| 齋藤雅典[編著] 2,400円+税 四六判上製 248頁+カラー口絵8頁 2020年9月刊行 ISBN978-4-8067-1606-8 緑の地球を支えているのは菌根*だった。 陸上植物の8割以上が菌類と共生関係を築き、 菌根菌が養水分を根に渡し、植物からは糖類を受けとっている。 植物は菌根菌なしでは生きられない。 *---菌類と植物の根の共生現象のこと 内生菌根・外生菌根・ラン菌根など、 それぞれの菌根の特徴、観察手法、最新の研究成果、 菌根菌の農林業、荒廃地の植生回復への利用をまじえ、 日本を代表する菌根研究者7名が 多様な菌根の世界を総合的に解説する。 菌を食べてしまう植物 光合成をやめた植物と菌根菌 枯れ木を渡り歩くタカツルラン 森林土壌から放出されるCO2の鍵をにぎる外生菌根菌 成木と実生の根の間の菌糸ネットワークが実生の成長を左右する などなど、知られざる土の中の不思議な世界へようこそ ―――――――――――――――――――――――――――――― 「菌根の世界」6刷(2024年2月重版)にあたり赤字部分を訂正いたしました。 訂正箇所はこちらをクリックしてください。 ―――――――――――――――――――――――――――――― |
齋藤雅典(さいとう・まさのり)
1952年東京都生まれ。東京大学大学院農学系研究科を修了後、農林水産省・東北農業試験場、同・畜産草地研究所、農業環境技術研究所を経て、東北大学大学院農学研究科教授。2018年に定年退職、同・名誉教授。研究テーマは、アーバスキュラー菌根菌の生理・生態とその利用技術。農業生態系における土壌肥沃度管理。農業活動に関わるライフサイクルアセスメントなど。おもな著書に、"Arbuscular mycorrhizas: molecular biology and physiology"(共著、Kluwer、2000)、『微生物の資材化─研究の最前線』(共著、ソフトサイエンス社、2000)、『新・土の微生物(10)研究の歩みと展望』(共著、博友社、2003)などがある。
小川 真(おがわ・まこと)
1937年京都府生まれ。京都大学農学部卒業。同博士課程修了。農学博士。森林総合研究所土壌微生物研究室室長、関西総合環境センター(現・環境総合テクノス)生物環境研究所所長を経て、大阪工業大学工学部環境工学科客員教授。日本林学賞、ユフロ(国際林業研究機関連合)学術賞、日経地球環境技術賞、愛・地球賞(愛知万博)、日本菌学会教育文化賞など、数々の賞を受賞。おもな著書に、『[マツタケ]の生物学』 『マツタケの話』 『きのこの自然誌』 『炭と菌根でよみがえる松』 『森とカビ・キノコ』 『菌と世界の森林再生』(以上、築地書館)、『菌を通して森をみる』(創文)、 『作物と土をつなぐ共生微生物』(農山漁村文化協会)、『キノコの教え』(岩波新書)、訳書に『ふしぎな生きものカビ・キノコ』 『チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話』 『生物界をつくった微生物』『キノコと人間』(以上、築地書館)、 『キノコ・カビの研究史』(京都大学学術出版会) などがある。
山田明義(やまだ・あきよし)
1969年新潟県生まれ。筑波大学大学院農学研究科を修了後、農林水産省農業研究センター非常勤研究員、茨城県林業技術センター流動研究員を経て、1999年より信州大学農学部勤務。現在、信州大学山岳科学研究拠点に所属、准教授。研究テーマは、外生菌根菌の分類と生態、および菌根性きのこ類の栽培化に関する研究。2016年森喜作賞、2020年日本菌学会賞などを受賞。おもな著書に、"A manual of concise descriptions of North American ectomycorrhizae"(共著、Mycologue Publications、1998)、『キノコとカビの基礎科学とバイオ技術』(共著、アイピーシー、2002)、『土壌微生物生態学』(共著、朝倉書店、2003)、『菌類のふしぎ』(共著、東海大学出版、2008)、『菌類の事典』(共著、朝倉書店、2013)、『食品危害要因─その実態と検出法』(共著、テクノシステム、2014)、"Biogeography of Mycorrhizal Symbiosis"(共著、Springer、2017)、『食と微生物の事典』(共著、朝倉書店、2017)などがある。
松田陽介(まつだ・ようすけ)
