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中国環境リポート


エリザベス・エコノミー(CFRアジア研究部長)[著]
 片岡夏実[訳]

2800円+税 A5判 344頁 2005年8月発行 ISBN4-8067-1304-X

人類の近代史上、最大の開発独裁を展開、爆発的な経済発展を続け、「世界の工場」になった中国。
そのアキレス腱である環境問題を、米国を代表する外交シンクタンク「米外交問題評議会(CFR)」のアジア研究部長である著者が解説。
環境メルトダウンは、回避できるのか?
環境ガバナンス確立への道筋は?
これまでの中国研究書にはない、圧倒的な力量で中国の制度、社会、政治、経済を構造分析した。


解説−−中国の環境問題を生み出す制度、社会、政治、経済についての、優れた構造分析

 中国の環境問題は、日本でもニュースとなることが少なくない。酸性雨に見られるように、中国の環境問題は私たちの暮らしにも直接の影響を与える。また、中国は日本の最大の貿易相手であり、投資先としても急速に重みを増してきている。さらに、中国の環境問題は、食糧やエネルギーの世界的な需給関係にも大きな影響を与える。グローバルな相互関連が増した世界では、中国の課題は世界の課題であり日本の課題なのである。
 中国の環境問題の現状分析については、すでに多くの本が出版されている。日本環境会議編の『アジア環境白書』や中国環境問題研究会の『中国環境ハンドブック』では、研究者がていねいに中国の環境問題の変化を追っている。中国の環境問題の世界的なインパクトを知るためにはワールドウォッチ研究所の『地球白書』が役に立つだろう。
 本書の持ち味は、そうした文献で抜けている点を埋めているところにある。それは、中国の環境問題を生み出す制度、社会、政治、経済の構造分析である。
 中国の環境政策や環境保護において、誰が主要な役割を果たすのか。その相対的力はどの程度なのか。環境政策は、どのように決定され実行されていくのか。環境保護分野への資源分配は。中国の政府、財界、メディア、NGOなどに環境保護を進める意思はあるのか、それを生み出すインセンティブは存在しているのか。そして、それらが、現在の中国の社会・経済変化の中でどう変わるのか。こうした問いがこの本の中心テーマである。
 これらの設問には、二つの意義がある。第一は、中国の環境問題の改善の可能性を見抜くことにある。そもそも、たいていの環境問題は、技術レベルや経済の発展段階の問題に還元できない。多くの場合、それは弱者や将来の世代の利益が権力者により無視されることにより生まれる政治問題だからである。逆に言えば、環境問題の改善の可能性を把握するためには、社会の中での利害調整や権力分配が、誰によってどのように行われるのかという政治的な分析や、それがどのような原則により行われるのかという制度的・法的・文化的な分析が欠かせない。
 中国では、環境保護のためのどのような法・制度が存在し、それらの実施体制があるのか。それを実施・改善する政治的意思はどこに存在するのか、それはどのような社会状況により作られ、変化する可能性があるのか。さらにそうした要因が、経済状況によってどのように影響を受けるのか。本書では、共産党の一党独裁や地方の権力構造、政治・経済の未分化、法の支配の未熟などの中国の政治・社会の特徴がどのように環境問題につながっているかを明晰に分析する。さらに、それらの特徴がWTOへの加盟、国際的な相互依存の増大などの大きなトレンドとどのように関わっていくかを示し、今後の中国の行方を三つのシナリオとして整理している。
 第二の意義は、政策的な視点を提供することにある。中国の政治、社会、経済構造は、国際社会と深くつながる。中国の社会・政治構造が、国際社会における関係を通じて変化する以上、日本政府や社会もその変化を生み出す主体の一部である。日本政府や企業が中国とどのように関わることが、環境問題の解決に好ましい環境を生み出すのか。自分たちが、国際社会を形作る主体でもあるという日本社会に欠落しがちな視点を、本書は提供している。

 本書を執筆したエリザベス・エコノミーは、米外交問題評議会(CFR)上席研究員アジア研究部長の職にある。米外交問題評議会は、米国の外交分野で大きな影響力を持つフォーリン・アフェアーズの発行母体であり、同時に米国の外交政策に影響を与えるシンクタンクの一つでもある。米国の政治の主流の中にある研究機関だけに、本書は米国や中国の絶対的な資源消費量がもたらす地球環境への影響という巨大な問題には目を閉ざしている。本書には米国の政治文化の限界も反映しているとも言えるだろう。だが、そのことが、本書の価値を減らすわけではあるまい。現代の国際社会で、軍事力・経済力とともに影響力を生み出している源は、ソフトパワー(言説力)である。本書は、米国のソフトパワーを支える分析力の幅と力量を示しているという意味で、日本の政策担当者にとっても無視することができないものとなっている。

川村暁雄(国際関係論・神戸女学院大学文学部助教授)

書評再録 読者の声
【主要目次】

第1章 中国の「環境問題」とは?  1
第2章 中国文明と環境破壊の歴史  29
第3章 爆発的経済成長とその環境コスト  61
第4章 中国における環境保護の取り組み  95
第5章 新しい環境の政治学  135
第6章 国際社会と中国の環境問題  183
第7章 海外からの教訓  225
第8章 危機回避のシナリオ  261
    註  323
    索 引  334
    解 説  335