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[新]人体の矛盾

【内容紹介】●本書「まえがき」より


 人体を構成している器官や組織や細胞のいずれかをとりあげ、その構造や働きを探求するなら、そこには驚嘆するばかりの合理性がみいだされる。たとえば、眼球はカメラにたとえられて、その精巧さが説明されるが、眼球のすべての部分は生きた細胞からできているわけで、傷ついた場合にも、その修復能力は自動的で、カメラのたぐいではない。純粋に光学的な機能からみると、カメラの優れた面もあるだろうが、ヒトの眼球からの情報は、脳の情報処理によって補正され、比類のないすばらしい視覚の世界をつくりあげている。
 このように、人体はおどろくばかり緻密かつ精密に、そして無駄なくできており、それぞれの器官や組織や細胞が協調しあって、全体が調和のとれたみごとな統一体をつくりあげている。このような自然のつくりあげた巧みの世界は、解明しつくすことができない奥の深いものを感じさせる。
 ところが、人体は調和と統一性をもつ反面、いろいろな死や病気といった調和と統一の破綻があることも、厳然たる事実である。心臓や脳の血管がつまってしまうのは、現象的には血管壁の硬化にちがいないが、なぜ血管に硬化が生じ、その場所が心臓や脳であるのかは、このような現象的な探究からだけでは説明がむずかしい。
 ここに、一つの比喩として都市の交通網をあげることができる。ある幹線道路と旧道とのあいだの交差点に、交通事故が多発しているとすると、個々の事故には運転者の不注意などが原因することもあるが、交差点そのものの構造的な欠陥であるばあいもある。その欠陥が、旧道と新しい幹線道路の不調和に原因がもとめられることもあるだろう。旧道には旧道の歴史があり、新道にもそれがつくられた複雑な背景がある。
 このような比喩と同じように、ヒトの体内の病気といった現象の背景には、古い構造物と新しい構造物のあいだの不調和、矛盾にこそ、真の原因がもとめられることもすくなくない。
 人体の一つひとつの器官の形や働きは、たんなる機能的な合理性だけからなりたっているわけではない。それは、一つひとつの器官の起源と、その後の人体がたどった、内部と外部との複雑な関連の歴史の結果にほかならない。
 調和と統一をたもった人体も、一つひとつの器官が起源した時代によって分析するならば、生命の起源以来、じつに35億年の歴史をもつ古いものから、現在もなおつくられつつある器官まで、新旧さまざまな器官のよせあつめであることがわかる。人体は、このような歴史的な重層構造をもちながらも、全体として調和し統一をたもっているが、その調和と統一は、けっして恒久的なものでもなければ、本質的なものでもなく、むしろ、これらの器官の間の新旧のちがいとその矛盾にこそ、生命現象の本質がよこたわっており、進化の本質があると思われる。
 本書では、人体のいくつかの器官をとりあげ、その起源の古いものから新しいものの順に、それぞれの器官がたどった歴史をふりかえってみたいと思う。ここにとりあげた器官は、人体のほんの一部にすぎないが、自分自身の体内にもつ、壮大な生命の歴史と、合理性の反面にある人体の矛盾を理解していただければ、幸いである。
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