書誌情報・目次のページへ 書評再録のページへ 読者の声のページへ
蝶の生態と観察

【内容紹介】本書「あとがき」より


 現在は蝶の採集、飼育、観察や同定についてのガイドブックは豊富に出版されているので、難易度にはこだわらずのびのび書いてみた。私たちの経験では、むしろ多少密度の濃い部分のあるほうが有益であるように思われるからでもある。また、本書は蝶の生態・観察についての百科事典でもなければ教科書でもない。思い切って項目を整理し、そこから一般的な問題へも発展させるように努力してみた。
 この本はまた、時間や設備、文献など研究条件に恵まれない一般のアマチュアや学生の蝶の生態研究、観察の指針となることを目指したものでもある。もちろん、蝶の生態を調べるということは、それが趣味であれ職業であれ、自然科学の進歩と無縁ではありえない。したがって、その方法としては周到な計画にもとづく実験・観察や統計処理などによる手法がきわめて有効である。
 しかし、少なくとも今日までアマチュアによって進められてきた日本の蝶学の中には、実験も統計処理も不可能な、あるいは不要な分野も多く存在するように思われる。それはさまざまな角度から蝶を観察し、そこから推論、仮説を引き出して組み立てる作業である。場合によっては、これは仮説とはいえず、その前段階の想像の世界に属することもあるだろう。見方によっては、それは科学的根拠のない空理空論、砂上の楼閣にすぎないのかもしれない。しかし、こういった“想像仮説”は、自然や蝶の世界に対する興味や探究心をふるい立たせる偉大な原動力となることだろう。そのなかにはいずれ真理として認められるものもあるにちがいない。また一方では、それがいつの間にか誤った定説となって、あたかもそれは解決ずみの問題であるかのような印象を与えるという弊害を生じるおそれもある。これまで真理、または定説とよばれたことには、つねに疑問をもつことが新しい発見につながるであろう。
 こういったプラス、マイナスもさることながら、思考と観察を織りまぜて蝶の世界を探ることは、何よりもまず楽しいことである。これからもさまざまな方法で蝶の生態は観察され、多くの知見が集積されていくにちがいない。蝶と楽しくつきあう道を、本書でも模索を試みたが、私たちにはまだよく見えてこないところもある。自然のなかで、あらためて蝶に問いかけを続けていく若い人たちに、大いなる期待をかけるゆえんである。本書がその一助となればうれしい。
トップページへ