![]() | 森田ゆり[編著] 2,400円+税 四六判並製 328頁 2021年1月刊行 ISBN978-4-8067-1612-9 子ども時代の性暴力被害サバイバー達の赤裸々な証言と、 トラウマと共に生きる豊かな知恵と躍動するいのち。 この問題に先駆的に取り組み続けてきた著者が、 世界の最前線の視点と支援の具体的方法を提示する待望の書。 |
森田ゆり(もりた・ゆり)
作家 エンパワメント・センター主宰
元カリフォルニア大学主任研究員、元立命館大学客員教授。
1981 年からCalifornia CAP Training Center 、1985 年からカリフォルニア州社会福祉局子どもの虐待防止室のトレーナーとして勤務。1990 年から8年間、カリフォルニア大学主任研究員「ダイバーシティ・トレーナー」として、多様性、人種差別、性差別など、人権問題の研修プログラムの開発と大学教職員への研修指導に当たる。参加型研修の方法論とスキルを開発し、Diversity Training Guide をカリフォルニア大学から出版(英語版は絶版。日本語版は『多様性ファシリテーション・ガイド』解放出版社)。
1997 年日本でエンパワメント・センターを設立し、行政や企業の依頼で、多様性、人権問題、虐待、DV、性暴力、ヨーガ、マインドフルネス瞑想などをテーマに研修活動を続けている。アロハ・キッズ・ヨーガを主宰し、児童養護施設、児童心理治療施設などでヒーリング・ヨーガと瞑想を教えると同時にそのリーダーを養成。2016 年度アメリカン・ヨーガ・アライアンス賞受賞。
虐待に至ってしまった親の回復プログラム「MY TREE ペアレンツ・プログラム」を2001 年に開発。各地にその実践者を養成している。第57 回保健文化賞受賞。
「MY TREE Jr くすのきプログラム:性暴力加害ティーンズの回復」「MY TREE Jr さくらプログラム:暴力被害子どもの回復」ワークブックを開発。瞑想訓練をともなう第三波行動療法の子どもの性加害の回復プログラムとして、その実践者研修を実施中。
1979 年から今日まで、先住アメリカ・インディアンの人権回復運動を支援し、日本とインディアンとの交流に携わってきた。『聖なる魂―現代アメリカ・インディアン指導者デニス・バンクスは語る』(共著、朝日新聞社)で1988 年度朝日ジャーナル・ノンフィクション大賞、『あなたが守る あなたの心・あなたのからだ』(童話館出版)で1998 年度産経児童出版文化賞受賞。
主な著書『子どもと暴力』『子どもへの性的虐待』(以上、岩波書店)、『しつけと体罰』『気持ちの本』(以上、童話館出版)、『体罰と戦争』(かもがわ出版)、『虐待・親にもケアを』『沈黙をやぶって』『癒しのエンパワメント』『責任と癒し』(以上、築地書館)、『エンパワメントと人権』『非暴力タンポポ作戦』(以上、解放出版社)、その他日・英語著書・訳書多数。
パートI 苦渋の日々を経て、今トラウマと共に生きる
1、子どもたちを被害者にも加害者にもしないために 柳谷和美
「どうやって回復を支えたのですか?」 田村展将
2、ワタシハ……多重人格だった 鈴木三千恵
我が家はいつもソーシャルディスタンス 鈴木健二
3、未来は一つじゃない 工藤千恵
地雷は続くよ、どこまでも(笑) 工藤陽一
4、100人以上の人格たちとの対話:小児期マインドコントロール下の性暴力と加害の強制 サンザシ
5、同意のない性行為は性暴力です 山本 潤
パートU 理解とケアの最前線 森田ゆり
1、子ども時代の性暴力被害の長期的影響
サバイバーからスライバーへ
PTSD発生率の高さ
身体への影響──中枢性過敏症候群(CSS)という新パラダイム
ACE(逆境的小児期体験)研究紹介で忘れられていること
ポリビクティム(多重被害)
性暴力の回復における愛着対象の力
心の応急手当
2、トラウマを癒すとは
癒すという言葉のルーツ
現代人の不安
外的自然と内的自然
七層の出会い
癒しとは出会っていくこと
ボディートーク
インナーファミリーの円卓会議
イメージ催眠セラピー
男性サバイバーにとっての内なる子ども
ヨーガと瞑想の効果
ヒーリングヨーガ
性暴力サバイバーにはしないポーズ
毎日5分の瞑想のパワー
ヨーガは脳トレ・ヨーガは筋トレ
ALOHA KIDS YOGATM(アロハ・キツズ・ヨーガ)の特徴
3、解離 DID/OSDDそして小児期マインドコントロール
面前DVの絵
3つのF反応
創造的な生存戦略
小児期マインドコントロール
鳥かご論
4、性加害をした罪悪感
自分を許すセレモニー
トラウマの再演
強制された性加害
パートV 今、子どもの被害をトラウマ化させないために 森田ゆり
1、性ヘの健康な興味か性化行動か
4つの基準
対話力
あなたにもできる心の応急手当
聴く(耳 十四 心)のパワー
2、性暴力を受けた子どもの話を聴くプロトコル
開示は一連のプロセス
被虐待児との対話の技法
してはいけないこと
「性的虐待順応症候群」を再び
3、性加害する子どもの回復「MY TREE ジュニア・くすのきプログラム」
子どもの性被害の加害者の半分が子ども
加害からの回復は被害のケアから
怒りの仮面
4、「小児性愛」という訳語は死語に
翻訳語「小児性愛」がもたらしている深刻な被害
奈良市小一少女誘拐殺人事件の加害者
ペドファイルも性の多様性?
