| サンダー・E・キャッツ[著]きはらちあき[訳] 2,400円+税 A5判上製 200頁 2015年2月刊行 ISBN978-4-8067-1490-3 農耕を始める前から、人類はさまざまなものを自分たちで発酵させてきた。 時代と空間を超えて、脈々と受け継がれる発酵食。 100種近い世界各地の発酵食と作り方を紹介しながら、 その奥深さと味わいを楽しむ。 発酵食ブームの火付け役となった、 全米ロングセラーの発酵食バイブル。 自分で醸して、あなたも発酵生活を始めよう。 原著、「wild fermentation」公式サイト: http://www.wildfermentation.com/ |
サンダー・E・キャッツ(Sandor Ellix Katz)
ニューヨーク市生まれ。マンハッタンで中欧系ユダヤ人の発酵食文化で育った、自称〈発酵フェチ〉。
もともと料理・栄養学・百姓仕事に興味があったことから、そのすべてに関わる発酵食の探究を深めてきた。
北米における発酵食ブームのパイオニアで、彼の著書『発酵の技術』は、ジェームス・ビアード財団の最優秀図書賞を受賞しニューヨークタイムズベストセラーとなった。
長期にわたりHIV感染症/エイズとともに生きるキャッツは、発酵食が彼を癒す重要な要素であると考える。
現在はテネシー州の小高い森の中にある、同性愛者のインテンショナル・コミュニティ(共通のビジョンのもとに共同生活をするコミュニティ)であるショートマウンテン・サンクチュアリの住み込み管理人のひとり。
きはらちあき
オーストラリアの大学に1年交換留学、アメリカの大学院で日本語を教えながら外国語教育学修士号取得。
帰国後、エンジニアリング系の社内通訳翻訳者として10年働いたのち、人の為になる通訳・翻訳者を目指して、ヨガ通訳・翻訳を中心に活動。
翻訳出版は本書が初めて。
日本酒とワインが好きで、ワインコーディネータ資格を持つ。
趣味はいろんな国を訪れて、その土地の人と語り、その土地の食べ物を知ること。
序章 発酵と文化のルーツをたどる旅へ
発酵フェチができるまで
第1章 発酵微生物との共存
発酵食品の健康効果
第2章 人類と発酵の歴史 その1
発酵と文化と科学の関わり
第3章 人類と発酵の歴史 その2
標準化、画一化、そして大量生産
第4章 発酵微生物を操ってみる
自分でやってみるための手引き
・タッジ(エチオピア式ハニーワイン)
第5章 野菜の発酵
・ザワークラウト
・シュークルート・フロマージュ・ルラード
・ソルトフリー(塩なし)、または塩分控えめザワークラウト
ワインザワークラウト
シードザワークラウト
海藻ザワークラウト
・ザワーリューベン
・サワービーツ
・ボルシチ
・白菜キムチ
・ラディッシュ(大根類)と根菜のキムチ
・フルーツキムチ
・サワーピクルス
・野菜ミックス漬け
・塩水漬けニンニク
・消化を助ける強壮剤やスープの出汁としての塩水
・ミルクウィード/ナスタチウムの〈ケッパー風〉さや
・日本のぬか・ふすま漬け
・グンドゥル
第6章 豆の発酵
・赤みそ
・甘みそ
・みそスープ
・みそとタヒニのスプレッド
・みそ漬けとたまり
・テンペ
・黒目豆とからす麦と海藻のテンペ
・ブロッコリーと大根とテンペの甘スパイシーソースかけ
・テンペのルーベンサンドイッチ
・ドーサとイドゥリ
・ココナッツ・チャツネ
第7章 乳製品の発酵とビーガン向け応用編
・ヨーグルト
・ラブネ(ヨーグルトチーズ)
・塩味系ヨーグルトソース:ライタとツァジキ
・キシュク
・シュールバ・アル・キシュク(レバノンのキシュクスープ)
・タラとケフィア(ヨーグルトキノコ)
・ドラウォー・クラ(チベットのタラとそば粉のパンケーキ)
・バターミルク
・ファーマー・チーズ
・レンネットチーズ
・ホエーを使った発酵:スイート・ポテト・フライ
・ペピータ(カボチャの種)のシードミルクとケフィア
・発酵ソイミルク(豆乳)
