| エイジャー・レイデン[著] 和田佐規子[訳] 3,200円+税 四六判上製 376頁+カラー口絵8頁 2017年12月刊行 ISBN978-4-8067-1548-1 宝石をめぐる歴史、ミステリー、人々の熱狂と欲望。 なぜ人はこれほどまでに宝石に惹き付けられるのか、 そもそも宝石の価値とは一体なにで決まるのか。 これまで宝石の鑑定からデザインまで関わってきた、宝石を愛してやまない著者が、 時間と空間を越えて、縦横無尽に語る。 |
エイジャー・レイデン(Aja Raden)
シカゴ大学で古代史と物理学を学ぶ。
在学中に著名なハウス・オブ・カーン・エステート・ジュエラーズのオークション部に部長として勤務。
また、ロサンゼルスに拠点を置く宝飾ブランド、タコリ社で7年以上にわたってシニアデザイナーとして働いた経験を持つ。
経験豊かなジュエラーであり、研鑽を積んだ科学者でもある。カリフォルニア州ビバリーヒルズに住む。
和田佐規子(わだ・さきこ)
岡山県の県央、吉備中央町生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学。
夫の海外勤務に付き合ってドイツ、スイス、アメリカに合わせて9年滞在。
大学院には19年のブランクを経て44歳で再入学。専門は比較文学文化(翻訳文学、翻訳論)。
現在は首都圏の3大学で、比較文学、翻訳演習、留学生の日本語教育などを担当。
翻訳書にポール・キンステッド著『チーズと文明』(2013 年)、
フランク・ユケッター著『ナチスと自然保護』(2015 年、以上築地書館)がある。
趣味は内外の料理研究とウォーキング。
まえがき
第T部 WANT 欲望――思い込みと希少性
石が宝石になるための「価値の幻想」とは
第1章 マンハッタンを買い上げたガラスビーズの物語
騙したのか、騙されたのか
チューリップ・バブルの顛末
欲望にあやつられる脳
マンハッタンの適正不動産価格
スパイス戦争の勃発
ローマ教皇に分割される世界
島を買う
全ての光るもの
牡蠣の島
ネイティヴ・アメリカンと銀行
新世界の通貨
もう一つの島
第2章「永遠の輝き」は本物か?――婚約指輪の始まり
帝国設立までの道のり
他人の欲望が決定するもの
デビアスの印象操作
増え続けるダイヤモンド
ダイヤモンドについての不都合な真実
指先を飾るもの
私と結婚してくれますか?
指輪という束縛
聖なる結婚
カットで生まれ変わるダイヤモンド
婚約指輪という神話
翻弄される女達
お金で愛は買えない?
デビアスの戦略
ひとかけらの原石
第3章 エメラルドのオウムとスペイン帝国の盛衰
エメラルドが権力だった時代
緑色の力とは
お金、私が欲しいもの
地球の造山運動
スペイン帝国誕生前
「まさかの時のスペイン異端審問」
招かれざる隣人
いちかばちか
手ぶらでは帰れない
天国への階段を買う
嘘から出たまこと
インカ帝国とエメラルドの都市
エメラルドのオウム
崇拝されるエメラルド
妬みの感情
デウス・エクス・マキナ機械仕掛けの神
天与の幸い
思考を停止して未来に賭ける
エメラルドバブルの崩壊
「服用量が毒を作る」
第U部 TAKE 獲得――歴史を動かすもの
私達の行動を形作る宝石の意味
第4章 フランス革命を起こした首飾り
女王の駒となって
ベルサイユを牛耳る者
ロックな王妃
「パンがないなら、お菓子を食べさせなさい」
簡素な生活
王妃を追って
汚れきったフランスを洗濯
悲劇の王国
関係の悪化
首飾り事件
世論という名の裁判所
二つの裁判
幻の首飾り
この世で最も価値あるもの
一個の石の価値を決めるもの
悪意ある妬み
第三身分の台頭
王妃の誤算
増幅する憎しみ
呪いの言葉
フレンチ・ブルー・ダイヤモンド
ただ一つの呪い
第5章 姉妹喧嘩と真珠
異教徒と海賊のパトロン
ファザコンの娘達
えこひいき
継母と怪物達
血まみれのメアリと処女女王
二人の女の子と一粒の真珠
真珠――女神が流した涙
メアリの真珠
最悪の三つの道
憎しみ
あの世まで持っていけなくても、人から取り上げることはできる
真珠の力
女王と海賊達
あなたのものは私のもの、スペインのものも私のもの
政治的手腕と自己演出力
開戦の狼煙があがる
私の敵の敵は私の海軍
真珠と帝国
第6章 ソヴィエトに資金を流す金の卵
腐った卵
より詳しい調査
芸術家ファベルジェ
ストーリーを売る
ロマノフ帝国の崩壊
もう一つの血塗られた日曜日
それでも楽団の演奏は続く
必需品の値段
新興都市炎上
一番いい球を打て
ツァーリの最期
共産主義の理想と現実
ドイツに仕組まれたロシア革命
