![]() | 黒沢令子+江田真毅[編著] 2,600円+税 四六判 260頁+カラー口絵8頁 2021年2月刊行 ISBN978-4-8067-1614-3 鳥を巡るタイムマシンの旅に出よう。 海に囲まれた日本列島には、 どのような鳥類が暮らしてきたのか、そして人間にどう認識されてきたのか。 化石や遺跡で出土した骨から土器や銅鐸、埴輪で描かれた鳥たち、 江戸時代の博物図譜や現代の野外調査、 人の経済活動が鳥類に及ぼす影響まで、 時代と分野をつなぐ新しい切り口で築く――復元生態学――の礎。 |
黒沢令子(くろさわ・れいこ) 編者
専門は英語と鳥類生態学。米国コネチカットカレッジで動物学修士、北海道大学で地球環境学博士を取得。
現在は(NPO)バードリサーチ研究員の傍ら、翻訳に携わる。
訳書に『よみがえった野鳥の楽園』(平凡社、1995年)『鳥の起源と進化』(平凡社、2004年)、
『落葉樹林の進化史』(築地書館、2016年)、『日本人はどのように自然とかかわってきたのか』(築地書館、2018年)等がある。
江田真毅(えだ・まさき) 編者
1975年群馬県生まれ。筑波大学人文学類卒業。東京大学大学院農学生命科学研究科修了。博士(農学)。
日本学術振興会特別研究員(PD)、鳥取大学医学部を経て、現在、北海道大学総合博物館准教授。
研究テーマは、遺跡から出土した骨を用いた過去の鳥類の生態復元、およびその知見を利用した人類活動の復元。
2015年日本鳥学会黒田賞受賞。
近著に『河姆渡と良渚』(共著、雄山閣、2020年)、『遺伝子から解き明かす鳥の不思議な世界』(共著、一色出版、2019年)、
『古代アメリカの比較文明論』(共著、京都大学学術出版会、2019年)、
『考古学からみた北大キャンパスの5000年』(共編著、中西出版、2019年)、
『島の鳥類学』(共著、海游舎、2018年)など。
青木大輔(あおき・だいすけ)
1993年大阪府生まれ。中学・高校時代はベルギー・ブリュッセルのインターナショナルスクールで過ごし、国際バカロレア資格を取得。
北海道大学理学部にて学士号、同大学大学院理学院自然史科学専攻の博士前期課程にて修士号を取得。
現在は同専攻の博士後期課程にて日本学術振興会特別研究員(DC1)として鳥類を題材とした生態進化学研究を進める。
研究テーマは、高い移動能力や渡り行動といった飛翔力に関連した鳥類の特異的な生態が、
鳥類の分布域を形成する過程にもたらす影響の解明。
植田睦之(うえた・むつゆき)
1970年東京都生まれ。理学博士。日本野鳥の会研究員を経て、NPO法人バードリサーチ代表。
「全国鳥類繁殖分布調査」「モニタリングサイト1000陸生鳥類調査」などの全国調査の事務局を務め、
「季節前線ウォッチ」「ベランダバードウォッチ「子雀ウォッチ」」など様々な参加型調査を企画し、
全国の鳥の調査に興味のある野鳥観察者や研究者とともに活動している。http://bird-research.jp
許 開軒(きょ・かいけん)
1994年台北市生まれ。北海道大学大学院文学研究科修士課程修了。同・文学院博士後期課程に在籍。
研究テーマは、動物考古学、江戸時代における鳥類利用、家禽利用の変化の解明、カラスと人との関係史。
佐藤重穂(さとう・しげほ)
1964年大阪府生まれ。東京大学農学部卒業。農林水産省林業試験場、森林総合研究所九州支所、同北海道支所等を経て、
2019年より森林研究・整備機構森林総合研究所四国支所産学官民連携推進調整監。博士(農学)。
研究テーマは森林管理と森林生物群集の動態の関係、森林害虫の被害管理など。
おもな著書に『緑化木・林木の害虫』(分担執筆、養賢堂、1991年)、『元気な森の作り方』(分担執筆、日本緑化センター、2004年)、
『森林大百科』(分担執筆、朝倉書店、2009年)などがある。
