い毒キノコ)が生えた年もあったけれど、なんとか枝の一部だけ葉がついていたのだが、ついに枯れた。
この枯木、そのまま放ってある。樹高10メートルくらいあり、車の駐車スペースのすぐ横なので、枝が落ちてくると危ないのだが、そのままにしてある。実際、大風のたびに枯れた枝がバラバラと落ちてくるのだが、今のところ車は無事だ。
なぜ放置してあるのかというと、次々に面白いものが見られるので、切れないのだ。まず、ナラ枯れ(カシノナガキクイムシによって媒介される病原菌によるナラ類樹木の枯死。正式名称は「ブナ科樹木萎凋(いちょう)病」)とお約束のようなカエンタケの発生(ナラ枯れで枯死したナラ類樹木の根元に生えることが多い)が庭で見られることも、なかなかない。枯れかけてキクイムシの穿孔がひどかったときは、穴から樹液が大量に出るのでカブトムシやクワガタが鈴なりになって子ども(というよりも僕)が狂喜していた。
そして、枯れた直後の秋にはなんと幹からツキヨタケが生えてきた。ツキヨタケは発光することで有名な毒キノコで、普通はもっと標高の高い山の上のブナの枯木に生える。こんな標高の低いところ(我が家の標高はおよそ130メートル)のコナラに生えるのは初めて見た(山から運んできたブナの倒木に生えているのを京都駅近くで見たことはあるが、これは強制移住であろう)。ブナの森にわざわざ行かなくても庭で光るキノコが見られるのはなかなか良い。
ツキヨタケとよく一緒に生えるムキタケもやっぱり生えてきた。この二種はもしかしたら何か寄生関係のようなものがあるのかもしれない。ムキタケは、ツキヨタケとよく似ているが、こちらはおいしい食用キノコである。翌年の春には、ひと冬越した萎(しな)びたムキタケをリスが食べに来た。幹の上のほうの安全な場所でムキタケをむしっては、枝の上で一心不乱に食べている。と思ったら、ふと動きを止めて、まだたくさん残っているムキタケを無造作に下に落とした。リスがキノコを食べることは、欧米では有名だが、日本ではなかなかお目にかかれない光景だ。
去年からは、幹の下のほうにナメコが大量に発生し始めた。
もし、枯れた時点でこのコナラを切り倒して薪にしてしまっていたら、こんなに面白いいろいろなものが見られなかったと思うと、やっぱり切れない。
「枯木も山の賑わい(つまらないものでもないよりまし)」という言葉があるが、「枯木こそ山の賑わい」といってもいいような生き物の賑わいが枯木にはある。実際、花咲か爺さんがわざわざ花を咲かさなくても、ひとたびしゃがみ込んで枯木の表面に顔を近づけてみれば、時間を忘れて見入ってしまうほどの摩訶不思議な生き物たちの営みを見ることができる。だから枯木をただの燃料として燃やしてしまうのは、もったいない。僕は焚き火も薪ストーブも好きだが、これまで枯木で見つけてきたたくさんの面白いものを想像すると、なかなか薪にできない。本書では、読者の皆さんをこのジレンマに引きずり込もうと思う。
第1部では、僕がこれまで枯木の上で出会ってきたいろいろな生き物を詳しく紹介する。基本的に僕自身の体験に沿った書き方をしているので、一人の研究者の生態としても興味をもっていただけるかもしれない。第1章では、小学校の自由研究から始まったコケとの付き合いについて、第2章では、博物館の夏休み講座での変形菌(粘菌)との衝撃的な出会いについて、第3章では、大学から今につながるキノコとの運命的な出会いについて、第4章では、共同研究者と行った腐生ランを巡る旅について、第5章では、家の庭に置いてある丸太にやってきた昆虫や動物について紹介する。
枯木に住んでいる生き物は、こういった目に見えるものたちだけではない。第6章では、バクテリアやウイルスの話もまとめた。さらに、目に見える生き物であっても、それらの栄養のやりとりなどを直接観察することはできない場合も多い。本書では、そんな目に見えない≠烽フを可視化するために生態学で使われている「環境DNA分析」や「安定同位体分析」などについても解説している。これらの手法は本書の全体にたびたび登場するので、今や生態学にとって欠かせない手法であることを理解していただけると思う。
枯木でいろいろな生き物を見つけて喜んでいても仕方がないと思うかもしれないが、枯木は多くの自然現象とつながっている。その代表が、地球の環境変動でますます重要性を増している、炭素の貯留だ。
枯木は、重量の約半分が炭素でできており、分解する過程で二酸化炭素を放出するが、すべてが分解して大気中に放出されるわけではない。分解しにくい一部の成分が残り、土壌有機物として炭素の貯留に貢献するだけでなく、養分を吸着して豊かな土壌を形成する。この分解というプロセスがどう進むかは、そこに関わる生き物の働きにかかっている。土もまた、人類の存続には必要不可欠だ。
第2部では、地球規模の出来事に枯木がどう関係するのかについてまとめた。まず第7章で枯木の分解が菌類によってどのように進むかについて紹介した後、第8章では近年世界中で多発する森林樹木の大量枯死と、それによって大量に発生する枯木が生態系に与える影響について、第9章では、逆に枯木が森の中からなくなるとどんなことが起きるのか、第10章では、そもそも枯木があることで僕らはどんな恩恵を受けているのかを説明する。そして最後に第11章では、森林が持続的に存在するための、次世代の樹木の成長に重要な倒木更新という現象について紹介する。
本書では、野外にある枯死木のことを「枯木(かれき)」、林業で生産・製材加工された木のことを「木材」と呼んで区別した。ただし、枯死木を分解する菌類に関しては、分解する対象が野外の枯木であろうと製材された木材であろうと「木材腐朽菌」という用語を用いた。
また、写真や文章では伝えきれない生物の動きを見せてくれる動画も紹介しているので参照してみてほしい。
山で、公園で、庭で枯木を見つけたときに、その枯木の中に住んでいる生き物や、枯木から始まる物語に想いを馳せていただけたら、この上ない喜びである。
枯れて命を終えた樹木は、それで「終わり」ではありません。
樹皮の表面や幹の中で動物や昆虫を養い、菌類に分解されたのちは土に還るまでの間も炭素を貯留するなど、
森林生態系や地球全体に関わる重要な働きをもっています。
本書は、これまで注目されてこなかった枯木を起点に広がるニッチな世界を、
動物・植物・菌類・土壌・地球環境といったさまざまな視点から描いた、森の見方が変わる一冊です。
著者は東北大学大学院農学研究科助教で、専門は森林生態学、微生物生態学、生物多様性生態学。
小学生の頃からコケと変形菌に興味を持ち、長じては日本全国のアカマツ林を巡り歩いたり、
標本を布団乾燥機で乾燥させたり、リスの食べ残しを舐めてみたり、
世界中の研究者に声をかけて6カ国での共同研究を行なったりとバイタリティに溢れた人物で、
軽快な語り口で読者を知られざる枯木の世界に誘います。