略奪の限りを尽くす
ニヒリスト達の革命
働かない労働者達
レーニンの失敗
嘘つきハマー
スターリンのエージェントだったハマーの秘密工作
裏切り者
「ロマノフ王朝の宝」展
偽物まみれの帝国
第V部 HAVE 所有――誰でも手に入れられるもの
真珠と腕時計――一個の宝石が社会変革を起こす
第7章 真珠と日本――養殖真珠と近代化
五粒の真珠
大量生産のスタート
鎖国の時代
日の出と落日
黒船来航
開港
クジラから真珠へ
御木本と明治維新
養殖真珠の作り方
真珠養殖に挑戦した人々
真珠文化と養殖真珠
真珠のツナミがやってくる
混乱する西欧諸国
宣伝マンの御木本
唯一無二の「大将連」ネックレス
完全なる養殖真珠
私も真珠が欲しい
第8章 タイミングが全て――第一次世界大戦と最初の腕時計
時計の歴史
最先端技術
印象を決定づける
天体の運行を身につける
最初の時計
腕時計は女のもの
戦場と時間
外部取り付け式
腕時計のイメージチェンジ
時限爆弾
戦争と技術革新
腕時計VS懐中時計
腕時計の地位向上
モダンタイムズ
男の必需品
宝石は人の心の中で造られる――あとがきにかえて
謝辞
引用文献
索引
訳者あとがき
美しいものは見る者に喜びをもたらすだけではない。物理的に行動に駆り立てる。ランス・ホージーはニューヨーク・タイムズ紙で脳のスキャン研究を取り上げ、「魅力的な物体を見ることが手の動きをつかさどる小脳の一部に刺激を与え、本能的にその魅力的な物体に対して手を伸ばすという動きをする。つまり美は文字通り人間を動かすのだ」と述べた。
そうした美に対する熱望が私達を駆り立て方向づけるのだ。大激変や移民の群れでもなく、戦争や帝国や王族達や預言者達でもない。世界を動かしている同じものが我々一人一人を動かしているのだ。
世界の歴史は欲望の歴史だ。
「それが欲しい」という以上に根本的な言明はない。残念だが、人間はほとんど全てのものを欲しがる。この欲望に、生涯苦しめられるのだ……。
金がこの世界を回しているのかもしれない。しかし金は目的のための手段にすぎない。その目的とは件の並外れた、ほとんど狂気といってもいいほどの、美しいものを真に所有したい、永遠に我がものにしたいという人間の欲望である。
人類のあらゆる歴史は以下の3つの動詞に集約することができる。「欲求する」、「獲得する」そして「所有する」。宝石の歴史以上にこの原則を巧みに例証するものがあるだろうか。つまるところ、数々の大国は欲求の経済の上に建設されてきた。通貨の主たる形式は伝統的に宝石が担ってきたのである。
私はこれまでどんな時も宝石を愛してやまなかった。私の母は宝石箱というものを持っていなかった。母が持っていたのは宝石クローゼットだった。本物もあれば、模造品もあった。それは別段問題ではなかった。どれも同じように私を虜にしたのだから。どれも「本物の宝物」だったのだ。私が良い子にしていると、母は私を自分の大きなベッドの上に座らせて宝石をより分けてキラキラ輝く山を作らせてくれた。そしてそれを引き出しや箱へと好きなように入れ直すことを許してくれた。なぜだか実際に身につけるよりも満たされた実感があった。光り輝く一つ一つの宝石に触れて、いくつあって、どんな種類で、と、頭の中に一覧にしていくのだ。私はこれらの宝物をどれほど自分のものにしたかったことか。どんなにしても報われることのない愛情のような、胃の中に空っぽの穴があるみたいな……。
宝飾デザイナーとして10年という年月を宝石に囲まれて過ごしてきたのに、大人になっても、母の宝石はいまだに魔法の輝きを失っていない。今でも私は母の宝石が欲しい。母と私の好みがこれ以上違いようがないほど違っていても、自分でも宝石クローゼットをいっぱいにしていても、関係ないのだ。母が新しく手に入れたと言って輝きを放つものを私に見せる瞬間に、私はあの大きなベッドの上にいた時間に戻るのだ。母の派手な80年代物の正装用の宝石に囲まれ、聖杯を戴くかのように輝く宝飾品を小さな手のひらに載せているあの瞬間に。
なぜなのだろう。なぜ私は母が買うガラクタ同然の装身具の一つ一つが必要なのだろうか。なぜ、私は母の所有の品の価値をそんなにまで、馬鹿げたほどにまで膨らませるのだろうか。
それらが、単なる物とは全く違うからだ。そう、全く違う。宝飾品は象徴であり、手で触れることのできないものの代用品なのだ。それが呼び起こすのはうっとりするような魅力や成功や、あるいは母親のベッドなのかもしれない。
