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熱帯農業概論

【内容紹介】●本書「序文」より


 先進国はそれまでの植民地において働いてきたもろもろの暴虐行為の贖罪として、従来の植民地に援助の手を差しのべる義務があると理由づけ、いろいろな行動を起こした。農業面でも、農業技術の開発、普及、生産資材供与、インフラストラクチャー整備などの面で各種の援助が行われた。その結果、たとえば熱帯アジアでは、穀物生産が1960年代からの約30年間に倍増し、熱帯における飛躍的な食糧増産の可能性が示された。
 しかし、一方では援助の経験を通じて農業技術援助の難しさも痛感されるに至っている。たとえば、熱帯で作物の単収が低いのは農民が貧困で化学肥料を使うことができないためであると考えて、肥料を無償で供与した。しかし、当時農民が用いていた在来品種は化学肥料を有効に増収に結びつける能力を持っていなかったために、施肥による増収は実現しなかった。施肥によって増収を得るには、品種改良が前提条件だったのである。
 また、乾燥地帯における作物の増産には灌漑が有効な手段である。そこで、資金援助によって大規模な灌漑用のダムや幹線灌漑水路が構築された。しかし、灌漑システムが能率的に機能するためには、末端における水路の整備、維持、管理のための農民組織の存在が不可欠である。その組織の欠落のために、大規模灌漑地域で地下水位の上昇や塩類集積などの土壌劣化が頻発した。
 これらの経験によって、土木工事や工場建設などと違って、農業関係の技術移転は複雑なことが明らかになり、この認識に立って、農業研究者の間にも熱帯農業への関心が高まった。現在、いろいろな側面から基礎的資料を整備するための調査、研究が、下記の2つに類別される方向で行われている。
 (1)与えられた地域の気象、土壌、生物、社会経済諸要因を解析し、それらを総合した条件に適応した各種作物の優良品種の育成・管理法、さらにそれらを組み合わせた新しい農法を、自然科学的手法で開発する。
 (2)熱帯各地域の伝統的な作物、家畜の管理法や営農体系を、それぞれの地域社会の伝統、習慣などとの関連において、人文科学に自然科学の手法も加味して解析し、伝統的農法に潜む合理性を見出して、その知見を近代的農業技術の組立に資する。
 これらの手法のうち、前者はややもすると社会の現状より先端的な技術を指向しがちであり、後者は民族学的興味に深入しすぎる傾向がある。両者のバランスを保つことが実効のある技術の開発には肝要である。
 編者は過去約40年間、熱帯農業に関心を持ち、(1)の立場から現地の研究所で研究に従事したことがある。また、各種の業務との関連で(2)の立場から農民の実態に接する機会もあった。そして、これらの経験を通じて、熱帯農業の実態とそれを取り巻く諸条件の概要を簡潔に把握できる参考書があればと痛感していた。
 たまたま、いろいろな立場で熱帯農業にかかわってきた編者の仲間に相談したところ、共感を得て、本書を刊行することとなった。
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