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反★進化論講座
空飛ぶスパゲッティ・モンスターの福音書

ボビー・ヘンダーソン[著] 片岡夏実[訳]

1800円+税 A5判 192頁 2006年12月発行 ISBN4-8067-1340-6

「進化論なんて認めない!」
保守回帰を強めるアメリカの宗教右派の理屈をそのまま使って、著者が立ち上げた新宗教「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」

ダーウィンからアインシュタインまでお世話になっていたこの教団が、ネットを中心に、大ブレーク!
知らず知らずのうちに、アブナイ宗教や、もっともらしいトンデモ科学の手口にだまされない能力が、笑ながら身につく本。

訳者によるまえがき→こちら

訳者によるあとがき→こちらネタバレ注意 !

書評再録 読者の声
【訳者まえがき】

 2005年、アメリカ・カンザス州の教育界は揺れていた。同州の教育委員会が、公教育において進化論とインテリジェント・デザイン(知的デザイン)説を同等に教えなければならないという決定を下そうとしていたのである。
 インテリジェント・デザイン――以下IDと表記――とは、生物の複雑さは進化論では説明できず、したがって「なんらかの知的存在」がデザインしたのだとする説である。これだけを見ると、キリスト教の「天地創造説」と変わりないように見える。しかしID論者は、「知的存在」がキリスト教の神であるとは(そしてないとも)明言せず、IDは宗教でなく科学的仮説であると主張する。そして、進化論もまた同じように未証明の仮説に過ぎないのだから、理科の授業でIDと進化論を平等に教え、どちらが正しいかは生徒に判断させるべきだと訴えているのだ。ID論は宗教右派を中心とする保守層の支持を受け、ジョージ・ブッシュ大統領も2005年8月に「教育の役割は人々を異なる考え方に触れさせることである」と述べて、公立の学校でIDと進化論を共に教えることに賛意を示している。
 言うまでもなくこの動きに対して、「これは科学ではない」と、科学者や教師を中心に強い反対が巻き起こった。その論争のさなかに立ち上がったのが、本書の著者であり「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」の預言者、ボビー・ヘンダーソンであった。不毛な論争に終止符を打つべく、ヘンダーソン師は公開質問状(本書111ページ参照)をカンザス州教育委員会に送り、「空飛ぶスパゲッティ・モンスターによる地球創造説」も進化論やIDと一緒に公立高校で教えることを提唱した。
 先に述べたように、ID理論では「知的なデザイナー」の素性を明らかにしていない。しかしヘンダーソン師は、実証的な証拠によって、空飛ぶスパゲッティ・モンスターこそがデザイナーであることを論証した。その上で空飛ぶスパゲッティ・モンスター説も、可能性が否定できない以上、進化論やIDと平等に学校で教えられるべきであるとヘンダーソン師は主張している。同時に師は、ウェブサイト上で布教活動を始め、現在スパモン教は全世界に1000万人(主催者側発表)の信者を擁している。
 本書は空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の教義と、それが実証的証拠に基づく科学に裏付けられていることをわかりやすく記した教典であり、布教を実践する上でのマニュアルである。そして何より、スパモン教について網羅的に解説した唯一の日本語文献(2006年11月現在の商業出版物として)である。本書を読めば、スパモンが世界を創造したこと、スパモン教が実証的科学によって裏付けられた真理であることが納得できるだろう。また、スパモン教のきわめてユニークな教義――海賊が「選ばれし民」であり、天国にはビール火山とストリッパー工場があり、祈りの際に「ラーメン」と唱える、など――も理解できるはずだ。拙訳によって日本の読者が空飛ぶスパゲッティ・モンスターのヌードル触手に触れ、真理へと導かれることになれば、訳者にとってこれ以上の喜びはない。
 あるいは読者の中には、本書の内容を手の込んだ冗談かパロディだと思われる向きもあろう。それでもよい。なぜなら冗談を解しパロディを楽しむことは、きわめて知的な営為であり、それもまた空飛ぶスパゲッティ・モンスターの触手によって知的にデザインされたものであることに、やがては気付くであろうからだ。
 なお、原著において空飛ぶスパゲッティ・モンスター(Flying Spaghetti Monster)は、頭文字を取って「FSM」と省略されているが、日本の読者にはなじみにくいと思われるので、著者の了解を得て、本書では「スパモン」と表記したことを付記しておく。