田中公教(たなか・とものり)
1987年京都府生まれ。信州大学理学部地質科学科卒業、北海道大学大学院理学院にて修士課程および博士課程修了。
兵庫県立人と自然の博物館恐竜化石総合ディレクターを経て、現在は丹波市立丹波竜化石工房教育普及専門員。
兵庫県立大学自然・環境科学研究所客員研究員。主な研究テーマは、中生代潜水鳥類の系統分類学と形態進化。
久井貴世(ひさい・あつよ)
1986年北海道生まれ。酪農学園大学生命環境学科で野生動物管理学を学んだのち、北海道大学大学院文学研究科で博士(文学)を取得。
日本学術振興会特別研究員PDを経て、2020年四月から北海道大学大学院文学研究院准教授。
おもな研究テーマは、歴史史料を用いて鳥類に関する歴史や文化を探る歴史鳥類学。
とくにツルを専門とし、過去の生息実態や人との関わりの解明に取り組む。2019年「野生生物と社会」学会若手奨励賞受賞。
おもな著書に、『遺伝子から解き明かす鳥の不思議な世界』(共著、一色出版、2019年)、『鷹狩の日本史』(共著、勉誠出版、2021年)がある。
山本晶絵(やまもと・あきえ)
1993年北海道札幌市生まれ。北海道大学大学院文学研究科修士課程修了。研究テーマは、アイヌとフクロウの関係史。
文化人類学、歴史学、鳥類学の観点からアイヌとフクロウの様々な関わりを明らかにすることを目指している。
2018年度北海道民族学会奨励賞受賞。
おもな論文に「北海道アイヌにおけるフクロウ類の呼称に関する研究」(『北海道大学大学院文学研究科研究論集』第17号)、
「北海道アイヌとフクロウの関係」(『北海道民族学』第14号)などがある。
前書き 黒沢令子
1 骨や遺伝子から探る日本の鳥
第1章 化石が語る、かつての日本の鳥類相──太古のバードウォッチング(田中公教)
1 「骨のかたち」から探る!
2 中生代の日本の鳥類相
2 ─ 1 日本に鳥がやってきた──前期白亜紀(1億4500万〜1億年前)
2 ─ 2 海をめざした鳥たち──後期白亜紀(1億〜6600万年前)
2 ─ 3 滅びたものと生き残ったもの──白亜紀末の大量絶滅(約6600万年前)
3 新生代の日本の鳥類相
3 ─ 1 かつて日本を支配した巨大な海鳥──古第三紀・漸新世(3400万〜2300万年前)
3 ─ 2 多様化する鳥類と開かれた日本海──新第三紀・中新世(2300万〜530万年前)
3 ─ 3 つながった二本の日本列島>氛汾V第三紀・鮮新世(530万〜260万年前)
3 ─ 4 氷河時代のおとずれと日本人の出現──第四紀・更新世(260万〜1万2000年前)
4 おわりに
第2章 遺伝情報から俯瞰する日本産鳥類の歴史(青木大輔)
1 遺伝解析から生物のルーツを探る系統地理学
1 ─ 1 遺伝情報から過去を遡る
1 ─ 2 系統地理学の考え方
2 日本列島における系統地理学
3 日本列島における鳥類の系統地理学
3 ─ 1 哺乳類と類似した分岐年代を持つ鳥類
3 ─ 2 哺乳類と類似しない日本列島・大陸間の分岐年代を持つ鳥類
3 ─ 3 近縁な系統がユーラシア大陸に分布していない鳥類
4 おわりに──日本産鳥類のルーツ探しの課題と展望
コラム1 古人骨の遺伝解析から俯瞰する日本列島人のルーツ(青木大輔)
第3章 考古遺物から探る完新世の日本の鳥類(江田真毅)
1 遺跡から出土した鳥骨の肉眼同定
2 ニワトリ──その日本列島への導入を考古遺物から探る
2 ─ 1 いつニワトリは日本に持ち込まれたのか?
2 ─ 2 なぜニワトリは日本に持ち込まれたのか?
3 アホウドリ──その過去の分布と分類を考古遺物から探る
3 ─ 1 日本海から消えたアホウドリ科の鳥はなにか?
3 ─ 2 アホウドリは日本海やオホーツク海で繁殖していたのか?
3 ─ 3 アホウドリは一種ではない?