1970年愛知県生まれ。名古屋大学大学院生命農学研究科を修了後、東京大学アジア生物資源環境研究センターを経て三重大学大学院生物資源学研究科教授。研究テーマは、森林微生物学を専門とし、森林生態系における植物の根に関わる菌根菌、内生菌、細菌類、線虫の群集構造とその働きの解明。おもな著書に、『森林微生物生態学』(共著、朝倉書店、2000)、『菌類の事典』(共著、朝倉書店、2013)、"Biogeography of Mycorrhizal Symbiosis"(共著、Springer、2017)、『森林科学シリーズ10森林と菌類』(共著、共立出版、2018)、『森林学の百科事典』(共著、丸善出版、近刊)などがある。
小長谷啓介(おばせ・けいすけ)
1980年群馬県生まれ。北海道大学大学院農学研究科を修了後、博士研究員として韓国の江原(カンウォン)大学校山林環境科学大学、三重大学大学院生物資源学研究科、フロリダ大学植物病理学研究科に在籍。現在は、森林総合研究所きのこ・森林微生物研究領域の主任研究員。研究テーマは、微生物の共生機能を生かした植生回復・植物保全技術の高度化と食用菌栽培などへの実用化に向けた技術開発。森林施業による土壌共生菌類への多様性影響評価など。おもな著書に、"Biogeography of Mycorrhizal Symbiosis"(共著、Springer、2017)がある。
辻田有紀(つじた・ゆき)
1976年福岡県生まれ。九州大学大学院生物資源環境科学府で学位取得後、国立科学博物館筑波実験植物園非常勤研究員、日本学術振興会特別研究員RPDを経て、佐賀大学農学部准教授。研究テーマは、ラン菌根共生、ラン科植物の保全、菌従属栄養植物の菌根共生。シダ植物配偶体の菌根共生。おもな著書に、"The physiological ecology of mycoheterotrophy"(共著、Merckx、2013)、『菌類の事典』(共著、朝倉書店、2013)、『理系女性のライフプラン─あんな生き方・こんな生き方 研究・結婚・子育てみんなどうしてる?』(共著、メディカル・サイエンス・インターナショナル、2018)などがある。
大和政秀(やまと・まさひで)
1969年神奈川県生まれ。千葉大学大学院園芸学研究科を修了後、関西総合環境センター(現・環境総合テクノス)生物環境研究所、鳥取大学農学部を経て、千葉大学教育学部教授。研究テーマは、菌従属栄養植物の菌根共生、アーバスキュラー菌根菌の生態、農業におけるバイオ炭の利用技術など。おもな著書に、『菌類きのこ遺伝資源─発掘と活用』(共著、丸善プラネット、2013)、『菌類の事典』(共著、朝倉書店、2013)などがある。
はじめに
序章 地球の緑を支える菌根共生─菌と根の奇跡の出会い―――齋藤雅典・小川 真
根の表面を覆う菌と根の内部に入りこむ菌
特定の植物と関係を結ぶ菌
緑の誕生
植物と菌が出会うとき
【コラム】菌根と共生─用語の使い方(齋藤雅典)
第1章 土の中の小さな宝石─アーバスキュラー菌根菌―――齋藤雅典
心を虜にする輝く胞子
アーバスキュラー菌根菌を観察する
分離し、同定し、分類する
分類体系の見直しにつながる発見
根が菌を呼び寄せる
アーバスキュラー菌根菌はどうやって植物と物質のやりとりをしているか
根組織から樹枝状体を取り出す
菌根共生を制御する遺伝子
農業利用への道
利用の難しさと可能性
荒廃地での植生の回復と菌根菌
【コラム】菌類の分類と同定(齋藤雅典)
第2章 外生菌根の生態とマツタケ―――山田明義
外生菌根菌に支えられる樹木たち
外生菌根を観察する
土壌から養分・水分を吸収するのは根ではない
実験で外生菌根共生を証明する─菌根合成
樹木の成長を左右する外生菌根
外生菌根とキノコ
外生菌根共生の進化─起源と将来
マツタケと菌根共生
国産マツタケの生産と森林環境
マツタケ─シロとその生態
マツタケの近縁種とその地理的な分布
いかにマツタケを増産するか
マツタケはわからないことだらけ
【コラム】わが国における外生菌根研究事情(山田明義)
第3章 外生菌根菌を通して海岸林の再生を考える―――松田陽介・小長谷啓介
海岸の植物が厳しい環境で生育できるわけ
海岸林に生育する植物と菌根菌
海岸に生えるキノコ
海岸クロマツ林を支える菌根菌
キノコ調査と根の観察からみる菌根菌の多様性
DNA解析を利用して菌根菌の多様性を研究する
海岸クロマツ林にはどのくらいの種類の菌根菌が生息しているのか?
