| 黒蜷ウ典[著] 2,400円+税 四六判並製 296頁 2020年2月刊行 ISBN978-4-8067-1596-2 トウガラシはなぜ辛い? 日本三大民間薬とは? 植物由来の物質が、抗がん薬に使われる? 人間が有史以前から、生活のために利用してきた植物由来の化学物質。 それは植物が自身の生存のために作り出した二次代謝による産物であり、 我々はその多様な物質から、 香り、味、色、そして薬効などさまざまな恩恵を受けてきた。 人の暮らしを支える植物の恵みを、化学の視点で解き明かす。 |
黒蜷ウ典(くろやなぎ・まさのり)
専門は生薬学、天然物有機化学、有機立体化学。
1968年、静岡県立静岡薬科大学(現:静岡県立大学薬学部)修士課程修了。
1968年、国立衛生試験所(現:国立医薬品食品衛生研究所)研究員。
1978年、薬学博士学位取得(東京大学)。1978 年、静岡県立大学薬学部教員。
1982年、米国コロンビア大学留学。1998 年、広島県立大学生命資源学部(現:県立広島大学生命環境学部)教授。
2009年、同大学名誉教授。
2012年より、静岡県立大学客員教授。
『健康・機能性食品の基原植物事典』(中央法規、2016年)を分担執筆。
単著に『植物 奇跡の化学工場』(築地書館、2018年)がある。
はじめに
第1章 植物が支える地球の生命
生命誕生と進化
炭素循環と窒素循環
生物の2つの代謝
一次代謝――生命維持のための基本的な代謝
二次代謝――植物と微生物の化学戦略
生合成経路による二次代謝産物の分類
テルペノイド――多彩な炭素骨格を持つ/ポリケタイド――抗生物質の宝庫/フェニルプロパノイド――環境問題にも関与/
フラボノイド――食べて健康維持/アルカロイド――強い生理活性で毒にも薬にも/混合経路による誘導体――大麻からビールまで
植物の生存戦略
植物間の戦い――生育立地をめぐって
微生物との戦い――ファイトアレキシン
植物の生理を操る植物ホルモン
食害との戦い――刺激物質や有毒物質
微生物・昆虫・鳥と助けあう
■コラム1 食物連鎖
第2章 鳥・虫・人を引きつける香りと甘味
食事や生活環境に潤いを与える香気物質
バラ/ユリ/キンモクセイ、ジンチョウゲとクチナシ/ラベンダーとジャスミン/柑橘類/スイセン/スズラン/バニラとシナモン
甘いものは別腹
糖による甘味
糖以外の甘味物質
ステビア/カンゾウ/アマチャヅル/ラカンカ/アマチャ/ヘルナンドルシン
甘いタンパク質
味覚を変えるタンパク質
■コラム2 エネルギー源としての糖
■コラム3 人工甘味料
■コラム4 味や匂いを感ずる仕組み
第3章 食害忌避の辛味と刺激物質
スパイスとハーブ
食事に深みを与えるスパイス
日本人になじみ深い辛味物質
トウガラシ/ワサビ/カラシ/コショウ/サンショウ/ショウガ
世界中で食文化を支えるスパイス
ガーリック/ターメリック/サフラン/アニス/カルダモン/キャラウェイ/クローブ/スターアニス/
フェンネル/コリアンダー/ディル/クミン/ローリエ
健康や料理と関わるハーブ
ハッカ/バジル/タイム/レモングラス/オレガノ/ローズマリー/セージ/チャイブ/ナスタチウム/クレソン/シソ/カモミール
生活を豊かにする苦味物質
コーヒー/お茶/ビール/チョコレート/ウリ科、ゴーヤ/柑橘類
第4章 花や果実の色素を楽しむ
植物色素は子孫繁栄のための化学戦略
生活に彩りを与える植物色素
アントシアニン/フラボノイド/ベタレイン/カロテノイド/アイ/ベニバナ色素/クチナシ色素/アカネ色素/
スオウ、ブラジルボク、ロックウッドの色素/草木染め
■コラム5 植物の学名
第5章 植物基原食品の機能性物質
生活習慣病
食品の機能
食薬区分
機能性を表示できる食品
活性酸素と疾病リスク
抗酸化活性を持つポリフェノール
抗酸化の仕組み
植物由来の二大抗酸化物質
フラボノイド
フラボノール/フラボン/ジヒドロフラボノール/フラバノン/ポリメトキシフラボン/イソフラボン/茶カテキン/レスベラトロール
カロテノイド
β-カロテン/ルテインとゼアキサンチン/リコピン/アスタキサンチン/フコキサンチン/β-クリプトキサンチン