4 おわりに
コラム2 古代美術の鳥
2 文化資料から探る日本の鳥
第4章 絵画資料からみる江戸時代の鳥類──堀田正敦『観文禽譜』を例にして(山本晶絵・許開軒)
1 『観文禽譜』に描かれた鳥の同定
1 ─ 1 様々な『観文禽譜』
1 ─ 2 描かれた鳥の同定を行った研究
1 ─ 3 同定結果の一致率
2 『観文禽譜』における鳥類名称の現和名との異同
2 ─ 1 現和名との一致率
2 ─ 2 江戸時代の鳥類名称
3 『観文禽譜』に描かれた鳥
3 ─ 1 在来種と非在来種
3 ─ 2 『観文禽譜』とレッドリスト
4 おわりに
コラム3 江戸時代の食文化と鳥類(久井貴世)
第5章 文献史料から鳥類の歴史を調べる──ツルの同定と分布の事例(久井貴世)
1 江戸時代の博物誌史料から「鶴」を同定する
1 ─ 1 文字情報から「鶴」の姿を探る──『本草綱目啓蒙』の事例
1 ─ 2 複数の史料を用いた総合的な検討──謎のツル「丹鳥」をめぐる推理
2 文献史料から江戸時代のツルの分布を調べる
2 ─ 1 文献史料に「生息」するツルを探す
2 ─ 2 文献史料から復元する江戸時代のツルの分布──宇和島藩の事例
3 おわりに
コラム4 文献資料からみた鳥の名の初出時代(黒沢令子)
3 人と鳥類の共存に向けて
第6章 全国的な野外調査でみる日本の鳥類の今(植田睦之)
1 必要なアマチュアの観察者の手による広域調査
2 1970年代から行われている分布調査
3 日本の優占種
4 分布や個体数の増減している鳥
5 増減種の共通点から見える日本の自然の変化
5 ─ 1 増加した鳥の共通点
5 ─ 2 減少した鳥の共通点
6 気候変動の影響
7 調査の課題
第7章 人類活動が鳥類に及ぼす間接的影響から今後の鳥類相を考える(佐藤重穂)
1 外来生物の影響
1 ─ 1 外来鳥類が在来生態系へ与える影響
1 ─ 2 外来捕食者による鳥類への影響
2 生息環境の変化の影響
2 ─ 1 森林利用の変化
2 ─ 2 シカの増加による森林植生の変化
2 ─ 3 ナラ枯れ
3 保全生態学の立場ではどのように対応するか
3 ─ 1 ヤンバルクイナの個体群管理
3 ─ 2 高山帯生息種ライチョウの危機
4 おわりに
コラム5 再生可能エネルギーの利用拡大に伴う問題(佐藤重穂)
後書き 江田真毅
索引
2020年には新型コロナウイルスが大流行し、市民の日常生活は激変した。自宅に籠る生活の影響からか、小動物を飼ってペットにしたいという関心が急速に高まったという。鳥は小さいものが多くて飼いならしやすいうえに、愛らしい行動を見せたりするので、特に人気が高い。こうしたペットブームを見るにつけ、日本人はいつの時代から愛玩用の鳥を飼う文化を持っていたのだろうかという歴史的な経緯が気になってくる。
また、同じ鳥といっても、野生の鳥は人とは別の世界に生きている。日本の野生動物の中でも、鳥類は観察しやすく、分類群の大きさが扱いやすいサイズなので(昆虫ほど多くなく、哺乳類ほど少なくない)、行動や生態などについて比較的よく解明されてきている。そのため、人の活動が生態系に及ぼした影響を知るための指標としてもよく利用されている。
例えば、鳥類が暮らす場所は、植物を中心とした生息環境に大きく影響される。そうした特性を活かして、環境省の自然環境保全基礎調査などのように、鳥類の個体数の経年変化を追うことで環境変化を知るモニタリングという手法にも利用されている(第6、7章参照)。
21世紀の現在、日本産の鳥類として633種が知られている。日本列島とその周辺で進化し、ここに自然に分布するようになった鳥たちだ。本書は、『時間軸で探る日本の鳥』というタイトルが示すように、そうした鳥たちについて、いつ、どこに、何が、どのくらいいる(いた)のか?という基礎的な4つの疑問を追求することと、その鳥たちはどのような進化過程を経て、どのような事情で分布域を変化させ、人とどのように関わって生きてきたのか?という点を時間を追って探ることを目的とした。時代を遡って鳥の世界を覗き見ることは、日常のバードウォッチングでは不可能である。本書では、そうしたロマンを満たしてくれるような方法を紹介し、いずれはその手法を確立させて広めるための道筋としたいと考えた。