ここに集めた物語はどれも美しいものやそれを求めた男や女の物語だ。欲求と所有とあこがれ、貪欲の物語だ。しかし、本書は美しいものを題材にした書物にとどまらない。欲望というレンズを通じて歴史を理解しようと企てるものである。また、希少性と需要の経済がもたらす驚くべき結果を眺めることにもなる。希少で熱烈に求められた宝石が個人の人生行路の上に、また歴史の上に、さざ波のように波紋を広げる効果について論じていく。宝石は文化を生み出し、王家による支配や、政治的軍事的紛争を生み出す原因ともなった。
第T部「欲求」では価値と欲望というものの性質を検証する。「欲求」とは、価値のあるものと、価値があると思い込んでいるものの間に、何か違いがあるかということだ。何かを欲しいと思う時、それには価値があると思い込んでいる。その逆もまた然りだ。オランダ人がビーズと引き換えにマンハッタン島を購入した時、それはアルゴンキン族の衰退の始まりだった。しかしながら、アルゴンキン族のネイティヴ・アメリカンは完全に騙し取られたのだろうか? それとも私達が考えるよりもいい条件で折り合ったのだろうか。石の価値とは何か。そして何が石を宝石に変え、宝石を金で買えないものにするのか。あなたの指にあるダイヤモンドは復員軍人援護法とどんな関係があるのか。冒頭の三章では私達がどのように価値を決定し、創造し、時に価値があると思い込むのかを論じ、人類の集合的物語の全体がそのような評価装置によってどのように形成されてきたのかに言及していく。
第U部「獲得」では人間を蝕む、むやみに欲しがるという性質について論じる。自らが持ちえないものを欲する時、何が起きるのかを明らかにする。第U部は、願望が否定された歴史上の大きな事件に関係するものである。その結果、何世紀にもわたって残響が残った例がある。マリー・アントワネットはダイヤモンドのネックレスがもとでギロチンの露と消えたのだったか。フランス革命はたった一つの宝飾品が原因で勃発したのか。ほぼ500年前、イギリスでの一つの貴重な真珠を巡る二人の姉妹間の争いが、どういういきさつで現代の中東の勢力図を引くことに繋がったのか。
一つの帝国が没落すると、別の帝国が台頭する。これすべて、人間に生まれついた、美しいものに対する弱さに依拠するものだ。「獲得」では私達が何を欲しがるのか、なぜそれを欲しがるのか、そして私達はそれを手に入れるために、どこまで行くのかを問う。
最後の第V部「所有」は、戦争、あるいは破壊について論じるのではない。それとは反対に、創造についてである。「所有」は現在進行中の美しいものとの執拗な恋愛関係の、より建設的な結果について見ていく。第V部では一人のうどん職人が登場する。地球上の全ての女性が真珠のネックレスを身につけることを夢見て、日本文化を完全なる忘却から救い出した人物で、その小さな島国を、国際的な経済大国に進化させることに寄与した。また、ヨーロッパの女性で、たった一言ファッションに言及したことで、男性性を再定義し、進行中だった戦争の近代化に貢献した人物にもフォーカスする。
一つの物語の終わりはもう一つの物語の始まりでしかない。「所有」は欲しいものを手に入れた時、何が起きるのかという問題に繋がる。そしてさらに信じられないことがその道すがら次々と起きるのだ。
〈世界の歴史は欲望の歴史である〉――本書はこれを検証するものである。
これは欲望の物語であり、欲望とは世界を変貌させる力を持っている。
ニューヨークのマンハッタン島をビーズ玉で購入した、オランダ東インド会社総督。しばしば不当な土地取引の例としてあげられる出来事だが、当時の先住民にとって、ベネチアンガラスのビーズは、最も高貴な宝石だった。
宝石(もしくはガラス玉)の価値の人間社会における伸縮自在ぶりを、歴史のターニングポイントごとに鮮やかに描いた宝飾品の現代史。
今や、婚約指輪と言えばダイヤモンドだが、デビアスの現地調査員が卒倒したほどの巨大鉱脈が発見され、あり余っているはずのダイヤを、未だに世界中の女性が欲しがるのは、なぜなのか。
イングランドがスペイン帝国の無敵艦隊アルマダを打ち破り、大英帝国として台頭する端緒となる、世界で最も有名な真珠を巡る姉妹喧嘩。
ロマノフ王朝の宝物を悲劇の物語とともに売りさばいた、米国の大富豪(実はスターリンのエージェント)ハマーと、彼と裏で通じてソヴィエトに利益をもたらしていたヘンリー・フォード。
宝石には、それを目にした人を虜にするだけでなく、歴史をも変える力がある。
誕生日やクリスマスに宝石をプレゼントする人、もらう人。その宝石で、世界が変わってしまうことがあるかも……。
宝の魅力と魔力を存分に味わえる一冊です。