![]() | 清和研二[著] 2,400円+税 四六判並製 304頁 2025年7月刊行予定 ISBN978-4-8067-1689-1 今、日本中の広葉樹林は再び太くなり、伐りはじめられている。 しかし、我々は本当の森の姿を知らない。 本来の日本の広葉樹林は、さまざまな樹種が混ざり合う多種共存の森だ。 時に針葉樹とも混ざり合う巨木の森だったのである。 広葉樹の森づくりでは、全層間伐と天然更新で地域固有の多様性をもつ巨木林をめざす。 樹木の寿命に合わせ、数百年にわたり利用しながら、年々大径化していく木々は、 数世代にわたり山里の人びとの暮らしを支えていくだろう。 森の恵みをていねいに引き出しながら、 森と山里を真の意味で豊かにする森づくりと林業のあり方を提案する。 |
清和研二(せいわ・けんじ)
1954年山形県櫛引村(現・鶴岡市)生まれ。
北海道大学農学部卒業。
北海道林業試験場研究員、東北大学大学院農学研究科教授を経て、現在は名誉教授。
落葉広葉樹の開花から種子散布・発芽、実生成長の仕組みなどの繁殖生態を研究。
その後、森林の多種共存メカニズムの解明に取り組む。
近年は、種多様性回復が生態系サービスを著しく向上させることを観察中。
趣味は焚き火、植物スケッチ、食物の採取と栽培、木工。
著書に『多種共存の森』『樹は語る』『樹に聴く』(以上、築地書館)、
『スギと広葉樹の混交林』(農山漁村文化協会)、
編著・共著に『発芽生物学』『森の芽生えの生態学』(以上、文一総合出版)、
『樹木生理生態学』『森林の科学』(以上、朝倉書店)、『日本樹木誌』(日本林業調査会)、
『樹と暮らす』(築地書館)などがある。
序章 森とどんな関係を築いていこうとするのか
板切れ一つが懐かしい
気づきはじめた人たち
持続しなければ
森に聴く
自然に倣い、木を伐りながら成熟させる
森のそばで生活する人たちを応援する
本書の構成
T部 巨木の森――地球を救う
1章 原始の森の巨木たち――記録と記憶から
開拓時代の原始林――大径・通直・高密度の三拍子
江戸時代の禁伐林――庄屋の記録
遠野の古老が語る巨木林
アイヌの古老が語る原始の森
失われた原生林――戦中戦後の大伐採
【コラム1】伐る側の倫理
2章 今に残る老齢林――学術調査から
水辺林
落葉広葉樹林
針広混交林
驚くべき樹齢――丸太の年輪を読む
3章 巨木の森は地球を甦らせる――炭素貯留と吸収による気候変動の抑制
年老いても炭素を貯めている――大径木頼み
大径化する樹種≠ェ重要
大径化する樹種が少ないことの危うさ
U部 多種共存の森――どのように創られ、どんな恩恵を与えてくれるのか
4章 菌類が創る森の姿――木々の空間分布と種多様性
空間スケールを絞り込む――地球規模から一本の木の周辺まで
木々を孤立させる病原菌――ウワミズザクラとミズキ
【コラム2】老木の下の病原菌は毒性が強い
【コラム3】テンやタヌキに頼る――果肉を消化し遠くへ運ぶ
木々を群れさせる外生菌根菌――コナラとブナ
【コラム4】外生菌根菌とアーバスキュラー菌根菌
群れるか、孤立するかは菌根タイプで決まる
外生菌根菌の驚くべき力――病原菌を防御し土壌の栄養環境を改善する
ジャンゼン―コンネル仮説≠超えて
菌類の種特異性が種多様性をコントロールする――置き換わるか、居座るか
蓄積する菌類の効果
5章 樹種の優占度を決めるもの――菌根タイプ・種子重・最大直径
ECMタイプの樹種の方がAMタイプより優占する
種子が重い樹種ほど優占する
最大直径が大きい樹種ほど優占する
6章 種多様性の恵み――地球で永く生きていくために
種多様性の回復――スギ人工林を広葉樹との混交林にする
水が綺麗になる
生産力が増大する
【コラム5】検証が進む種多様性と生産力の関係
持続する生産力
洪水・渇水を抑制する
【コラム6】人工林を小面積皆伐し混交林に
せっかちな人がつくった人工林と森の時間を刻む混交林
V部 自然に倣う林業――多種共存の巨木林を目指しながら木材を生産する
7章 全層間伐――良質な大径材生産を可能にする
1 幹を太らす
混み合うECMタイプの一斉林――間伐を待っている
全層間伐が最適――下層間伐は効果小、上層間伐は不合理
間伐率は40%を超えてはならない――林分全体の生産力を減らさないために
アーバスキュラー菌根(AM)タイプは弱度の全層間伐――個体群を維持しながら太らす
【コラム7】健全な種子をつくるための個体間距離――花粉の交流を妨げない
間伐率――陽樹は高く陰樹は低く
全層間伐を繰り返す――まだまだ太りつづける――
【コラム8】直径の頻度分布形でわかる遷移系列
2 良質材をつくる――通直無節のメカニズムと処方箋
種固有の樹形――頂芽優勢と避陰反応
通直な木をつくる――密度管理と常緑針葉樹の側圧効果
後生枝の出やすい種と出にくい種――潜伏芽を貯め込むか否か
環孔材では密度管理に注意する
良質で大径な材をつくるための間伐率
3 天然更新――全層間伐では陰樹が優占
8章 群状間伐――大径化と種多様性を同時に目指す
1 巨木林を目指す
疎林の林相改良――立木密度を上げる
一斉林を異齢林に
回帰年を木の寿命に合わせる――巨木を生産しつづけるシステム
2 天然更新
更新場所の光環境と種子重
【コラム9】明るい場所を好む大種子?小動物を利用するクリとオニグルミ
種子重と実生の定着――種子散布、種子発芽、埋土種子、実生の成長
早い発芽――中種子をもつ遷移後期種の暗い林内で定着するための戦略
幅広い光環境で更新する――イタヤカエデ、ミズナラ
種多様性を最大にする間伐面積
群状間伐地の中央に太い木、まれな木を残す――種子供給と生態系サービスのため
良質大径材生産と種多様性が両立するランドスケープデザイン
明るくなると勢いづく菌根菌――間伐すると種多様性は減る?