テルペノイド
フェノール性誘導体
第6章 植物は生薬の宝庫
薬用植物
生薬
名前のよく知られた生薬
  サイコ/ニンジン/トウキ/ダイオウ/センナ/タイソウ/オウギ/オウバク/オウレン/キキョウコン/レンギョウ/
  サンキライ/センキュウ/ブシ/ザクロヒ/クコ
身近な植物が薬用に
ドクダミ/センブリ/ゲンノショウコ/オオバコ/アケビ/ヨモギ/ウンシュウミカン/クズ/アロエ/ボタンとシャクヤク/
キク/チガヤ/ヤマノイモ/スイカズラ/クワ/タンポポ/アサガオ/キカラスウリ/ハトムギ/イチョウ/カリン/ホオノキ/モモ/サクラ
■コラム6 チンパンジーの薬
■コラム7 日本で体系化された漢方
■コラム8 日本薬局方
第7章 植物基原の医薬品
小さな巨人アスピリン
植物基原の抗がん薬
タキソール(パクリタキセル)/イリノテカン(カンプトテシン)/ビンカアルカロイド/エトポシド(ポドフィロトキシン)
生理活性の強いアルカロイドは医薬品に
モルヒネ(アヘン)/抗マラリア薬/トロパンアルカロイド/コカイン/ラウオルフィアアルカロイド/エフェドリン/d-ツボクラリン/
フィゾスチグミン/ロベリン/ガランタミン
アルカロイド以外の植物基原医薬品
海人草とサントニン/プラウノトール/グアイアズレン/センノシド/ジクマロール/強心配糖体
■コラム9 医薬品開発
あとがき
用語解説
参考文献
索引
地球上の生物は、食料となる何らかの有機化合物を摂取し代謝することでエネルギーを作り、生命を維持し子孫を残している。我々人間も例外でなく、毎日食事をして栄養となるものを体内に取り込みエネルギーとして生命を維持し、繁栄している。そのもととなる有機化合物は究極的には一次生産者である植物によって与えられたものである。まさに植物に生かされていることになる。
植物は光合成を行うことで自ら生きていくためのエネルギーを作ることができるようになり、動物とは異なる生き方をするために二次代謝産物という、いわゆる植物成分を生合成しこれを利用する生存戦略を確立した。人類は、植物が自らのために生合成する二次代謝産物の存在は知らなかったが、植物の有用性を知り、有史以前から香料、スパイス、色素や生薬として利用してきた。科学技術の進歩した現代においても香料、甘味物質、色素、機能性物質、医薬品などの多くを植物基原の二次代謝産物に依存することで我々の生活を豊かにしている。我々人類は植物から計り知れない恩恵を受けていることになる。
前著『植物 奇跡の化学工場』では植物がかくも多彩な二次代謝産物をなぜ生合成しているのかに焦点を絞り、どのようにして己の生存に用いているのかという視点でお話しした。今回は、植物が生産する二次代謝産物を我々人間がいかに利用し日々の生活を豊かにしているのかという視点でお話しする。
植物は光合成を行うことで地球のエネルギー循環を駆動し生命維持を担うとともに大地に根を下ろして生きる選択をした。その結果、二次代謝産物を利用する生存戦略を進化させている。植物の二次代謝産物の生合成は人知の及ばないほど合理的かつ巧みであり、人類の最先端の合成化学技術を凌駕するものである。植物の二次代謝産物は多彩な化学構造と機能を持っている。そんな二次代謝産物をなぜ植物は生合成するのか、どのように役立てているのか、二次代謝産物とはどんなものなのかなどについて第1章で述べる。
植物は子孫を残すため受粉を効率的に行うことが必要である。また、熟した種子を広く放散し生息域を広げていく必要がある。そのため他の生物の力を借りる目的で、花から魅力的な香りを発散し、甘い蜜を提供して花粉の媒介者を誘っている。また、熟した種子を広く散布してもらうため、果実を甘くし良い香りを放ち、媒介者を誘う方法を進化させている。これらの香りや味覚は我々にとっても魅力的で、人々の生活を豊かにしているが、それらの二次代謝産物は植物によりさまざまだ。身近なバラの香りから植物由来の甘味物質まで、第2章で紹介する。
