書誌情報・目次のページへ 書評再録のページへ 読者の声のページへ
失業の心理学

【内容紹介】●本書「はじめに」より


 倒産、解雇という人が失業する現場に幾度となく立ち会ってきた。そして、いつも感じていたことであるが、人によっての失業という現実の受け止め方がなぜ、こんなにも大きく違うのだろうということだった。ある人は、自分も大変なのに自分の失業のことはそっちのけで、一緒に失業する同僚の生活のことを心配し、ある人は自分の今後の生活だけを考えてパニックに陥ってしまう。こんな違いはどこから出てくるのかということが、ずーっと気になっていた。
 こうした現実を見ていると、個々人の抱えている経済生活事情に違いがあるのはわかるが、どうしてもそれだけでは割り切れないものを感じさせられてしまうことも多い。解雇のトラブルなどで、ようやく手にしたわずかな解雇予告手当を持ったまま、そのなけなしのお金で「是非、お礼を」などと言いだして、驚かせる人もいる。そうかと思うと、いろいろとトラブルがあった結末として、予想もしていなかった何千万円かの解決金をとりあえず手に入れたにもかかわらず、「これっぽっちの解決金では生活が大変だ」と解決に苦情をもらす人もいる。
 失業問題というのは、純粋に経済生活のためだけの問題だということなら、生活のために多少の蓄えがあれば、誰もがいつでも辞めることができることになる。しかし、こうした例にも見られるように、必ずしもそれだけではない。そして、もし、経済的事情に左右されるものだとしても、おそらく、その蓄えの安心額も様々で、個人によって差がある。だから、安心というのは目処があるようで、実はどこにもその目処はないのである。
 健康であり続ける保証もないし、超高齢化社会などといわれる今日、自分の人生がどこまで続き、そのための蓄えがどの程度必要なのかは誰にも分からない。こんな不安だらけの失業だから、誰もが辞められない事情に苛まれ、そのジレンマで苦しむことになる。
 おそらく、失業に直面した人たちが抱えている不安は、金額の多寡では計りきれない、もっと大きな不安のはずである。それは、もちろん経済的な点も無視はできないが、それをも含んだもっと大きな不安である。突然の解雇や、やむをえない失業に直面させられた多くの人たちの心理状態を見ていると、その不安の正体がおぼろげながらも見えてくるような気がする。
 失業に直面した人たちは、様々な対応を示す。もちろん、極度の不安にとらわれる人たちが圧倒的に多いのではあるが、注目すべきは、中にはこうした経済的事情へのこだわりを越えて、それらを乗り越えて失業を受容しているように見える人たちがいることである。そして、それらの人たちには、幾つかの共通した点があるように思える。
 多くの場合、失業を契機にこれまでの本人の生き方や、家族のあり方が問われるということは避けられない。そして、これらの要素が絡み合って、この失業をどのようにとらえるかの違いが生まれてくる。つまり、失業を人生の破滅への第一歩ととらえるのか、それとも人生再建への第一歩ととらえるのかの違いが生まれてくるようである。
 中高年の企業に対する貢献度や採算性が問題となり、効率性や能力も問題にされはじめてきた。今日、進行している失業時代とは、必ずしも、あなたに落ち度があるからクビになるのでなく、落ち度がなくともクビになることがあるというのが特徴である。そして、一方では人間関係が日々難しくなり、働きにくさの構造が職場に蔓延しはじめている時代である。そんな職場の状況であれば、いつクビになってもおかしくはないし、いつ辞めざるをえなくなるかもしれない。
 こんな時代だから、今、真剣に辞めることを考えている人も、辞める心の用意がない人も「失業の心理学」が、必要なのである。
トップページへ