菌根菌の多様性と樹木の成長
謎の「黒い粒」菌核─セノコッカム・ジェオフィラム
セノコッカムの知られざる生態
塩に耐える力─菌根菌、菌根の塩類ストレス
耐塩性の高い菌根菌を探せ
海岸林の再生に菌根菌を利用する
第4章 菌によりそうランの姿を追いかけて―――辻田有紀
はじまりは菌とともに
ネジバナの菌根菌をみてみよう
世にも奇妙なマヤランの虜に
DNAで正体を暴け
マヤランの種まき大作戦
ランの始まりを求めて屋久島へ
運命の分かれ道
世界最大! キノコを食べるラン
第5章 菌根共生の原点─コケ植物とシダ植物の菌根共生―――辻田有紀
コケ植物の菌根共生
タイ類で見つかった新たな共生系
シダ植物の胞子体における菌根共生
損する? 得する? 菌と植物のかけひき
光合成をする配偶体に菌根菌はいるの?
第6章 菌類を食べる植物─菌従属栄養植物の菌根共生―――大和政秀
菌根共生、菌従属栄養植物との出会い
菌従属栄養植物とは
コケ植物の菌従属栄養植物
シダ植物の菌従属栄養植物
ラン科植物キンランの菌根共生
神社林のタシロラン
巨大な無葉緑ランを支える菌根菌
菌からランへどのように栄養は移動するのか─同位体で探る
菌からランへの炭素・窒素の流れをみる
菌根菌にとっての菌従属栄養性のメリット
多様なツツジ科の菌根共生
モノトロポイド菌根
アーブトイド菌根─部分的菌従属栄養性
アーバスキュラー菌根を形成する菌従属栄養植物
希少植物の保全と菌根共生
【コラム】私が菌根研究者(マイコライゾロジスト)になったわけ
おわりに─菌根共生の進化を考える(小川真)
編集後記(齋藤雅典)
参考文献
索引
「キンコン」「キンコンキン」という言葉を聞いて何のことかわからなくても、「菌根」「菌根菌」と漢字で表すとなんとなくイメージがわいてくるかもしれない。菌根とは、菌類いわゆるカビの仲間が植物の根に共生している現象を指す言葉である。マツタケがマツの根に共生するマツタケ菌から生じる子実体(キノコ)であることはよく知られている。まさにマツタケ菌はマツの根に共生する菌根菌なのである。
じつは、マツタケ以外にもさまざまな種類の菌根菌が存在し、陸上植物の約8割の植物種と共生関係を営んでいる。菌と植物の共生である菌根が地球の緑を支えていると言えるだろう。
菌根という共生現象についての関心は少しずつ高まっている。高校の生物の教科書の中でも、菌根に言及するものが出版されており、2020(令和2)年度の東京大学の入試問題「生物」に菌根に関わる問題が出題され話題となった。大学生などを対象とした菌学、土壌微生物学、微生物生態学などの教科書や解説書では、菌根共生にページが割かれるようになってきている。
わが国では、これまで小川真によってマツタケやアーバスキュラー菌根菌などの菌根に関する書籍が複数出版されてきた。また、アーバスキュラー菌根菌の農業利用や林業における外生菌根菌利用についての実用的な冊子類も出版されてきたが、多様な菌根の世界について総合的に解説した日本語の書籍はまだ見あたらない。
そこで、さまざまな菌根について、それらを研究対象として実際に研究を進めてきた研究者たちによって、菌根について解説する書籍を著すことにした。各章では、それぞれの菌根の特徴や観察手法について解説するとともに、それぞれの著者が取り組んできた研究の成果などを取り入れながら、できるだけ最新の菌根学の成果もわかりやすく解説しようと試みた。各章はそれぞれの菌根ごとにまとめてあるので、必ずしも章順に読む必要はなく、関心のある章からページをめくっていただいて差し支えない。
