野上宏（のがみ・ひろし）

1932年11月名古屋市生まれ。
名古屋大学大学院医学研究科修了（整形外科学専攻）。医学博士。
米国ペンシルベニア大学医学部研究員、
名古屋大学医学部助手、
米国カリフォルニア大学LA校医学部研究員などを経て、
1970年10月から愛知県心身障害者コロニー中央病院医長。
1973年１年間を米国カリフォルニア大学LA校医学部研究員として過ごす。
1998年4月から愛知県心身障害者コロニー中央病院名誉院長。

バードウォッチャーとして小学生のころから野外での観察を楽しんできたが、
生命の輝きの象徴を思わせる鳥たちの一瞬を記憶としてとどめるため野鳥の撮影をしているうちに、
バードカービングで飛翔中の小鳥の姿の再現にチャレンジしてみたいと思うようになった。
しかし、野外での小鳥の飛翔写真の資料が乏しいことに気づき、自分で撮影を開始。
撮影を続けるうちに、大自然の中を飛び回っている小鳥が飛翔中に見せる生態の魅力に取りつかれ、
それを多くの人に知らせたいと、『小鳥　飛翔の科学』（築地書館）にまとめた。
また、飛行機マニアで、模型飛行機作りを続け、小型飛行機やグライダーの操縦も経験したことがある。
本書では飛行中の小鳥の姿を航空工学の用語を使用して解説している。

はじめに

翼の形態
    風切羽〈かざきりばね〉
    小翼羽〈しょうよくう〉
    尾羽〈おばね〉
    雨覆羽〈あまおおいはね〉
飛び立ち
巡航飛翔
下降と着地
さえずり飛翔
高速飛翔
低速短距離飛翔
急制動>
停空飛翔〈ホバリング〉
波状飛翔
旋回飛翔
滑翔と下反角
失速防止飛翔
採餌飛翔
争い飛翔

用語解説
撮影
参考文献
おわりに

  小鳥の飛翔能力は想像以上に優れたものです。乱気流のなかを高速飛翔しながら、揺れ動く小枝に正確に着地したり、捕食行動や逃避行動などで瞬時に方向転換して捕らえたり、逃れたりする視覚、平衡覚と、低速大だい迎むかえ角かくの曲技的飛翔でも全身で反応して、失速することなく飛翔を続ける能力には空力学的にも感服せざるを得ません。

  近年開発が進められている超小型無人機（micro air vehicle）の分野では、コンピュータ技術の発達と素材の開発にともなって鳥の飛翔の研究があらためて注目されるようになっています。
  またNASA は、飛行中に翼の形態をヒンジ（ 蝶ちょう番つがい）無しで変化させる可変翼機（flexible wing）のテストに成功したと発表しています（BBC 2015）。これは固定翼機の翼が鳥の翼に似てきた例といえるでしょう。
  人類は高速、高高度、長距離飛行には成功してきましたが、飛行開始以来の大きな問題である失速防止についてはまだまだ鳥やコウモリには及ばない状態です。

  私はバードウォッチャーとして長年、野鳥の観察と写真撮影を行ってきました。同時に飛行機マニアの一人として模型飛行機を作り続け、小型飛行機やグライダー操縦を体験する機会もありました。
  固定翼機と鳥類の飛翔には多くの類似点があり、人類の初飛行も鳥を参考として行われたものでした。
  鳥類の飛翔については多くの研究がなされていますが、タカ科やカモメ科などの大型鳥類ではなく、スズメサイズの小鳥の場合は研究室の人為的条件下の風洞実験はあっても、野外での観察記録は少ないようです。
  写真撮影の場合、小鳥はサイズが小さく、飛翔も速く、コースは変化に富み予測困難で、望遠レンズのフレーム内にとらえてピントを合わせることが困難なためと思われます。しかし、飛翔中の小鳥が見せる多様な生態の魅力はすばらしいもので、その瞬間を高速シャッターで撮影した写真で初めて確認できる場面が数多くあります。

  本書では、研究室内ではなく、野外で飛翔中の、小鳥の肉眼では観察困難な興味ある生態の瞬間をとらえた写真を紹介するともに、小鳥の飛翔機能の概要を、固定翼機と比較しながら記述しました。
  専門用語はなるべく使用しないように注意しましたが、どうしても必要な用語については巻末（p.102）に説明を付しました。

  小鳥の見せる飛翔の魅力を存分にお楽しみいただければ幸いです。