| 新井毅[著] 1,800円+税 四六判 200頁 2021年8月刊行 ISBN978-4-8067-1623-5 若者の参入で持続可能な農業を作り出す! 長年にわたり農政当局の立場から農業経営者と関わってきた著者が、 持続可能な農業のあり方を、データと実例を用いて冷静に前向きに描く。 本書の特色 @農業による地方創生を徹底解説 A他産業との所得の比較--主業農家の所得は全世帯平均の1.5倍 B今後10年以内に農業従事者の4割がリタイアする現実 C若者の農村回帰と次世代の育成--農業中心の「半農半X」で稼ぐには D生産者と消費者が直接つながれる時代を活かす Eブランド化による需要拡大 F複数販路・IT技術の活用によるコスト削減 G女性の活躍する農業法人は収益力が高い H持続可能な社会づくりに貢献できる農業という仕事 |
新井毅(あらい・つよし)
1963年埼玉県所沢市生まれ。
東京大学法学部卒業後、1985年農林水産省入省。
群馬県農業経済課長、林野庁管理課長、農林水産省大臣官房広報室長・大臣補佐官・バイオマス室長・文書課長・総務課長、
内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局次長兼内閣府地方創生推進事務局次長、農林水産省農村政策部長、近畿農政局長等を経て、
2018年から株式会社日本政策金融公庫代表取締役専務農林水産事業本部長。
地方創生に、まち・ひと・しごと創生本部設置準備室の段階から参画し、
創生法の制定、第1期まち・ひと・しごと創生総合戦略の策定、
地方創生交付金の創設などに携わり、その後も、農業の持続的な発展に向けて、
「地方創生としての農政」の企画、現場の取組みの支援を行っている。
はじめに
農業は本当に儲からない?
農業が若者が就きたい職業になるために
生産性の向上を目指す
第1章 地方創生としての農政改革
1 国の政策全体における農政の位置
農政の基本理念の中心は「農業の持続的な発展」
施政方針演説にみる農政の位置づけ─農政は地方創生の重要な要素
2 地方創生の考え方
「地方消滅」から「まち・ひと・しごと創生」へ
まち・ひと・しごと創生の基本的考え方と基本方針─しごとを起点に五原則で
地方にしごとをつくる─ポイントは地域資源活用型産業
若者の求める仕事の3つの要素
地方の生産性向上で日本の衰退を止める
若者の減少に歯止めがかかった地域の4つの特徴
3 地方創生としての農政改革
「自立性」「将来性」を重視した生産性向上による所得向上
「作業」から「経営」へ─社会経済構造の変化をつかむ
第2章 ホワイト化視点からみた現在の農業の実態
1 農業を担っている経営体の実態
他産業との所得比較
農業産出額の6割は販売金額3000万円以上の経営体によっている
2 若者の農業への就業の実態
若い世代の農業従事者は増加中
農家出身でない新規就農者が増えている
就農5年後に7割が年間キャッシュフロー250万円以上
3 産業としての農業の実態
農業総産出額は2015年以降増加基調
規模拡大と生産性の関係
農業参入企業の明暗─参入前の業種で異なる課題
植物工場はほとんどが苦戦
生産技術・販路・コスト管理をトータルでみる
4 よく指摘される農業の負の側面について─農業従事者数の減少、耕作放棄地の増加
農業従事者の4割は10年後までに高齢によりリタイアする
農村地域の維持には雇用の創出が必要
農林漁業の付加価値は低下傾向
農村地域の資源活用型産業に新たな機運
若者の農村起業─農業中心の「半農半X」には稼げる農業経営が必要
耕作放棄地の拡大防止はホワイト化した農業経営体の確保から
5 事業承継の実態
認定農業者でも3割しか後継者が決まっていない
経営改善のための投資をする農業経営体には後継者がいる
農業労働力不足への対処もホワイト化から
6 ホワイト化視点からみた現在の農業の実態のまとめ
ありがとうの声が聞こえる産業に
農業の実態のポジティブな側面にも光を
第3章 ホワイト化のための農業現場の具体の取組み
1 付加価値の向上のための取組み
ブランド化、安定供給、変化対応、需要創造のための六次産業化
ブランド化1 本質は差別化(除外と差の訴求)
ブランド化2 高級イメージ確保(パッケージデザイン)
ブランド化3 農村にお客様を呼び込む(観光農園、農家レストラン、農泊)
供給の安定化1 一次加工による出荷調整
供給の安定化2 通年雇用
需要変化への対応1 消費者の声を聞き消費者に情報を伝える
需要変化への対応2 販路を複数持つことで需要変化リスクを軽減
需要創造1 農業サイドから新しい需要を創る
需要創造2 海外市場の開拓
2 コスト削減のための取組み
コスト削減は財務分析によるコスト構造の把握から
減価償却費の削減─経営戦略に裏付けられた設備の効率利用
材料費の削減─農家と資材メーカーの協働
畜産における材料費の削減─飼料と衛生管理
労務人件費の削減─安い労働力は解決にならない