 ラーメン

【訳者あとがき】


ネタバレ注意! なるべく本文読了後にお読みください。

 本文をお楽しみいただいた方には野暮な説明かもしれないが、念のため申し添えておくと「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」は、カルト宗教の体裁をとったインテリジェント・デザイン(ID)説のパロディであり、IDを公教育に持ち込もうとするもくろみを批判・風刺するために著者ボビー・ヘンダーソンが創作したものである。IDは事実上キリスト教の創造説でありながら、「科学」を自称するために「デザイナー」を明らかにすることができない。本当はキリスト教の神と言いたいところを、「何らかの知的存在」と呼んでごまかしているわけだ。だが「何らかの知的存在」が生命を創造したというのなら、それは何であっても、そう、空飛ぶスパゲッティ・モンスターであってもいいはずだ。少なくとも可能性を否定することはできない。スパモン教はID理論の弱点を痛烈に突いたカウンターパンチなのだ。
 ヘンダーソンが空飛ぶスパゲッティ・モンスターを提唱してから、ID関係でいくつかの動きがあった。2005年12月にはペンシルベニア州で、公立学校においてIDを教えることは政教分離に反し違憲であるという判決が下された。また、2006年8月に行なわれたカンザス州の教育委員予備選挙の結果、反ID派が優勢となっている。これらが空飛ぶスパゲッティ・モンスターの効果とはいえないが、世論を喚起するうえで一定の役割を果たしたのではないかと思う。
 誤解しないでいただきたいが、進化論者も、本書の著者も、また訳者も決して神や宗教を否定しようとしているわけではない。批判されているのは、一宗教の思想をあたかも普遍的・客観的な科学であるかのように偽ることであり、それを政治的に教育現場に押しつけようとすることだ。むしろそのことの方が、神や宗教に対する冒涜なのではないだろうか。

 キリスト教の伝統を持たない日本では、IDの思想は理解しにくいものかもしれない。日本にもID普及を目的とする団体は存在するが、今のところ大きな動きにはなっていないようだ(なっても困るが)。しかしこれは、日本人がIDの基礎となるキリスト教思想になじみが薄いからであって、決して日本人がアメリカ人より科学的思考に慣れているということではない。日本でも疑似科学やオカルトは枚挙にいとまがないほど多数広まっている。本書には疑似科学によく使われる一見もっともらしい論法が随所に使われている――というよりそれだけで書かれていると言ってもいい。本書を楽しみながら疑似科学の手口を理解すれば、詭弁にだまされないリテラシーを身に付けるのに役立つだろう。
 私たちが本書から学ぶことのできるもう一つのキモは、対抗言説のあり方だ。ID論争が日本で起きたら、反対派はID理論を科学にもとづいて批判する論文や記事を書くだろう。それはそれで必要なことだし、アメリカでも真面目な批判を試みている論者は数多くいる。しかし残念なことに、そうした地味な反論が注目を集めることは難しい。いわゆるトンデモ論の方が派手で面白いし、人間の欲求や直感に寄り添っているために受け入れられやすいのだ。それに対して論理的に批判しても、「理屈っぽくてつまらない」と拒否され、時には反感を買うことさえある。いかに正しい論でも、人目に触れなければ意味がない。そこで空飛ぶスパゲッティ・モンスター教のように、パンチの利いた皮肉で対象を徹底的にパロディ化し、楽しく論争することも一方で有効なのではないかと思う。

 というような堅い話は抜きにしても、空飛ぶスパゲッティ・モンスターは、いい意味でくだらなさ爆発のおバカ加減を武器に、今も着実に勢力を広めている。『USAトゥデイ』『ニューヨークタイムズ』『サイエンティフィック・アメリカン』などの有力紙誌やCNNに取り上げられ、インターネットの検索エンジンでflying spaghetti monsterを検索すると、2006年8月の時点でヒット数は150万件を超える勢いだ。もちろんそのすべてが好意的に扱ったものではないだろうが、わずか1年少々という短い期間にこれほどの広まりを見せた「宗教」は、かつてなかったのではないか。スパモンのキッチュで愛すべき姿や、天国にビール火山とストリッパー工場(なぜ工場!?)があり、海賊が選ばれし民だというおバカな教義を見ているうちに、訳者もパロディとわかっていても本気で信仰したくなってきた。これはもう出自はどうあれ、本物の宗教と呼んでもいいかもしれない。
 本書を読んで空飛ぶスパゲッティ・モンスター教に興味を持たれた方には、同教会のウェブサイトwww.venganza.orgにアクセスすることをお勧めする。表記は英語のみだが、読むのが面倒なら画像を見ているだけでも楽しめること請け合いだ。動画やゲームも用意されているし、パソコンの壁紙を無料でダウンロードできる。Tシャツやステッカーなど色々なグッズも販売しているので、コアな信者をめざす読者は購入して、海賊船建造の資金調達に協力するのも一興かもしれない。

 最後に、本書の読者と、出版にかかわった皆さんに空飛ぶスパゲッティ・モンスターの恩恵がありますように。

ラーメン