【コラム10】常緑樹でササの繁茂を防げないか――地下茎から逃れる
3 人工植栽――なるべく植えない
種子の採取
地形を選ぶ樹種と気にしない樹種
【コラム11】ケヤキの危険分散――急傾斜でも平坦地でも
【コラム12】巨木は肥沃な場所に多い
多様性を次世代に残す――混植と天然更新の併用
9章 水辺林は伐らない、植えない
水辺で群れる木々――まずは自然再生から
山地渓流がつくる多様な微地形と種多様性――人工植栽は難しい
ヤナギの目が見分ける微細地形――植栽適地は人の目ではわからない
【コラム13】ヤナギの綿毛――最適な微地形に辿りつく
W部 森との約束――共に生きていく
10章 木材の価値を決めるもの――森の恵みの大きさ
理念を貫く――山から街まで
森の近くで住みつづけるために――地域を挙げて豊かになる
理念は共有できるか――広葉樹を暮らしに活かす山形の会≠ノ集う人たち
11章 多様性そのものが優れたデザイン
木材利用は森の掟に従う――少数の優占種と多数の非優占種
かけがえのない家族――信州伊那谷の有賀さん
生態デザイン――新潟スノービーチの紙谷さん
実用の美――厳選するアイヌ/回る轆轤
12章 クマとの共生への長い道のり――棲み分けるための根本的方策
クマの本心――太い木の下で腹いっぱい食べたい
クリとオニグルミは伐らずに太らす――多様性は相補性
1000万haの防波堤――針葉樹人工林の広葉樹混交
最後の砦――山里に住む人たちをもっと大切に!
おわりに
参考文献
索引
アイヌにとって一本一本の樹木はすべて神≠ナあった。木を伐る時は祭具のイナウ=i木幣もくへい)をつくり、大事に使うので命をいただきます≠ニ祈ってから伐ったという。そして、使い終わった木でできた器具などは燃やさないで山に帰した。樹が神々の国へ帰るのを見送ったのである。樹々は人間によく役に立ち、よく使われて、そして有り難がられてから、神々の国へ帰る。そうすると、あちらでの位くらいが上がるという。この関係は示唆に富んでいる。示唆というより真実なのかもしれない。
我々は、自然科学で樹々の生活の不思議や森林の成り立ちについて謎を解きつづけてきた。絶えず新しいことがわかってくる。それらをまとめて森の仕組みを再現し、それを真似た林業の在り方を示したのが本書である。
しかし、いつも、何かが足りない気がしていた。それは自然科学だけでは言い表せないことだ。アイヌの儀式や振る舞い、そして現代に残る口伝(くでん)はそれをいつも代弁してくれているような気がしていた。実は、どちらも真実なのだろう。そう思っている人は多い。口では言わないが、世界中のほとんどの人がそう思っているだろう。素直にそう認めれば、自然に対して、森や樹々に対してもっと謙虚になれるだろう。
積み重ねてきた科学的知見も真実であり、世界各地で自然を敬ってきた民族の畏敬の念も真実である。謙虚に自然を知り、森を敬いながら次世代の林業を考える時期が来たことを喜びたい。もっと謙虚に、さまざまな方法で樹々の声を聞き、それに倣って生きていけば森も我々も互いに結んだ約束を果たしていけるだろう。
本書では、森づくりや林業はきわめて特別な産業であることを強調したつもりである。つまり、これからの林業は樹木の命を大事にする産業になっていくだろう、ということである。これまでの林業は、本来の寿命を全うするかなり前に樹を伐ってきた。樹木にとっては残酷な産業だった。
しかし、本書で見てきたようになるべく天寿を全うできるような産業にすることで、人類を救い地域の人を安心させることができる。そして、木材を得るにしても、人為をなるべく最小にし、自然の仕組みに倣うことが合理的で生産力を上げるという不思議な産業である。
しかし、自然に倣うことは難しい。降水量、気温、地形・地質などの物理的な法則に支配されながらも菌類、土壌動物、鳥類、小哺乳類などさまざまな生物との精妙なネットワークを発達させた森は、頑丈で人に優しい生態系を創り上げている。
しかし、本書で示したのは森の不思議のほんの一端にすぎない。森林が形づくられる過程は複雑で、それぞれの地域や地形によって異なる。何千通りもあるだろう。そして行きつく先の森の姿ももちろん千差万別だ。