労務人件費の削減+人手不足対策としてのロボット化
製造業の手法やIT管理ツールを導入した作業工程の管理・改善
燃料動力費の削減─再生可能エネルギーの導入
3 ワークライフバランスのための取組み
職員が誇りを持ち、働きやすい職場
女性活躍
4 若手の育成のための取組み
農業法人経営体が次世代人材を育成
若者に活躍の場を与える─早期計画的な経営継承
5 ホワイト化のその先に
大量リタイアの先を見据えた農業の持続的発展のポイント
企業化を目指す経営体もその地域の中にあればこそ
第4章 農業のホワイト化のための日本政策金融公庫の取組み
1 日本政策金融公庫農林水産事業について
農林漁業のための唯一の政策金融機関
農業の動向と符合する公庫農業融資─農業経営体の経営発展に重点を置いて伸長
2 農業のホワイト化のための公庫の取組み
持続的な発展を支えるリスクを取った積極的な融資
アドバイザー、商談会、輸出支援、情報提供の実施
農業者に伴走型で支援するコンサルティング融資活動を本格化
農業経営の発展のため国の重要政策と連携
事業承継問題の解決策は、経営資源承継とホワイト化の同時並行
3 コロナ禍における公庫の取組み
新型コロナウイルス感染症への対応
コンサルティング融資活動をフル回転へ
ポストコロナへの対応1 デジタル化、農産物輸出拡大
ポストコロナへの対応2 ホワイト化の加速化
第5章 持続的に発展する農業の未来―ホワイト化から「風の谷」へ
1 農業の持続的発展のために
環境面の持続性も必要に
温室効果ガス排出削減のための地域循環型経済─再エネ導入、耕畜連携
遅れている生物多様性維持の取組み─農薬・化学肥料の使用量削減
有機米給食による地域ブランディング
地球環境への負荷の軽減に向けて金融も動き出している
農業は本来それ自体ESGの取組み─社会的持続性でよりソーシャルな存在へ
2 持続的に発展する農業の未来
新型コロナウイルス感染症の感染拡大が速めた社会変化のスピード
ホワイト化から「風の谷」へ
おわりに
参考文献
■農業は本当に儲からない?
日本の農業について、どんなイメージを持っていますか。
「衰退産業」「きつくて儲からない」「若者が入ってこず高齢化している」といったことを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
実際に農業をやっている方の中には、今でも「農業は儲からないけれども、財産である農地を守る必要があるから、採算度外視で続けている」という人もたくさんいると思います。
政府も、農業政策の基本方針として5年ごとに決定する「食料・農業・農村基本計画」の中で、2000年に策定した初回の計画から2020年の直近の計画まで一貫して、「我が国の農業・農村は、農業者や農村の著しい高齢化と人口の減少、これに伴う農地面積の減少という事態に直面している」といった現状認識を示しています。
2013年以降、政府は「農業の成長産業化」を掲げて農政改革を進めていますが、これに対して、かつて企業が農業に参入してマスコミが取り上げ、話題になったものの採算が合わずにすぐに撤退してしまった事例とか、ちょっと変わった取組みをしたけれども数年で破綻した事例も少なからずあったためか、「最近の新しい動きも一時的な流行りものにすぎない」「成長産業化なんて政府が言っているだけだ」「事態はむしろ悪化に向かっている」と言う人も少なくありません。
一方、実際に統計に表れた姿を見てみると、農業・農政関係者の努力もあって、農業産出額や農業所得総額においては2015年を底に回復基調となり、農業からの所得を主とする農家である「主業農家」の所得は全世帯平均所得の1.5倍になっています。
また、20世紀には考えられなかったような素晴らしい経営力を持った農業経営体が現れ、農家出身でない優秀な若者も農業に参入するようになり、農産物の生産や販売を支援する農業関連ベンチャー企業も続々と現れ、AIやドローンなどの先端的な技術の導入も進んでいます。時代の先端を行く農業関連の取組みにフォーカスした記事やニュースを毎日のように目にするまでになりました。
このように、農業の現状がどうなっているのか、農業・農政関係者の間でも認識はバラバラであり、農政関係以外の日本の政治や行政の中枢にいる方からも、「人によって農業の現状や方向性についての見方が全然違うな」と言われることもあります。
このため、世間一般の農業のイメージは相変わらずネガティブなままでいるのだと思います。
■農業が若者が就きたい職業になるために
政府は、毎年、農業・農村の動向について「食料・農業・農村白書」(いわゆる農業白書)を取りまとめて公表し、出版物としても発行しています。しかし、農業白書は、食料自給率、食育、農業の多面的機能、農村の人口減少などについてもそれぞれの観点から論点を漏らさず記述する必要があることから、膨大かつ総花的であり、農業の持続的な発展のために必要な本質的なところの現状が見えにくくなっているように思います。
