トーマス・シーリー（Thomas. Seeley）
1952年生まれ。米国ダートマス大学卒業後、ハーバード大学でミツバチの研究により博士号を取得。現在コーネル大学生物学教授。
著書に『ミツバチの知恵』（青土社 1998）などがある。
コハナバチ科の新種のハチ Neocorynurella seeleyi は著者にちなんで命名された。

片岡夏実（かたおか・なつみ）
1964年、神奈川県生まれ。
主な訳書にマーク・ライスナー『砂漠のキャデラック　アメリカの水資源開発』、エリザベス・エコノミー『中国環境リポート』、デイビッド・モントゴメリー『土の文明史』（以上、築地書館）、ジュリアン・クリブ『９０億人の食糧問題』（シーエムシー出版）など。

  プロローグ
　第１章　ミツバチ　入門編
  集団的知能
  ミツバチのダンス
  土まみれのダンサー
  ミツバチに夢中の日々

　第２章　ミツバチコロニーの生活
  複合的生物
  独特の年間サイクル
  コロニーの繁殖
  分蜂

　第３章　ミツバチの理想の住処
  野生のコロニーの巣
  ミツバチが好む場所
  無料でミツバチを手に入れる方法
  不動産鑑定

　第４章　探索バチの議論
  リンダウアーの分蜂群
  私の分蜂群
  果敢な探検者たち

　第５章　最良の候補地での合意
  ベスト・オブ・Ｎ
  15リットルの中級品
  ミツバチの心の窓
  実験本番
  すべてを知り尽くした分蜂群

　第６章　合意の形成
  活発なダンスと気の抜けたダンス
  ダンスの強さによる候補地の質の表現
  強いものはより強く
  反対意見の消失

　第７章　引っ越しの開始
  飛行前のウォーミングアップ
  笛鳴らしをする熱いハチ
  騒ぐブンブン走行バチ
  合意か定足数か
  なぜ定足数を感知するのか？

　第８章　飛行中の分蜂群の誘導
  分蜂群を追って
  リーダーと追従バチ
  ふさがれた発香器官
  急行バチの流れ
  ミツバチ追跡のためのコンピューター・ビジョン・アルゴリズム
  案内係の集合

　第９章　認知主体としての分蜂群
  意思決定の概念的枠組み
  分蜂群の感覚変換
  分蜂群の決定変換
  分蜂群の行動変換
  最適設計の収斂点？

　第10章　分蜂群の知恵
  教訓１：意思決定集団は、利害が一致し、互いに敬意を抱く個人で構成する
  教訓２：リーダーが集団の考えに及ぼす影響をできるだけ小さくする
  教訓３：多様な解答を探る
  教訓４：集団の知識を議論を通じてまとめる
  教訓５：定足数反応を使って一貫性、正確性、スピードを確保する

　エピローグ

　索引

　訳者あとがき

　養蜂家は昔から、晩春から初夏にかけてハチの群れがよく巣分かれ〈分蜂〉してしまうのを見て、嘆いてきた。これが起きると、蜂コロニー群の大多数、１万匹ほどの働きバチが現在の女王バチと共に飛んでいって、新しいコロニーを作る。一方、元の巣に残ったハチは新女王を育て、元のコロニーを永続させる。移住するミツバチは木の枝に集まってあごひげのような塊を作り、数時間から数日間一緒にぶら下がっている。この間、宿無しのハチたちは実に驚くべきことをする。新しい巣を選ぶにあたって民主的な討論を行なうのだ。

　本書は、ミツバチがこの民主的意思決定プロセスをどのように実行するかを論じたものだ。分蜂群でもっとも古参の数百匹のハチが、新しい巣の場所を探索するために飛び出していき、山野に暗い隙間を探し始める様子を私たちは調べる。これら家探しのハチたちが、発見した巣の候補地をどのように評価し、自分の発見を仲間の探索バチに生き生きとしたダンスで宣伝し、一番いい場所を選ぶために活発に議論し、分蜂群全部を飛び立たせ新しい巣の場所（一般的には数キロ離れた木の空洞）まで、その大群を案内するかを見る。

　私がミツバチの分蜂における民主主義について書こうとした動機は、二つある。一つは、生物学者と社会科学者のために、このテーマに関する研究を簡潔にまとめたものを発表したかったからだ。これはドイツのマルティン・リンダウアーの研究に始まり、過去60年にわたり行なわれてきた。これまで、このテーマについての情報は、さまざまな科学雑誌に掲載された何十本もの論文に分散しており、一つひとつの発見が、それぞれどうつながっているのか、わかりにくかった。どのようにミツバチが直接的、合意形成的な集合から民主的決定を行なうかという話は、社会性動物の集団意思決定方法に関心を持つ行動生物学者には、間違いなく重要なものだ。これが、意思決定の神経的基盤を研究する神経科学者にとっても有意義であることを私は願っている。ミツバチの分蜂群と類人猿の脳には、意思決定をするための情報処理方法に興味深い類似があるからだ。

さらに、家探しのハチの話が、社会科学者がヒト集団による意思決定の信頼性を高める方法を探すのに役立って欲しいと思う。この点について私たちがミツバチから学ぶことができる大切な教訓が一つある。それは、共通の利害を持つ仲のいい個体からなる集団であっても、論争は意思決定プロセスの有益な要素となりうることだ。つまり、難しい問題の最適な解決方法を見つけだすために、ものごとを念入りに議論し尽くすことは、たいてい集団の利益になるのだ。

本書を書いた二つ目の動機は、私がミツバチの分蜂を調査する中で経験した喜びを、養蜂家や一般読者と分かち合うためだ。何日も何週間にも（当然ながら）およぶ、実りなく時にはくじけそうな作業の合間に、純粋な発見の喜びが散りばめられているのは、この小さく愛らしい生き物のおかげだ。ミツバチ研究の楽しさとやりがいを伝えるために、私はいくつもの個人的なできごと、推測、科学研究についての考えなどを書いていくつもりでいる。

　ここに記した研究は、故マルティン・リンダウアー教授（1918〜2008）が1950年代に行なった家探しのハチの調査で生み出した、確固たる知識の基礎の上に成り立っている。その先駆的な調査によってミツバチ社会という不思議な世界の探求に私を駆り立てた、友であり師であるマルティン・リンダウアー先生に本書を捧げる。

トーマス・シーリー
ニューヨーク州イサカにて