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地球被曝はじまりの半世紀 地球被曝はじまりの半世紀

【内容紹介】本書「本文」より


 これまで世界は、ウラン鉱石の採掘と精練・転換・濃縮、軍事用核物質の製造と核兵器製造、核兵器の火災事故、核実験、原子力発電用の燃料製造と原子力発電、原子力発電所の事故、使用済み核燃料の再処理、核物質の輸送、核廃棄物の処理と投棄、核物質の盗難と密売などによって、膨大な数の被曝者を生み出してきた。
 被曝者とは放射能と放射線によって被害をうけた人びとである。アメリカの原爆投下によって被害をうけた広島、長崎の人びとは被爆者とよばれるが、放射能と放射線の被害をうけており、やはり被曝者である。
 海外、とくに英語圏の国々では、広島・長崎の被爆者を「レディエーション・サバイバーズ」(放射線被害を生き延びた人びと)とよび、その他の被曝者は「レディエーション・ビクテムズ」(放射線犠牲者)、「レディエーション・エクスポージャー」(放射線をあびせられた人びと)とよんでいる。しかし、いまでは、HIBAKUSYA---ヒバクシャといういい方が一般的になりつつある。
 ヒバクシャは健康を蝕まれるばかりか、精神的な影響を受けている。いまは健康に問題はないが、近い将来、ガンなどにかかるのではないか、自分の子どもたちに被曝の影響が現れるのではないかと恐れることがそれであり、「サイコロジカル・エフェクト」(被曝による精神的影響)とよばれている。また、故郷の地が放射能に汚染されたことでその地を離れることを余儀なくされ、故郷の地に根ざした伝統、文化、暮らしが成り立たなくなっている。このことについての特別な言葉はないが、放射能の影響を受けて異郷の地で暮らす人びとを、私は「核難民」「被曝難民」とよんでいる。これら被曝の影響は、広島、長崎の被爆者ばかりか、すべての被曝者が日々体験していることである。
 これまで世界ではいくつかの被曝者大会が開かれてきた。しかし、被曝者のほとんど多くは、いまなお被曝者として認められず、補償もうけていない。
【内容紹介】本書「あとがき」より

 今年、1995年は、アメリカによる世界最初の原爆トリニティの爆発と、それに続く広島、長崎への原爆投下からちょうど50年目にあたる。
 この半世紀間は「核の時代」とよばれている。
 この間、世界では、アメリカ、旧ソ連、イギリス、フランス、中国、インドの6カ国によって少なくとも2289回の核実験が行われ、多数の人びとが被曝させられた。また、スリーマイル島原発とチェルノブイリ原発事故も体験し、とくにチェルノブイリ原発事故では地球上に住むすべての人びとが被曝させられた。
 ヒバクシャは核実験と原発事故だけで生み出されたわけではない。ウラン鉱石の採掘と精錬からはじまり、転換、濃縮、原子力発電用の核燃料製造と原発の運転、軍事用核物質の製造と核兵器製造、使用済み核燃料の再処理とプルトニウムの抽出、核廃棄物処理などの「核サイクル」のすべての過程から生み出された膨大な量の放射能と放射線によっても生み出された。地球は放射能に満ち、いまや、われわれはみな核の風下の人びとになった。
 しかし、生み出された膨大な量の放射能は見えず、臭いもせず、感ずることができない。生み出されたヒバクシャも外見からは被曝の影響は見えない。ヒバクシャは健康を蝕まれ、精神的にも蝕まれているが、それらは内部にこもっているからである。ヒバクシャは肉体的にも精神的にも緩慢な死に追いやられている。見えないことを理由に、私たちは、生み出された放射能といまなお生み出されつづける放射能に無関心であり、ヒバクシャの存在にも無関心である。
 「核の時代」の半世紀にあたる今年はまた、壮絶をきわめた第二次世界大戦の終了から50年目にあたり、世界各地で顧みることが行なわれている。第二次世界大戦を省みることをせず、顧みることで、50年前の戦争にピリオドを打とうとしている。その勢いは広島、長崎の被爆が内包する問題を飲み込み、半世紀間の「核の時代」が生み出している問題をも飲み込む勢いだ。
 しかし、広島、長崎の被爆も、半世紀間の「核の時代」にもピリオドを打つことはできない。50年という時間は、この間に生み出され、撒き散らされた放射能のうちもっとも危険とされるプルトニウム239の半減期のわずか480分の1にしかすぎない。プルトニウムだけではなく、ほかにも半減期の短い放射能が生み出され、撒き散らされたが、それらはあまりにも膨大な量である。人間と環境はいまなお被曝されつづけている。
 これ以上、核の風下の人びとを生み出さないためには、軍事用・エネルギー利用の核物質の生産を停止し、地球に撒き散らされた放射能を回収し、安全に処理することである。戦争の抑止、新たなエネルギー源という名目で「核の時代」を生み出した私たちの責任である。それを、いますぐしなければ、また新たな核の風下の人びとを生み出すことになる。
 本書は、1978年に太平洋のマーシャル諸島の核実験のヒバクシャを取材して以来、各地で生み出された世界の核の風下の人びとの記録の一部である。取材をさせていただいたヒバクシャのなかに、その後亡くなった方々が大勢いる。心からご冥福を祈ります。世界にはまだ、隠された、知られざる核の風下の人びとが数多く存在している。また、核の風下の人びとにされていることを知らない人びとがいる。私の核の風下の人びとを訪ねる取材の旅はこれからも続く。
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