本書で答えようとする、いつ、どこに、何が、どのくらいいたのか?という4つの疑問は、不幸にして今後実践的な役割をもつ可能性がある。現代では、生物のすむ環境自体が損なわれたり、失われたりして、種の絶滅率がかつてないほど高まっている。人の手によって損なわれつつある生態系は、人の責任において守る必要があるというのが保全生態学のスタンスであり、日本ではそうした活動と研究は生態系管理や順応的管理と呼ばれる(第7章参照)
一方、損なわれた、あるいは失われた生態系を積極的に本来の自然の在り方に再生・復元させるというアイデアが、欧米で始まっている復元生態学の分野である。一度危機に陥った生態系を復元するためには、本来の健全だった状態を知ること、人に喩えれば処置が必要な高熱があるかを判断するために平熱を知っておくことが不可欠である。本書では新進気鋭の研究者たちが、過去の鳥のバードウォッチングを試みることで、この際の有力な手掛かりとなる手法と分野についての情報を提供しており、復元生態学のような新しい分野の土台にもなれるだろう。サブタイトルの『復元生態学の礎』にはこのような思いを込めた。
第1部では、人類が誕生するよりはるか前の地質時代から先史時代までを取り上げた。鳥の骨やその化石が地中に埋もれた状態で保存されることがあり、それを丹念に調べることで古い時代であってもその場所に生息していた鳥類の姿が浮かび上がってくる。こうした分野は古生物学や考古学が得意とする研究だが、現代では分子生物学も強力なツールとなっている。この遠い昔の時代については、基礎的疑問のうち、いつ、何が、どこにいたか?という定性的な知見を期待するのが現段階では妥当だろう。いずれ、よりデータが積みあがって、定量的な評価をできる時代が来ることを願っている。
第2部では、人間の営みの中で記録された鳥類の歴史的資料から、その当時に、どのような鳥が、どこにいたのかを探る。近世においては百科全書的な資料もあるので、現代の鳥類相の知見とどのくらい比定できるのかという定量的な評価に思い切って迫ってみる。さらに、当時の鳥が生息していた場所は現在と同じなのかという分布変化の評価も試みる。こうした定量化やデータによる分布変化の評価という作業は、歴史分野の人にはなじみがないかもしれないが、鳥類学分野との協同によってなしえた企画であり、今後、より洗練された研究が花開くことを期待したい。
第3部では、現代の西洋流の科学的な調査方法を利用して、鳥類相を定量的に記録し、比較するモニタリング手法を紹介する。ここでは、基礎的疑問のうち、どこに、どのくらいの数がいるのか、そして変化があるとすれば、どのような原因で変化したのか?という最後の疑問に迫る。さらに、地球規模の温暖化や気候の乱れが日常化している中で、この列島に適応してきた鳥類が今後どのようになっていくのかという将来を見据えた考察も試みた。これは一つの仮説であり、日本列島の鳥たちがそのようになるか、または別の道筋を辿るかは、実はこの列島に住まう私たちの暮らしぶりにかかっている。
本書は時代ごとに鳥の顔ぶれを紹介する必要上、いきおい鳥の名前が数多く登場する。種の名前や分類は日本と世界や、また時代によっても違いがあるので、本書では基準として日本鳥学会による日本産鳥類目録第7版(2012年)に従った。ただし、それ以後の研究で登場した新しい説を取り上げたり、亜種や外来種に言及することもあり、国際鳥学会(IOC)の目録やそれ以外の文献に準拠した場合もあるので、詳しくは各章の文献や注を参照していただきたい。
本書は、日本列島の鳥類相の歴史を紐解くための道筋の一つを示す布石である。他にも民俗や言語など関わりのある分野があるし、地域によって異なる部分があるかもしれない。こうしたことを洗い出すためには、同じような研究を各地域ごとに、またそれを広域に渡って行うことも必要だろう。
今後、このテーマを追求する人々にとって貴重な資料が、各地の露頭や遺跡をはじめとして、地方の博物館、教育委員会や学校などの施設や古民家にもたくさん眠っているかもしれない。そうした資料を調べるには、プロの研究者である必要はなく、地域をフィールドとする一般の研究家(シチズンサイエンティスト)でもできることかもしれない。本書が、そうした宝の山を発掘することで得られる、次世代の新しい研究分野を紹介・鼓舞する礎となることを願ってやまない。