本書を通じて、菌根という共生の世界のおもしろさを知って関心をもっていただけると幸いである。
この本の編者、齋藤雅典さんから送られてきた原稿を読ませてもらって、書かれた内容の新鮮さと著者たちの熱意に、ある種の感動を覚えた。「なぜこれほど大切なテーマが、長い間放っておかれたのか」「あそこにもここにも、おもしろいタネが埋もれているのに」「この考える楽しさを、次の世代に伝えなければ」という著者たちの声が聞こえてくる。菌根の仕事に取りかかった1960年以来、半世紀以上、私も同じ思いを抱いて能力以上に働いてきた。この本が出ることで、ようやく重荷をおろして、バトンタッチできるように思える。
未知の事象を一つのジャンルとして位置づけるには、長い時間と大勢の研究者たちの努力が必要である。わかりきったことだが、研究の歴史を正しく知ることは、研究することと同程度に大切なことなのである。
1980年ごろ、いくつかの出版社から菌根の教科書を書いてほしいと原稿用紙を渡された。ところが、当時はアーバスキュラー菌根(当時はVA菌根と呼んでいた)がおもしろくなりだしたばかりで、農業への炭の利用研究も緒に就いたところ。とても文献をあさっている暇がない。せめてジャック・ハーレィの『Mycorrhizal Symbiosis(菌根共生)』(1983)を翻訳してはどうかと思ったが、これも力不足でボツ。1990年代になって、少なくともわが国とアジア諸国における研究をまとめておきたいと文献集めを始めたが、ちょうど分子生物学的手法(PCR法など)がさかんになって、研究内容が飛躍的に変わる時期だった。菌根関係の文献が雪崩のように出だして机の上はコピーの山になり、積ん読状態、とても網羅的にというわけにはいかなくなった。
2008年には、ハーレィの娘であるサリー・スミスとデビッド・リードの共著による『Mycorrhizal Symbiosis』(第三版)が出たので、翻訳しようと取りかかったが、800ページ近くあり、とても私一人の手にはおえない。かなり時間がたってから、齋藤さんに相談したところ、「菌根研究会」のメンバーに自分たちの仕事を中心に書いてもらおうということになった。もちろん、そのほうが望ましい。というので、できあがったのが本書である。
生物学の最終目標は何かと問われたら、「やはり進化の謎解きでしょう」ということになる。研究史を紐解くのと同時に、生物がどのような進化過程をたどってきたのか、そしてどこへ行くのか、その中で菌根共生はどのような役割を果たしてきたのか。この本を読んでくださる方々に、ぜひ考えていただきたい。その手がかりになることを願って、私の読後感想文を章立てに沿って綴っておこう。
アーバスキュラー菌根菌の胞子を何と呼ぶのか。かつて接合菌に属しているとされていたころは偽接合胞子と言われていたが、胞子というより子実体と言ったほうがふさわしいぐらい大きく、多核体(多数の核がつまっている)で、菌類としては不思議な繁殖体である(第1章図1)。n、2nなどの核相もよくわからず、有性生殖もみられていない。土の中の胞子はかなりの量になるが、宿主である植物に共生しないと増殖できない絶対共生であり、そのわりには宿主特異性が低く、多くの植物種と共生している。どうやら繁殖力を抑えて陸上植物群によりそい、その進化を助けながら自分たちの分布範囲を広げていったように思える。陸上植物が現れてすぐ共生状態に入ったと思われるが、あまり共進化した形跡はなく、植物のサポーターに徹してきたようにみえる。