・ヒマワリのサワークリーム
第8章 穀物の発酵 その1
パンとパンケーキ
・基本のサワードウ・スターター
・リサイクル穀物パン
・タマネギとキャラウェイシードのライ麦パン
・プンパーニッケル
・ゾンネンブルーメンケルンブロート(ヒマワリの種のドイツパン)
・ハッラー
・アフガニスタンのナン
・穀物を発芽させる
・エッセネパン
・インジェラ(エチオピアのスポンジパン)
・グラウンドナッツとサツマイモのシチュー
・アラスカ辺境地域のサワードウ・ホットケーキ
・ローズマリーとニンニクとポテトの塩味サワードウ・パンケーキ
・ごまのサワードウ・ライスクラッカー(煎餅)
第9章 穀物の発酵 その2
ポリッジと飲み物
・トウモロコシとニクサタマライゼーション
・Gv-No-He-Nv ガノヘナ(チェロキー族の酸っぱいコーンドリンク)
・サワー・コーンブレッド
・多文化ポレンタ
・オギ(アフリカのキビのポリッジ)
・カラス麦のポリッジ
・甘酒
・甘酒とココナッツミルクのプディング
・クワス
・アクローシュカ
・リジュべラック
・コンブチャ(紅茶キノコ)
第10章 非穀物系アルコール発酵
ワイン、ミード、シードル
・勝手にシードル
・タッジ(エチオピアの蜂蜜酒)のいろんな風味づけ
すももまたはベリータッジ
レモンハーブ・タッジ(メセグリン)
コーヒー・バナナ・タッジ
・エルダーベリーワイン
・花のワイン
・ジンジャー・シャンパン
・シードル 第2弾
・柿のシードル・ミード
・ワインかすのスープ
・ジンジャービール
第11章 穀物系アルコール発酵
ビール
・チチャ(アンデス地域の咀嚼トウモロコシビール)
・ボウザ(古代エジプトビール)
・チャン(ネパールの米のビール)
・モルトエキス(麦芽抽出成分)からビールを作る
・マッシング:モルト(発芽穀類)からビールを作る
第12章 アルコール発酵の変化形
酢
・ワインビネガー
・リンゴ酢
・ビニャグレ・デ・ピーニャ(メキシコのパイナップル酢)
・リサイクル・フルーツ・ビネガー
・シュラブ
・スウィッツェル
・ホースラディッシュ(西洋わさび)ソース
・漬け込みビネガー
・酢漬け(ビネガー・ピクルス):さやいんげんのディル・ピクルス
・ビネグレット・ドレッシング
第13章 発酵と命の輪廻
たゆまぬ変化の力
謝辞
訳者あとがき
発酵食作りは、食品を保存し、より消化しやすく、またより栄養価を高める方法として、人類の歴史と同じくらい古くから存在しています。
土に掘った穴にキャッサバを放り込んで甘くやわらかくする熱帯地域から、 伝統的に魚をアイスクリームのような質感になるまで〈腐らせて〉から食する北極圏まで、
発酵食品はその健康に良い成分と複雑な味わいのために、大変重宝されています。
しかし残念ながら西洋の食生活からは多くの発酵食品が姿を消し、我々の健康や経済に悪影響を及ぼしています。発酵食品は消化を大いに助け、
病気からも守ってくれるものです。また伝統の手作り製品という性質上、発酵食品が消えていくことによって食品供給の集中化や工業化がますます加速し、
小規模農家や地方経済がダメージを受けています。
発酵食品の味は、慣れが必要な独特なものがほとんどです。発泡性のソルガムビールはまるで胃液のような匂いがしますが、
アフリカの一部地域では大量に消費されています。
とはいいながら、強烈な匂いを放つ腐ったミルクの塊(チーズとも呼ばれます)を喜んで味わうアフリカ人やアジア人はほとんどいない一方で、
西洋人の味覚にはたまらなく美味に感じるのです。幼いころから発酵食品を食べて育ってきた者は、発酵食品を食べると最高に幸せな気分になるものです。
また、長い時間をかけて慣れなくても、西洋人の嗜好に合う物だってたくさんあるのです。
偉大な改革者と芸術家の精神を備えたサンダー・キャッツは、この大作を世に送りだすべく果敢に努力し、お腹をすかした人々が、