この本に書いてあることは自分の所有する森には適用できないと思う人も多いかもしれない。しかし、基本的なシステムの大枠はそう変わらないはずだ。今後さらに驚くべき発見が続くだろうが、自然が創り上げたシステムの合理性が確認されていくことは間違いないだろう。
いつも思うのは、なぜ、完成度の高い自然のシステムを真似しないのだろう。複雑な地形や多様で変化に富む微生物相などを無視して、どこでも同じモデル、同じ施業計画を立ててきたのはなぜだろう。
年老いた森に隠された究極のシステムを模倣すれば、健全な森が維持され、森は恵みを惜しみなく与え、強大な力で人類を守ってくれるのである。林業は原発のような稚拙なシステムと同じであってはならない。林業は絶えず新しい科学的知見を取り入れた技術体系であり、古来から変わらない、生命を敬う倫理的な産業なのである。長い進化の過程で磨き上げられてきた森の仕組みを探り、それに倣うことによってのみ本当の林業が花開いていくのは間違いない。そう確信している。
新緑の季節には森に行こう。ブナが薄黄緑の輝くような若葉を一気に広げている。コナラが白っぽく山肌を染めるころには色とりどりの新緑が楽しめるはずだ。赤っぽい葉を出すアカシデやモミジ類、それにウルシまで、それは賑やかである。夏になれば老木の高い林冠から溢れる木洩れ陽を浴びながら昼寝することもできる。広葉樹林は遠くから見ても、中で見上げても心地良いものである。いつまでも、話をしても飽きない深い魅力を湛えた友人なのである。そして、いつまでも樹々を分け与えてくれる優しい存在なのである。
本書は、45年前に北海道林業試験場に勤めはじめた時から、東北大学を退職し、今日まで研究してきた成果である。本書の内容のほとんどは実際に森に入って歩き自分の目で確かめたことである。他の研究者の論文も多数引用させてもらったが、実感として理解できる範囲に留めることにした。広葉樹林を網羅的・体系的に理解するには、他に優れた教科書が数多くあるのでそれらを参考にしていただきたい。
(後略)
北海道大学農学部卒業後、北海道林業試験場研究員、東北大学大学院農学研究科教授を経て「広葉樹を暮らしに活かす山形の会」の共同代表も務める著者が、持続可能かつ山里を豊かにする森づくりのあり方を提案。
「日本の森といえばスギ・ヒノキ」というイメージに反して、日本の森本来の姿は広葉樹と針葉樹が混ざり合う多種共存の巨木林です。単一樹種からなる針葉樹林のほとんどは戦後に一斉植林されたものであり、その森が生態系に与えるメリットは、本来あるべき「天然更新によってさまざまな樹齢・樹種の木々が共生する森」に遠く及びません。自然の摂理に反する無理な森づくりの結果、森が本来持っているさまざまな機能(水質浄化、洪水・渇水の抑制、堅果の生産、土砂災害の防止、炭素貯留など)が発揮されていないからです。
「広葉樹の森づくり」では、数百?千年に及ぶ木々の寿命に寄り添って森を育てます。
森を未熟なまま回転させていく現在の森づくり・林業では、木々は寿命を全うできず、なんの力も発揮できないまま、ただの材として流通するしかありません。植林して数十年で伐採し売り捌く林業が成り立っていた時代はとうに終わり、忍耐と自制の心をもって自然に向き合わなければ森も人間社会も持続できない時代になりました。
森を健康的かつ永続的に存在させるためには、山里の人々の暮らしを豊かにすることも重要です。山と里の境界を管理する人間がいた時代は、クマやイノシシもやすやすと農地や民家には近づきませんでした。人影が消え荒れた山里は、いずれ街に暮らす私たちにも多くの脅威をもたらすことと思います。森の近くに住む人が愛着をもって森を育て、樹木1本1本に敬意を払いながら木材を伐り出し、地域で製材・加工すべきです。そして木材や木製品を購入する消費者は「どんな森から生まれた木材か」を重視して評価し、然るべき対価を支払う。この流れが当たり前になるころには、人間は身に余るほどの恵みを森からもらうことになるかもしれません。
長年にわたる地道な調査結果から導き出された「混交林化を促す間伐率」をもとに、適切な間伐と森がもつ天然更新の力で広葉樹を復活させる理論と実践をつづった全4部12章。
気候変動の影響が深刻化する時代に森と人との関係を問い直す本書を、ぜひご一読ください。