この菌は水生植物や水辺植物の根にはつかないとされているが、水田ではたまに見かける。海辺や汽水域に生える原始的な植物群に手がかりはないのだろうか。あのビーズ玉のような美しい菌は一体どこから来たのだろう。おそらく、もとになるものは水の中に暮らしていたはずだが、腐生菌だったのか、寄生菌だったのか、まるでわからない。接合菌に近いとされてきたが、まったく独立して進化したグロムス菌門としておくのがよさそうに思える(ゲノム情報による解析ではグロムス菌亜門とされている。第1章)。
現存の植物の祖先になった、シダ、コケ、トクサやヒカゲノカズラなどにも、アーバスキュラー菌根やそれに似たものがついているそうだが、アーバスキュラー菌根とどちらが先だったのか(第5章)。バクテリアとは無関係なのだろうか。また、もう一つの重要な共生生物の地衣類との関係は、などなどおもしろいことがありそうに思える。実験は大変らしいが、系統的に追ってみると思いもかけないことが見つかるかもしれない。
外生菌根は、アーバスキュラー菌根ができてから2億5000万年ほどたったころ現れたとされている。これはアーバスキュラー菌根とは逆に、宿主になる植物群が少数の分類群、しかも大径木(大きくなる樹木)に限られ、菌根菌のほうが圧倒的に多様である(第2章)。宿主植物のマツ科、ブナ科、カバノキ科、ヤナギ科、フタバガキ科、フトモモ科などは、おそらくジュラ紀と白亜紀の境目(大絶滅)の前後に分化した植物群で、出現時期が担子菌類と重なっている。
多種類の腐生性キノコが分化しはじめたところへ、宿主になる樹木が出てきて共生が成り立ったのか、両者が並行的に進化したのか、まだよくわかっていない。不思議なことに、今知られている外生菌根菌の大半は担子菌類に属しているが、系統的にはまとまりがない。一方、子嚢菌には腐生菌や寄生菌が多く、冬虫夏草のように動物についているものもあるが、なぜかトリュフの仲間以外、外生菌根をつくるものはほとんどみられない。
アーバスキュラー菌根菌と同じように、外生菌根菌も宿主から離れると子実体をつくらない、もしくはつくれない種類が多い。人工培地の上でキノコをつくらないのは、マツタケに限ったことではないのだ。また、菌根菌の中で胞子や組織片から分離培養できるものは限られており、胞子も発芽しにくく、寿命は短い。分離培養できるのは、たとえば、スクレロデルマ属(広葉樹につく)やアミタケ属(マツ科につく。ショウロもこれに近い)などだが、彼らは菌根合成も容易である。それでも菌糸の成長は遅く、多糖類を分解利用できる腐生菌にはとても及ばない。まるで、自分の繁殖力を抑えて、宿主に奉仕しているようにみえる。ほんとうにそうだろうか。
最近北半球で広がっているマツ枯れやナラ枯れ、カラマツやトウヒなどの枯れにみられるように、宿主植物が大量枯死すれば、当然菌根菌のほうも消滅するはずである。現に昔に比べれば、マツタケやショウロだけでなく、野生キノコの採れる量も種類もひどく減っている。なお、セノコッカムの黒い菌根がやたら多いというのも不気味である。
この菌根菌は、以前は北米大陸西海岸の砂丘や朝鮮半島、北アフリカなどのマツ林や広葉樹林でよく見かけたが、乾燥地の森林に多いもので、湿潤なところでは稀なものと思っていた(第3章)。今後温暖化が進むにつれて、目にみえない大きな変動が、まず共生関係を多く含む生態系に現れてくるのではないだろうか。今のように忙しすぎる研究環境では望むべくもないが、どこか定点で菌、キノコの発生消長を気長に記録しつづけてくれる人はいないだろうか。研究者と菌類同好会とのつながりも大切である。