本当の意味での食べ物や命の営みそのものと再びつながることを目指しました。発酵食品は、食べたときだけでなく、
作っている間にも大きな満足感を与えてくれるからです。初めてうまくできたコンブチャ(紅茶キノコ)から、
食べるのが楽しみになる味わいの手作りザワークラウトまで、発酵食作りの実践は、微生物たちと行うひとつの共同作業です。
そしてこの共同作業を通じて、目に見えないバクテリアが酵素を作る働きから、聖なる牛がもたらしてくれるミルクや食肉といった贈り物まで、
人類という種の幸福に役立ってくれるすべての営みに対し、深い尊敬の念が生まれてきます。
発酵の科学と芸術は、まさに人間文化の基本です。発酵の菌の培養(カルチャー)なくして文化(カルチャー)は存在し得ないのです。
発酵の菌を培養(カルチャー)した食品を今も食べ続けている国々、たとえばワインやチーズで知られるフランスや、漬け物やみそを作る日本などは、
文化(カルチャー)のある国だと見なされています。カルチャーはオペラハウスではなく農家から始まり、その土地やそこに住む職人たちと、
人々との間に絆を作ります。アメリカは文化に欠ける国だという意見をこれまでに多くの評論家が述べてきましたが、
缶詰にされたり、加熱殺菌処理や薬品による防腐処理を施されたりした食べ物ばかりを食べている我々アメリカ人が、
いったいどうやってカルチャーを築けるというのでしょうか? この細菌恐怖症の技術中心社会がカルチャーへの道をたどるには、
何よりもまず細菌類や真菌類と一緒に平凡なものから驚くべきものを生みだしていく魔法の関係を作って、
機械ではなく魔術師たちの作った食べ物や飲み物を我々の食卓に取り入れるようにしなくてはならない、というのは全く皮肉な話です。
本書は、古来より大切にされてきた発酵食の作り方を忘却の彼方から呼び戻そうとする努力の結晶です。しかしそれだけではありません。
健康な人々の住む平等な経済の世界を作り、また因習に縛られない自由な考えをもつがためにはみ出し者と見られがちな人々を、
発酵食の魔法をかける独特な役割を担う者として特に大切にする、よりよい社会作りへのロードマップでもあるのです。
サリー・ファロン
(料理研究家)
この本は、世界各地のさまざまな野菜、豆、乳製品や穀物を使った発酵食品や簡単なアルコール発酵を、気軽に自分で作れるように、
楽しく紹介してくれる本です。原書 “Wild Fermentation ”は2003年に発行され、ニューズウィーク誌に「発酵食作りのバイブル」だと紹介されています。
とはいえ、これは単なるレシピ本ではありません。世界の文化、科学、歴史、栄養学、社会学、経済学など、
非常に多岐にわたる分野の要素と発酵食品との関わりについての話がたくさん盛り込まれ、本書全体に散りばめられています。
本書を翻訳しながら、私自身いろんなことを知り、考えさせられました。
特に、発酵を伴う嗜好品であるチョコレート、コーヒー、紅茶の原材料を作っている国の人たちが、
自分たちの日々の食糧を作るはずの土地で作っているのは、アメリカや日本などの遠く離れた国の人々のための、
食べなくても死なない単なる嗜好品であること、その一方でアメリカや日本などの国の人は、単なる娯楽のためだけにその土地を訪れている現実などは、
自分も旅行好きなだけに、深く考えさせられました。また、長崎の秋月医師と原爆とみそ汁の話など、
日本の話なのにこの本を読むまで知らなかったことなどもあります。これ以外にもさまざまな話が裏付けとともに幅広く紹介され、
作者の興味と知識の幅広さ、そしてリサーチ力を感じます。
この作者は実にダジャレを多用する人で、上記に紹介したような真面目で深刻な話もありながら、おもわずくすっと笑ってしまう場面が非常に多いのも特徴です。
そのおかしさや、笑いあり涙ありのメリハリを、日本語でどう伝えるかで結構苦心しました。少しでもこの作者の語り口調の面白さを感じていただければと思います。