植物は、多くの草食動物や昆虫にとって魅力的な、そして必須なエネルギー源である。そのため多くの植物が食害を受けるが、植物も黙っていない。植食者が嫌がるような刺激的な味や香りを持つ物質を生合成して体内に蓄え、食害から我が身を守る方法を進化させている。しかし人間はこれらの刺激物質を嗜好品に変え、スパイスやハーブとして利用することで食生活などを豊かにするという抜け目なさを発揮している。植物が生み出す辛味や刺激物質について第3章で述べる。
四季それぞれに咲きほこる美しい花は、我々にとっても日々の生活に潤いを与えてくれるが、目立つ花の形や特に色彩は花粉の媒介を助けてくれる昆虫を誘うための植物の化学戦略である。また、熟した果実のさまざまな色も、種を広く放散し子孫繁栄のために他の生物の力を借りる植物が編み出した方法である。これらの植物基原の色素も我々人間の日々の生活に彩りを与えてくれる重要な植物からの贈り物となっている。この植物基原の色素について第4章で述べる。
植物は光合成を効率的に行うために葉を広げ、枝を伸ばしている。そのため植物は有害な紫外線を容赦なく受けることになり、多くの過酸化物にも晒されることになる。そこで、植物は有害紫外線の遮蔽や酸化ストレスを防ぐための手段として、フラボノイドやカロテノイドを生合成している。フラボノイドやカロテノイドは抗酸化活性作用をはじめとするいろいろな機能性を持っており、生活習慣病などの緩和や予防に効果がある食品中の機能性物質として期待され利用されている。食品中の機能性物質に関して、フラボノイドおよびカロテノイドを中心に第5章で述べる。
5000年以上の昔から、エジプト、メソポタミア、インド、中国など世界の文明の開かれた土地で、植物には何らかの生理活性のあることが知られており、植物基原の生薬が病気の治療に用いられてきた。その伝統は今でも医療の現場で生きている。我が国では漢方処方などに多くの生薬が用いられている。特に有名な生薬や身近な植物が生薬として用いられている例について第6章で述べる。
植物が生産する二次代謝産物の中で、特にアルカロイドをはじめとする生理活性の強いものは、古くからその存在が知られている。特に強い生理活性を含む植物の多くは有毒植物としても知られていたが、ヒトの知恵でうまくコントロールすることにより医薬品である生薬として病気の治療に用いられるようになっている。このような薬用植物の中から医薬品を取り出すことも行われ、19世紀の半ば頃から次々と生理活性物質が分離され、多くの植物基原の医薬品が開発され治療に用いられてきた。これら植物基原の医薬品について第7章で述べる。
本文中では記述できなかった関連事項で、特に興味が持たれるものについては、コラムとして紹介しているので、参考にしていただきたい。また、本文中で説明できない専門用語はできるだけわかりやすくなるように心掛けて、巻末の用語解説で説明した。
植物は単に食品として我々の栄養源になっているだけでなく、植物が生合成する二次代謝産物が我々の日々の生活を豊かにし、そして健康に大きく寄与してくれていることを感じていただければと考える。
人間が有史以前から、生活のために利用してきた植物由来の化学物質。
それは植物が自身の生存のために作り出した二次代謝による産物であり、我々はその多様な物質から、香り、味、色、薬効などさまざまな恩恵を受けてきました。
本書では、庭や山、街のスーパーで見かける身近な植物が作り出す化学物質の特徴や利用法、意外な効能を、目的ごとに紹介します。
本書の一番の特徴は、植物を、化学を用いて解き明かす点です。構造式を難しく感じる人でも、料理や香水で日々の暮らしを豊かにするため、あるいは健康増進や病気治癒のために植物由来の物質と関わらない人はいません。
苦手意識に少しだけ蓋をして本書を開けば、なんとなく使っていた植物の力を知ることができ、思わず人に話したくなること間違いなしです。
著者は生薬学を専門とし、現在は静岡県立大学薬学部で客員教授を務めています。
植物を薬という視点から半世紀にわたって研究し続けて、「植物が生産する二次代謝産物がいかに我々人間の日々の生活に関わり、役に立っているか」を多くの人に知ってもらうべく本書を執筆しました。