「え!?これでおしまい?」「コウノトリやトキの野生復帰の話が読めると思ったのに……」とご期待に添えなかった方には申し訳ない。本書は副題に「復元生態学」を含む。しかし、その主眼は植物を主たる対象として群落や生態系の再生・修復を目指す最近の「復元生態学」に関する鳥類の研究例・実践例の紹介とは一線を画す。
詳細は前書きに譲るが、鳥類の過去の様相を復元するためのプロセスと、日本列島における最新の知見──つまり、鳥類個体群の再生・修復を目的とした「復元生態学」のための基礎となる研究──の紹介こそが本書の目的であった。
これまでも生物学で研究されてきた化石や近年の鳥の観察記録、遺伝的情報に加えて、考古学資料や絵画資料、文献史料も駆使することで地質時代から先史時代、歴史時代、そしてここ数年〜数十年の鳥類の様相が復元できる。これらの情報は今日の鳥類相の歴史的特徴を明らかにするとともに、未来の鳥類相の予測にも役立つ。
日本では花粉分析や歴史資料に基づいて植物相の変遷をまとめた研究があるものの、過去の動物相の変化を対象とした研究はほとんどなかった。これに対して、海外では古環境とそこに生息していた鳥類相を推定する多様な試みがなされている。
例えば北アメリカに西洋からの移民が到達する以前の環境を復元し鳥類相を推定した研究や、人類がミクロネシアやポリネシアの島々に移住して以降に起こった鳥類相の変化を復元した研究、イギリスにおける過去1万5000年間の鳥類相を復元した研究などがある。
このうちの最後のもの、『The History of British Birds(イギリスの鳥類史)』は本書の成立にも大きな関わりがある。本書の執筆者のほとんどが2017年からおよそ一年間かけて札幌で実施したこの本の輪読会の参加者からなるため、そしてこの本を読み進めるうちに沸きあがった「日本の鳥についてもこのような試みをやってみたい」という熱い気運が本書の企画につながったためである。
『The History of British Birds』の著者は鳥類学者のデレック・ヤルデンと動物考古学者のウンベルト・アルバレラである。考古学資料による当時の鳥類相の復元を主眼とした同書の序文で、著者らは「鳥類学者に考古学的情報の幅広さを知ってもらうとともに、考古学者に埋もれがちな鳥類骨の情報の重要性を知ってもらう」ことを目的としたと述べている。考古学者の持つ遺跡から出土した鳥類の情報は、鳥類学者にとって過去の鳥類相の復元の鍵となる。
一方、考古学者は鳥類学者の復元した情報を加味することで、過去の人類の生活についての理解をより深めることができる。同じことは日本の考古学資料や絵画資料、文献史料についても言えるだろう。同じ資料・史料を鳥類学の視点から調べることで新たな知見が期待できる。またその情報はもともとそれらの資料・史料を扱っていた学問分野に新たな意味付けや可能性のフィードバックをもたらすと期待される。
幸いにして鳥類の歴史への興味・関心をキーワードに集まった『The History of British Birds』の輪読会には、古生物学、分子生物学、考古学、民俗学、歴史学、鳥類学、生態学と多様な専門性を持つ参加者が含まれていた。それぞれの専門分野について研究のプロセスと日本列島における最新の知見の紹介をお願いした本書は本家『The History of British Birds』に勝るとも劣らない、充実した内容になったと自負している。
またこのような多様な分野の研究者が一堂に会して各々の資料・史料・試料から得られる鳥類の歴史についての知見を披露した本書の企画は、特に私を含む(?)若手研究者にとって隣の研究領域を眺めるとともに自身の研究分野の長所と短所を見つめ直す契機になったのではないだろうか。本書を手に取っていただいた皆さんにも鳥類の時間的な変化と、その研究の奥深さを実感いただけていれば望外の喜びである。
本書の執筆にあたって、以下の方々からのご協力をいただいた。
植村慎吾氏(バードリサーチ)、
長沼孝氏(北海道埋蔵文化財センター)、
宮城県図書館、渡辺順也氏(ケンブリッジ大学地球科学部)
(順不同・五十音順)