ラン菌根、エリコイド菌根、アーブトイド菌根は内生菌根と総称されているが、それぞれ形態も菌の種類も大きく異なっている。私がはじめて浜田稔先生からランの菌根について教わったころは、H・ブルゲッフの大きな教科書が一冊あるだけだった。そのころに比べれば、現在の研究レベルは驚くほど進んでおり、まさに隔世の感がある(第4章)。
アジアや南米の植民地に多かったきれいな花をつけるランが、ヨーロッパ人に愛好され、一時栽培のための研究がさかんになった。そのおかげでランの根に菌が入っていることは古くから知られており、菌根研究はランから始まったと言えなくもないほどである。ところが、20世紀に入ると無菌培養が可能になり、培地にショ糖を加えると、種子が発芽して育つことがわかった。その結果、菌の研究の必要がなくなり、人工的に栽培した、いわゆる洋ランが市場にあふれ、チューリップと並んで花卉(かき)産業の花形になっていった。
ランは不思議な植物で、どの種類でもツボミが開くにつれて花柄が回転し、ねじれて咲く。花の形も特定の昆虫を誘うように発達し、明らかに虫をだまして受粉を手伝わせている。土壌に落ちた小さな種子は菌糸を惹きつけ、例外なくラン菌とも言われるキノコやカビの菌糸を、根の細胞の中に取りこんで消化吸収する。いわば、食べてしまうのである。
植物と言えば、静的でおとなしそうに思われがちだが、ランにはどこか動物的な感じがある。進化の果てに行き着くところは、葉緑素を失って菌に依存した寄生である。それも成長段階に応じて相手の菌を変えるというのだから手がこんでいる。モノトロポイド菌根やアーブトイド菌根の場合も、菌を養っているように思えるグループのうちから、やはり菌に依存して暮らす、菌従属栄養植物と呼ばれるグループが進化したと考えられている。これらの菌根共生では、外生菌根菌が仲立ちして、樹木と葉緑素をもたない白くなった植物をつないでいる。ランの中にも菌従属栄養植物になった無葉緑ランが多く、外生菌根菌や有機物を分解する能力をもった菌類に養われている。ランの菌根や菌従属栄養植物の解説を読んでいると、まるでミステリー小説を読んでいるようである。なんともこみ入った話で、謎解きの楽しさが伝わってくる(第6章)。
これらの内生菌根をつくる植物は第三紀以降、おもに第四紀に入ってから進化した新しい植物群と思われる。簡単に第三紀以降というが、千万、百万単位の年月である。その間、現在に至るまで、何度絶滅の危機に瀕してきたことか。この仲間は人間にもてはやされ、今を盛りと咲き誇っているが、一体どこへ行くのだろう。常識的には共生すれば強く大きくなり、種としても個体としても長命になると思いがちだが、ほんとうにそうだろうか。
二者間の共生から三重共生、さらに根圏微生物や他の微生物を含む多重共生へと展開するにつれて、互いの関係は複雑になり、依存の度合いが大きくなるほど共倒れする率も高くなるように思える。生命体がある一定の環境下で、そのつど進化してきたのと同様、共生もある条件下で成立し、環境の変動に耐えられたものが現在まで続いていると考えられている。したがって、大きな気候変動や汚染に見舞われれば、絶滅危惧種になりやすく、容易に消えてしまうのも当然かもしれない。共生は一般に言われるほど理想的な生き方ではない。場合によっては、共生イコール共倒れということになりかねないのである。
以上、私見を述べてみたが、ほとんどは蛇足の類である。新型コロナウイルスが収束してくれたら、もう一度野外へ出て、素直に自然のあり方を観察してみよう。自然は常に遠大な存在であり、偉大な師でもある。