あとがき
参考文献
『沈黙をやぶって』(築地書館、1992年)は性暴力被害を受けた日本の女性たちの声を集めた最初の本でした。30年前の1990年に「当事者の声こそが社会を変える力を持っている。あなたの声を」と新聞記事を通して呼びかけたところ、「私も」「私にも起きました」「Me Too」とご自身の性被害体験を語る手紙が次々ととどまることなく届き、私たちを驚かせました。
Me Too 運動は日本でも30年前に始まっていたのです。
『沈黙をやぶって』で22人の日本の性暴力サバイバーたちは、それぞれの恐怖や苦悩体験を語ることで性暴力のしじまをやぶりました。
同書で、私は問題の歴史的社会的背景、性暴力問題への対応の基本姿勢、問題の虚像と
実態、予防の具体的方法について論じ、次のように呼びかけました。
「人生のネガティブな汚点でしかなかったその体験は、それを語り、意識化しようとするプロセスの中で、その人の強さの拠りどころとなり、その人の存在の核ともなります。語りはじめること、いまだ存在しない言葉を捜しながら、たどたどしくとも語りはじめること。語ることで出会いが生まれ、自分の輝きを信じたい人たちのいのちに連なるネットワークができていくでしょう。
ひとたび沈黙をやぶったその声を大きく広く、日本社会のいたるところに響き渡らせていく大きな流れのムーブメントの担い手に、あなたも加わりませんか」
そして性暴力の沈黙をやぶるムーブメントが日本全国でゆっくりと広がっていきました。
『沈黙をやぶって』に寄稿した人たちの中からも、裁判に訴えた人、本を出版した人、サバイバーのアート展覧会を開いた人、CAP(子どもへの暴力防止)プログラムを学校に届け続けている人などさまざまな表現活動を続ける人々が生まれました。
沈黙をやぶる行動は必ずしも言葉でなくていい。音楽、踊り、詩、映像など。過去の苦しみは自分なりの表現手段を得たとき、その人の生きる力の揺るがない核心になります。
幼児期に強姦されたたった一度の体験を寄稿した「一人暮らしの婆」は「初めて文字にして70余年秘めた胸の傷が涙とともに溶けてゆく」と書きました。当時78歳だったこの方はその後、どのような人生を送られたのでしょう。
日本の性暴力被害者たちに110年もの間、沈黙を強いてきた強姦罪が大幅に改正されて2年も経たない2019年春。福岡、名古屋、静岡、浜松の地裁で性暴力事件被告への無罪判決が続きました。バックラッシュ(揺り戻し)です。単に裁判官個人の見解の問題ではありません。子どもや女性の人権が一歩でも力を得ると、既得権を脅かされる不安に駆られる人々が、揺り戻しをかけてきます。この50年、米国でも何度も繰り返されたことでした。
しかし2020年2月に福岡高裁が、3月には名古屋高裁が逆転有罪判決を出しました。
日本の司法への絶望が希望に変わりました。この希望判決を出させるまでには、全国各地に広がったフラワーデモ、支援弁護士らなどたくさんの人々の尽力がありました。
でも闘いはまだまだ続く。バックラッシュはこれからも何度も襲ってくるのだから。
名古屋高裁の逆転判決を受けて原告女性は長文のコメントを出しました。
「私の経験した、信じてもらえないつらさを、これから救いを求めてくる子どもたちにはどうか味わってほしくありません。私は、幸いにも、やっと守ってくれる、寄り添ってくれる大人に出会えました」
5歳の時の性暴力被害を生きてきた和歌や詩を『沈黙をやぶって』にいくつも寄稿してくれた風子さんは30年前に、すでにMe Too 運動の希望を呼びかけていました。
この指とまれ 橘 風子
自分を愛したい人 この指とまれ
秘密を持った人 おいでよここに
三人寄れば ヒソヒソと高声のアンサンブル
五人になれば にぎやかだ
七人になれば 心もあったか
十人二十人になれば 恐いものなし
三十人五十人になれば 友が友を呼ぶ
百人になったら 世の中も変わる
だから この指とまれ
本書では日本における性暴力への取り組み約30年を踏まえた、次の新しい視点と知見を提示しました。
1、パートTでサバイバーたちは、被害のトラウマを克服するというよりは、むしろトラウマと共に生きてきた過去を慈しみ、現在、未来もトラウマとつきあいながら生きていくという新しいサバイバーの視点を語っています。トラウマは苦しみであったけれど、新しいいのちの源でもあるのです。
2、パートUで筆者は、トラウマと共に生きるための理解とケアの最前線を論じました。
従来の性暴力関連本では取り上げられていない新しい知見、また古くからあるのに、使われていない有効な支援方法、再認識されたヨーガや瞑想の驚くべき効果、催眠を使ったソマティックなアプローチなどです。
3、パートVでは、子どもの今の性被害をトラウマ化させない支援のあり方と具体的なステップを提示しました。身近な人がなるべく早くに慈しみをもって手当てすることで、レジリアンスが起動します。
4、「性暴力」にNOを突きつける被害者支援の世界運動は1970年代に始まり、以来それを担ってきたのは女性たちでした。しかし性暴力の加害者の9割以上が男性です。そして同時に圧倒的多数の男性が性暴力を良しとしない人たちであることもまた事実です。
女性たちの運動が始まってから約50年になります。今まで傍観者だった男性たちが、当事者意識を持ってフロントラインで、性暴力という男性問題に取り組み、歴史を変える時が来たのではないでしょうか。本書にサバイバーの夫たちの手記を入れたのは、回復に必ず夫の支援が必要なわけではないですが、性暴力問題に当事者として関わる男性の身近な例として、男性読者に読んで欲しかったからです。