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9つの森の教え

【内容紹介】本書「無言の教え---まえがきにかえて」より


 平凡な生活を嫌い、日本を飛び出したその末に出会った、もっと平凡で簡素な生活をしている人たちこそ、私の人生の恩師となりました。
 滞在足かけ5年の間、言葉でもって私に「人生」をわからせようとした人は、ただの一人もいませんでした。みんなと暮らすうちに、人間が生きることの意味、働くことの意味を私は自然に学んでいました。赤ん坊の笑顔から、子どもの元気から、若者のたくましさから、少女のやさしさから、大人の落ち着きから、母親の穏やかさから、お年寄りのほほえみから、すべての人がいっしょに暮らしているその姿から。
 障害をもった者がごく当たり前に地域で生活し、老人は安心して死んでいき、赤ん坊はみんなで育て、子どもに怒ることはなく、どんな相手にもこびへつらうことも、冷たくすることもなく、不正なものには堂々と立ち向かう。「確かな自分」をもった人々が「この仲間がいるだけで十分に幸せだ」と言い切れる生活。
 私にもやっとわかったのです。大切なのは平凡であるかどうかではなく、そこが、自分が安心して生き、安心して死んでいける土地であるかどうかなのだと。
 そこで改めて日本を振り返ってみると、それまで心のどこかで「つまらない生活」をしていると思っていた友人たちに、私がもっていないものを見出すのです。日頃、遅くまでの残業をこなし、少ない休暇に甘んじ、夢をもつ余裕もないように映る彼らや彼女らが、実は、愛する対象である伴侶や子どもを慈しみ、そのために、時には自分に合わないような仕事にもあえて励み、また、交流すべき地域をもっているというのは、私がいままで、築き上げられなかったものでした。
 ただ、なかには、自分のもっているその宝物のすばらしさに気づくことなく、日常の忙しさにつきあうことに手一杯で日々を送っている友人もいます。幸せになれる材料に恵まれながら、自ら幸せから離れていくのです。
 どんな誰もが幸せになれる条件を持っている。それをどう使っていくのか? 
 熱帯雨林の中の村人たちが、ひと言も発せずに私に教えてくれたことは、そのまま、日本に住む私たちへのメッセージのように思えてなりません。
 いつの日か、一人一人が肩を寄せ合い、誰もが安心して生きていける社会を自分の周りから実現していくことを、己の課題と認識させられながら、本書に取り組んでみました。
 読者の皆さんが、ほんの少しでも、森に住む人々の無言の教えを体で感じていただければと思います。
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