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レモンジュースの雨 地球環境と日本の役割

【内容紹介】本書「本文」より


 米国や北欧では学校教育の中に環境教育がしっかりと根付いている。連邦政府、州、市、郡などの公立自然公園は全米で15000以上あり、そのすべての施設に環境教育プログラムがある。学校では、各学年に応じて、公害や自然破壊の原因について詳しく説明している。最近では野生生物の減少やオゾン層の破壊など、地球的規模の環境問題についても授業が行われている。野外実習も多い。大学ではほとんどの学校に環境関連学科があり、環境全般についての教育カリキュラムができあがっている。こうして豊富な人材が、企業をはじめ連邦政府、州政府、民間団体そして自然学校などに就職していく。
 日本では自然学校をやりたくても、まず先生がいない。先生を養成する大学もないに等しい。人材の供給源もないし、供給できたとしても就職口がないという悪循環に陥ってしまう。理学、工学系で公害防止技術の研究体制が整備されているものの、環境問題での歴史や法律、行政論、国際関係論などは立ち遅れがはなはだしい。小、中、高校での環境教育体制もお粗末だ。受験にあまり関係のない科目はどうしても切り落とされてしまう。自然学校などは付き添う先生がいない。
 要するに、日本の教育システムの中には環境教育が組み込まれていないのである。だから、自然や環境問題など考えたこともないような技師や営業マンが外国で糾弾されてしまう。問題を指摘されても意味がわからず、日本叩きだと憤慨したりする。
 地球環境の危機がこれだけ叫ばれている今、わが国は一日も早く環境教育のシステムを整備、強化すべきだろう。
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