また、実は非常に変わった名前の人物がたくさん登場して、それも原書の面白みのひとつなのですが、トンデモふくろう先生を除いて、
他の人々の名前の面白さを表現しきれなかったのが少し心残りです。例えばトム・フーラリーは「ばかばかしいこと」、
マット・ディファイラーは「敷物を汚す男」という意味なので、英語だと名前を聞いた途端に笑ってしまいます。そこまで極端ではないにせよ、
ネトルズ(植物のイラクサ)、オーキッド(蘭)、レオパード(ヒョウ)など、個性的な名前の人々も多数登場し、
作者を取り巻く人物のカラフルさを感じさせるのですが、そこを本文中でいまひとつうまく表現できなかったのが残念です。
こうした物語の幅広さや語り口調の面白さに加えて、「発酵食作りのバイブル」としての内容も、多すぎず少なすぎず、非常に実用的です。
私も本書を訳しながら、実験を兼ねて掲載レシピをいくつか実際に作ってみました。すると作者の言う通り、
専門知識や専用の道具などなくても発酵食品は作れてしまうことを実感しました。今やザワークラウトとケフィアは我が家の定番となり、
少しずつ他のレシピにも挑戦しています。また、本書のおかげで玄米は必ず自分で発芽させ、
トウモロコシも「ニクサタマライズ」処理してから食べるようになりました。ひと手間かけることで、
おいしくて栄養価の高い食品が気軽にいつでも食べられるようになったのです。
この本は、そういったいろんな意味での「おいしさ」を味わうヒントをたっぷり教えてくれます。
ただ、実際に作ってみて感じたのは、作者が本書の中で述べている通り、ここに載っている「材料」や「分量」はあくまで目安であり、
「こういう状態になる」と作者が説明するようすにもっていくほうが重要だということです。発酵微生物という生き物が相手の作業なので、
温度や湿度などの環境条件や、使う材料の状態などによって反応が変わり、1+1が単純に2になるとは限りません。
例えば私が蜂蜜水の発酵に挑戦した時、本書に書いてある分量の割合どおりに作ってもしばらく何も起きませんでしたが、
もう少し水を加えてみるといきなりブクブクし始めました。逆に、勢いよく発酵していたザワークラウトに、市販の塩麹こんぶを加えた途端、
保存料が入っていたのか、泡立ちがぱったり止まったこともありました。
自分の環境と使う材料で、いったい何をどれくらい入れて、どうするのが一番いいのかは、もういろいろ試して感覚をつかむしかありません。
おまけに相手はもの言わぬ生き物なので、いつ何をして欲しいのかがわかりにくく、もどかしさを感じることもあります。
しかしそれだけに、自分の仕掛けた発酵食品がブクブク泡立ち始めると、嬉しさもひとしおです。
発酵食品は、思い立って作ってすぐに食べるのは不可能です。微生物という生命の営みが相手なので、子供と同じように、赤ん坊からすぐに大人にはなりません。
ある程度の時間的余裕、もっというと気持ちの余裕が必要です。ファストフードやレンジでチンといった食べ物とは真逆になります。
こうした発酵食品を、時間をかけて作って食べると、単に空腹感を解消するためだけの物を無意識に体に詰め込むのではなく、
生き物を扱って、その命をいただいて、自分の体に取り込んでいる感覚が生まれてきます。
発酵の泡を見ていると、目には見えない命の存在を強く感じます。食べ物は生きていく上で欠かせないものであり、食べたものがそのまま自分になる以上、
とにかくお腹をいっぱいにする死んだ物を食べるより、体に良い生きた食べ物を食べたほうがいいのは明らかです。
この本を読んで、日々向き合う食べ物や、食べるということが、毎日の何気ない行為でありながら、どれだけ不思議でパワフルなことなのか、
また自分よりずっと大きなものや小さなものとの複雑なつながりの上に成り立っている行為なのかを感じる機会にしてもらえれば幸いです。
2015年1月
きはらちあき