吉田太郎（よしだ・たろう）

有機農業研究家、フリージャーナリスト。
1961年生まれ。東京都杉並区で育つ。筑波大学自然学類卒、同大大学院地球科学研究科中退。
大学では地質学を専攻。東京都および長野県の農業関係行政職員として長期計画づくりや補助事業に携わるほか、長野県農業大学校教授として土壌肥料学演習を担当。
有機農業推進担当職員として現地の農業者や消費者、国内外の研究者とも交流した。なお、大学院時代に初めて訪れた海外はネパール。
2022年に定年退職し、全国各地での取材・講演活動のかたわら、文化人類学者の川喜田二郎氏が提唱した「晴耕雨創」の生活を送っている。

主な著作は、韓国でも翻訳出版されている『200万都市が有機野菜で自給できるわけ-都市農業大国キューバ・リポート』『世界がキューバ医療を手本にするわけ』『文明は農業で動く-歴史を変える古代農法の謎』などのほか、本書と4部作を成す『タネと内臓-有機野菜と腸内細菌が日本を変える』『コロナ後の食と農-腸活・菜園・有機給食』『土が変わるとお腹も変わる-土壌微生物と有機農業』（以上、築地書館）や『シン・オーガニック-土壌・微生物・タネのつながりをとりもどす』（農山漁村文化協会）がある。

はじめに なぜ、食品（商品）から食べもの（コモン）なのか
地球は健全な土の気化熱で冷却されている
ローカル化と脱・超加工食品が地球と人の健康を守る

第�T部 世界各地で根づき、社会実装されつつあるオーガニック

第1章 スイス 「ハイジ」を生んだ山村景観と自治と主権を守るスイス農政
シンジェンタも脱農薬でリジェネラティブ農業を推奨？
30代の若者が農業を続けるスイスの山村
国民が農業を支援することを選んだスイス
表示を通じて気候に優しい持続可能な消費を促進
小規模家族農業が有機農業のカギ？

第2章 台湾 直接所得保障と学校給食で有機を進める台湾農政
熱帯・亜熱帯だからこそ有機農業の技術開発を
直接支払いで小規模家族農家を守る
成人病の増加と食の安全への要望に応え給食食材をデジタル公開
教育・厚生・農業・国防-省庁連携でオーガニック給食を強力に推進
手厚い公的補助と村の同調圧力でオーガニックビレッジが誕生
オーガニックビレッジから里山へ-温暖化防止のために竹林を再生
食を通じて森里海のつながりを子どもたちに体験教育
微生物を活かした民間農法で自然農法を実現

第3章 タイ アグロエコロジーでのローカル自給――脱グローバル化と「足るを知る」経済
禿山に樹を植え、溜池で魚を飼育する
借金地獄の農民たちを救ったみどりの市場
旬産旬消と地産地消、ローカルフードは30キロ圏内
帰農を考えはじめた若者たち――「足るを知る」経済を見直す

第4章 韓国 ローカルフード条例と有機給食で農山村を守る
公的なタネ保存だけでは不十分-在来種の多様性を民間で守る
気候変動で強みを増す在来種と小規模家族農家
農家のためのローカルフードレストラン
農村の高齢化と過疎化を背景にローカルフードに着手
全集落をまわって農家を説得、小規模農家のための直売所を始める
地場農産物を活用した学校給食の実現
ローカルフードで健康と幸せを保証する

第�U部 日本各地で芽を出すオーガニックの社会実装に向けた挑戦

第5章 群馬 脱・輸入肥料依存からオーガニックへ
県農政部をあげてオーガニックへ-全職員が有機ＪＡＳ講習を受講
有機農法に疑念を持つ県職員の意識啓発を図るための必殺技
農家間の対立をあおらず、まずは耕畜連携から
深刻な後継者不足と農林大学校での有機農業コースの開設
国に推進してほしい川下の消費者意識の改革

第6章　茨城後継者を育成し有機農業を着実に進める
オーガニックと言えばいばらき-有機農業の支援を重点政策に
生協との取引の中で農協内に有機農業部会が誕生
研修農場「ゆめファームやさと」とわかちあわれる有機農業の技
販路の仕組みを整え川下消費者との交流で理解も深める
脱ネオニコを全県目標に掲げたＪＡグループ茨城

第7章 滋賀 食文化が県土を健全に保つ
日本初の環境保全型農業直接支払い制度で琵琶湖の水質を守る
温暖化対策の品種改良と一体となった認証制度
オーガニックレストランと有機素材での食育
大規模農業では琵琶湖固有の在来種も伝統食も守れない
多様なコメと魚・鳥とセットで食料安全保障を図っていた江戸時代

第8章 北海道 地球を救う団粒構造と微生物
不耕起栽培と多年生穀物カーンザでカーボンを大地に戻す
土のスープと酵母エキス・光合成細菌で硬盤を抜くヤマカワプログラム
大型機械は不要、微生物だけで硬盤がなくなる謎
ビジネス益よりも自然の摂理を尊重する
地球を冷やす農産物を消費者は評価しよう