農業が持続的に発展していくためには、農地・水の確保と並んで、技術を含めた「人」の確保が不可欠であり、次世代を担う若者が農業に継続的に入ってこなければなりません。
若者が職業を選択するに当たって考慮する要素としては、「そこそこ以上の所得」「適正な労働・生活環境」「仕事のやりがい(成長の実感、公正な評価、他者からの承認等)」の3つがあると言われます。この3つの要素において、最低限の水準をクリアした状況を本書では「ホワイト化」と呼んでいます。
つまり、農業が、若者が継続的に入ってくるような産業となり、持続的に発展していくためには、ホワイト化することが必要なのです。
農業・農政の憲法とも言うべき「食料・農業・農村基本法」では、最も中核的な理念として、優良な農業経営が地域農業を担っていくことによって「農業の持続的な発展」を図るということを明らかにしていますが、これはすなわち、農業のホワイト化を目指すものと理解してよいと思います。
冒頭のようなネガティブなイメージを持たれたままでは、まともな人、優秀な若者は農業に入ってこようとは思わないでしょう。そして、結果として後継者難、高齢化、衰退、耕作放棄地の増加という負のスパイラルに陥ってしまいます。
農業の持続的な発展のためには、ホワイト化するとともに、そのイメージを多くの人に持ってもらうことが大切です。
本書では、誰でも入手できる公表統計を用いて、農業が今どの程度ホワイト化しているかを客観的に示し、農業のネガティブなイメージを払拭するとともに、農業経営体の取組みを筆者が直接にお話を聞いた範囲内で紹介し、併せて農業のホワイト化に貢献してきた日本政策金融公庫の仕事に触れたいと思います。
その上で、「農業の持続的な発展」のためのもう一つの要素である、「自然循環機能の維持増進」について、コロナ禍を経て関心が高まりつつある持続可能な社会の観点に照らして現状を紹介したいと思います。
■生産性の向上を目指す
では、ホワイト化するにはどうしたらよいでしょうか。過酷な労働条件で給料も少ない、いわゆるブラックなイメージのある企業も、ほとんどの場合は、できれば従業員にもっと高い給料を払い、もっと休暇を与え、残業を少なくしたいと考えています。でも、それだけの経営の余裕がないのでできないのです。つまり結局は、ホワイト化するためには、経営を改善・刷新して生産性を向上させるしかないということに行き着きます。
この当たり前のことに私が気づいたのは、政府が2014年から取り組み始めた地方創生の仕事に参画したときのことです。
世論調査において、東京圏在住の若者の半数近くが地方への移住を検討してもよいと回答する中で、実際には移住しない理由の圧倒的トップが「地方には仕事がないから」でした。当時、全国どこでも人手不足で、全道府県で有効求人倍率が1を超えていた、つまり地方にも仕事自体はあるにもかかわらずです。
このパラドックスに明快な回答を与えてくれたのが、内閣官房のまち・ひと・しごと創生会議でお世話になった、経営共創基盤代表取締役で2020年に地域密着型産業を支援する日本共創プラットフォームを立ち上げた冨山和彦さんでした。要は、地方には仕事はあっても「良質な仕事」が少ないからだと言うのです。そして、地方の仕事を「良質な仕事」に変えるには生産性を向上させるしかない。この考え方が、2014年12月に決定されたまち・ひと・しごと創生総合戦略の骨格の一つとなりました。
そして、これは、農業にも当てはまる、というよりも、農村地域の地方創生を実現する上では、農業こそが「良質な仕事」を提供できる産業になることが不可欠であり、これが「農業の成長産業化」を目指す最近の農政改革につながっています。
このため、前段として、地方創生と農政改革の関係から話を始めたいと思います。
「衰退産業」「きつくて儲からない」「若者が入ってこない」とネガティブなイメージを持たれがちな農業ですが、じつは農業からの所得を主とする農家である「主業農家」の所得は、全世帯平均所得の1.5倍であることをご存じですか。
さらに、2012年から新規就農者を支援する助成措置が講じられた結果、若い世代の農業就業者は増加傾向にあります。一方で、地方の活性化につながる雇用の創出はいまだに未達成な部分があるのが現状です。
そこで本書では、既存の地域資源活用型産業の生産性を向上させたり、農村起業・創業により新たな地域資源活用型産業を生み出したりといった地方創生の方法を、農業の視点から、実際に全国の現場を訪ねて得た情報から語ります。
加えて、農林水産業への就業を支援する国の施策、農業者を支える公庫の取り組み、そしてコロナ禍を経て持続可能な社会を作り出すために農業ができることを、膨大な統計データをもとにまとめました。
著者は長年にわたって農水省や林野庁で農林業に関わり、まち・ひと・しごと創生総合戦略の策定や地方創生交付金の創設に携わってきました。現在は日本政策金融公庫代表取締役専務農林水産事業本部長を務めています。