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小泉八雲 蝶の幻想

【書評再録】


●山陰中央新報評(1988年9月20日)=昆虫に関する作品12編をまとめた、昆虫好きにはこたえられない本。
八雲本はきわめて多く出まわっているが、本書はそれらにはない、いくつかの特色をもって異彩を放っているように思われる。
まず、訳者が著名な昆虫学者であること。多くの昆虫学者が「八雲と昆虫」について随筆を書き残している中で、ここまで踏み込んだ人は初めてだろう。そのため、訳文は昆虫学上の事項が従来より適切な形と言葉で表現されている。
次に、多数紹介されている日本の詩歌について、八雲の自由訳をそのまま転記しているのも新しい試み。
さらに、一番の特色は、それぞれの作品について出典を詳細に解説した異例ともいうべきあとがきである。公表済みのものもいくつかあるが、初めて読む八雲研究家もおられるだろうから、これだけでも本書の価値は十二分にある。編者は本書を「昆虫を愛する人々へ」と書いておられるが、ぜひ多くの一般の方々に読んでいただきたいところである。

●静岡新聞評(1988年10月9日)=「小泉八雲 蟲の文学」。この本は、英語を習得せんとする者やハーン文学を学ばんとする者ばかりでなく、虫を愛する者にとっても高い評価を受けた。しかし、大谷の本も発売以来半世紀余も経ち、用語の変化もあり、かなり読み難くなってきたため、この本を底本として、昆虫学上の事項は的確な表現に変え、新しく訳出されたのが本書である。
「小泉八雲 蟲の文学」に載っているハーンの作品のほかに、標題の「蝶の幻想」と「蚕」の二編が新しく付け加えられている。
訳者は長く応用昆虫学を専攻し、半生を虫とともに暮らしてきた昆虫学者であり、本書巻末の「あとがき」は「ハーンの昆虫」について詳細な解説が行われて、真に当を得た示唆に富むものである。

●読書人評(1988年10月24日)=ハーニアン待望のユニークな好著。周知のごとくハーン文学の世界は広汎にわたり、本来の文学としてのほかに科学者的一面がある。ハーン研究者や一般愛読者はそれら科学の専門の部門に入るとハタと行き詰まり各専門の学者の助力の必要を痛感する。殊にハーンの「昆虫記」ともいうべき虫の文学に入ると昆虫学の知識が必要となってくるが従来昆虫学者が真向からハーンの昆虫記と取り組んだ文献書はほとんどないといってもよいほどである。著者が最大の敬意を払っておられるハーンの愛弟子大谷正信も文科系の人であり自然科学には素人であった。幸いにも著者は少年時代よりハーンに親しみ、退官直前の7年間をハーンが最も愛した松江の島根大学に教鞭をとられ、あとがきにも述べられているところによれば「時を変え、季節を選んでハーンの足跡をくまなく尋ねて」歩かれたような熱烈なハーニアンである。ハーン没して85年、彼の昆虫記が昆虫学の権威によりはじめて評価されるに至ったことを地下で「ナンボ、ウレシイコト」と喜んでいることと思われる。
さて、実は本書の本命は後半の「編著者あとがき」にあると思われる。著者が長年にわたる蓄積の資料文献の、懇切にも図版をつけたハーンのいわゆる昆虫記に関する文献の史的解説で、現在ほとんど稀覯本になっている多数の文献資料の開陳ともいうべきでハーニアンにとってはまさに金玉の文学である。
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