おわりに 「栄養飢餓」（食品・商品）から脱して本物の食べもの（コモンと健康）を手にするために

あとがき
索引（用語索引・人名索引）
主要参考文献
用語解説

東アジアに降る雨が北欧やシベリアの森林由来かもしれないとのブラジルでの話から始め、その雨を生み出しているのもつまるところは足元の健全な大地、すなわち、ローカルな生態系における微生物と土壌と水の連携作業であることにブラジル人たちが北海道で気づく。国内外の事例を織り交ぜ「商品としての食品から、いのちとしての食べ物」を捜し求める先駆的な人や組織との出会いの旅はいかがだったろうか。

本書は2022年に刊行した『土が変わるとお腹も変わる』の続編にあたるが、この本ができるまでの経緯と本のタイトルを『社会実装するオーガニック』と決めたことについて最後に記しておきたい。

築地書館から刊行した三部作の第一弾『タネと内臓』でもふれたとおり、一型糖尿病を抱えた筆者は体調管理のために年に数回の断食会に参加しているのだが、ことは2025年2月の断食会でご一緒させていただいた築地書館の土井二郎社長から「本物の食べものが求められる時代や食をテーマとした本を書けないか」と相談を受けたことに始まる。けれども、時代の動きは早い。数か月も経たないうちにコメ不足と食品価格の高騰から、質どころか量の確保すら怪しくなってきた。

2018年と7年も前から出しはじめた食の本のテーマでいまだに講演も頼まれる。著者冥利に尽きる話だが、それは、シリーズ本で一石を投じた問題が解決するどころか悪化している証でもあるだけに悲しくもある。

おまけに、ここ数年の異常な猛暑と病虫害の発生と担い手の減少から、「有機農業の原理原則やカラクリがわかることは興味深いが、有機どころか、農業生産、そして、集落の存続すらおぼつかない」という悲鳴に近いような声も有機農家からはいただく。

有機農家だけではない。2025年5月に都内で開催された全国オーガニック給食協議会の総会では、事務局の千葉県いすみ市農林課の鮫田晋さんが「有機給食については2024年の協議会での関根佳恵教授の講演を基に『どう進める？　オーガニック給食』も出版されるし、今後は給食にとどまらず、集落の維持や後継者育成を含めどうやって有機農業の生産を増やしていったらいいのかを考えたい」とも述べられた。

確かに、消費の大前提としてはまず生産があるし、給食の食材として届くまでには、どう分配して流通させるかという社会的な仕組みも絡んでくる。だからこそ、「有機農業や有機給食の大切さはわかったが、具体的にどう進めればいいのか」という社会実装するための具体的ノウハウを知りたいのだし、そもそも論はもういいというわけだ。

とはいえ、「こうすればできる」という全国津々浦々で通用するような奇跡のレシピはない。「おわりに」で描いたとおりローカルがキーワードであることは間違いないが、その土地ごとに気候や土壌も違えば、置かれた経済状況や社会環境、推進役となりそうな組織やキーパーソンも違う。それぞれの地域で試行錯誤していくしかない。

そこで、ガバナンスを主軸におき、「そうか、その手があったか」と各地を歩く中で筆者が感銘を受けた発見や気づきを中心に考えたことを整理し、「オーガニック模索紀行」のような形で「どうすればいいのか」の具体策を読者の皆さんとともに考えるような構成にしてみた。上から目線の抽象的な記述を避け、失敗を重ねながらゼロからプロジェクトを立ち上げていった現場の声を載せるようつとめたが、共感していただけるところがあったとすれば、まさに筆者の意図が伝わったことになる。

なお、文中に出てくる各人の発言は取材時にレコーダーなどで記録したオリジナルそのままではなく、発言者の意図が損なわれない範囲で読みやすく手を入れさせていただき、時系列についても前後調整をさせていただいた。肩書も取材時のもので統一した。わかりにくい専門用語については、巻末に解説をつけたので参考にしていただきたい。

（後略）

「有機農業・オーガニックが健康や環境によいことはわかった。でも、いったいどうやって（社会）実装すればいいのか？」

腸活、学校給食、土壌微生物などをテーマに有機農業の可能性をさぐる著者は、講演をするたびにこのような言葉を受け取るといいます。
それもそのはず、有機農業の本は数多く出されているものの、オーガニックな農・食の「社会への組み込み方」はこれまであまり言及されてきませんでした。

国ごと、地域ごとに風土や文化が異なる以上、世界共通で使える魔法の農法はありません。
しかし、「こうすればできる」というヒントやコツは各地域の有志によって蓄積されています。

本書の舞台は、スイス・台湾・タイ・韓国・群馬・茨城・滋賀・北海道。
気候も文化も異なる多様な地域において、有機給食の実現や後継者の育成、有機農産物の売り先創出などがどのように実現されてきたのかを紹介しました。

農業でも環境への配慮が欠かせない時代に、志のある農家や消費者は自治体や農協とどのように連携していくべきなのか。
著者は抽象的な「理論」から一歩踏み出し、オーガニックの社会実装を通して健全な農と食を未来に残すための具体策を世界各地に見出します。

子どもたちには多少コストがかかっても安全な食べものを提供したい、オーガニックで地域を元気にしたい、環境にやさしく持続可能な営農をしたい……。
著者が各地で目にしたのは、それぞれの思いを大切にしながらも立場を超えて協力していく人びとの姿でした。

生産者・消費者ともに、自己中心的で非持続的な行動様式を捨て、自他の健康や地球環境を守るための選択をしていかなければなりません。
そのヒントが満載の本書をお楽しみください。

著者がこだわりをもって執筆した用語解説も必読！