| デイビッド・ホワイトハウス[著] 西田美緒子[訳] 3,400円+税 四六判上製 404頁+口絵8頁 2020年2月刊行 ISBN978-4-8067-1597-9 地球に最も近い天体である月は、 古代エジプト、イスラム、ルネサンスから近現代の科学者まで、 無数の人びとを魅了し、科学研究を動機付けてきた。 天文学への造詣の深い著者が、 先史時代から現代までの、神話から科学研究までの、 人間と月との関係を描いた異色の月大全。 |
デイビッド・ホワイトハウス(David Whitehouse)
イギリスの科学ライター。
かつてはジョドレルバンク天文台およびロンドン大学マラード宇宙科学研究所に在籍し、NASA のミッションにも参加経験がある。
その後、BBC 放送の科学担当記者となり、テレビ番組やラジオ番組に出演するかたわら、イギリスの雑誌や新聞に定期的に寄稿。
王立天文学会会員。2006 年には科学とメディアへの貢献をたたえて、小惑星(4036)が「ホワイトハウス」と名付けられた。
著書に、『地底 地球深部探求の歴史』(築地書館)などがある。
西田美緒子(にしだ・みおこ)
翻訳家。津田塾大学英文学科卒業。
訳書に、『FBI 捜査官が教える「しぐさ」の心理学』『世界一素朴な質問、宇宙一美しい答え』『動物になって生きてみた』(以上、河出書房新社)、
『音楽好きな脳』『細菌が世界を支配する』『サイボーグ化する動物たち』(以上、白揚社)、
『心を操る寄生生物』『猫はこうして地球を征服した』(以上、インターシフト)、
『第6 の大絶滅は起こるのか』(築地書館)ほか多数。
1 ラスコー洞窟から月を見る
月の魅力
原始の暦
2 月の地形をたどる
姿を変える月
最も美しい海
クレーターをたどる
著名人たちのクレーター
壮大な海
月の南側
嵐の大洋
満月
欠けていく月
3 月の光
神から天体へ
偉大な天文学者たち
観察と想像
4 月神シンと忘れられた神殿
アラビアの天文学者
アルハーゼンとイブン・スィーナー
5 さまざまに描かれる月
月の神話
絵画に描かれた月
レオナルド・ダ・ヴィンチの望遠鏡
多様な月世界
6 レンズの進化と望遠鏡
レンズの誕生
望遠鏡を月に向けたガリレオ
イギリスのガリレオ
埋もれた天才
7 月をめぐる最初の競争
最初に月の地図を作るのは誰か
世界地図の広まり
経度と月
ラングレンの月面図
ラングレンVSヘヴェリウス
月の地形に名前をつける
8 修道士リッチョーリの苦悩
修道士の命名法
フックVSニュートン
経度問題
9 月面を闊歩するユニコーン
惑星の発見者
シュレーターの悲劇
知的生命体の発見?
10 月に肉薄した人々
月理学の進歩
消えたクレーター
カメラがとらえた月
11 月に迫る地質学者と科学者
近代の月
大型望遠鏡と米国の台頭
迷走する天文学者たち
完成間近な月面地図
宇宙探査の貢献者
12 月がもつ裏の顔
月と体の不調
月と犯罪
月と女性の体
月と動植物
月の影響力
13 コロリョフの夢
アメリカとソビエトの宇宙探査競争
初の人工衛星、スプートニク
月に核爆弾を打ち込む
14 月面軟着陸、成功
探査機が月に到達
有人探査機へのカウントダウン
月からテレビ画像が届く
月から見た地球の姿
15 「ここはとても美しい」
フォン・ブラウンと第二次世界大戦
ケネディの野望
近づく有人月面着陸
アポロ11号の成功
16 忘れられていく月
ロケット開発者の権力闘争
キーマンの不在と死亡事故
望みをつなぐソビエト
最後の月探査
縮小されていくアポロ計画
17 偶然、誕生した月
月の起源
原初の時代
天体の衝突
ガスと岩屑
地球の傾きと月
月を構成する物質
生命誕生の鍵
18 月面前哨基地、建設計画
居住に必要なもの
19 月から火星へ
月に水があった!
月探査ブーム再来か?
アメリカ宇宙政策の行方
新たな計画
20 月を刻みつけた人たち
謝辞
訳者あとがき
索引
月を見上げたことのない人はいないだろう。1歳か2歳の幼い子どもでも、夕闇が迫る雲のない空に浮かんだ美しい三日月や満月をじっと見つめるし、大人になっても、ふと見上げた空に月があれば目にとめる。
だが著者が言うように、「望遠鏡越しに月を見て息をのむような経験をした人は、ましてや月のリズムを理解するために時間を割いたことがある人は、いったい何人いるだろうか。月旅行が現実味を増しているにもかかわらず、現代人は月との触れ合いをなくしてしまった」。もちろんアマチュア天文家やカメラ愛好家など、高い倍率の望遠鏡を使って熱心に月を観測し、日々鮮明な画像を残している人たちも数多くいる。それでも大半の人々は、空にあるのが当たり前の月を、ほとんど気にせずに暮らしている。
訳者自身も本書に出合うまでは、多くの人たちと同様、月食があるとニュースで知った特別な夜や、たまたま目に入った月を「きれいだな」と眺める機会のほかは、その存在についてほとんど考えずに過ごしてきたように思う。本書はそうした多くの人たちに、かけがえのない月の存在を思いださせてくれる1冊だ。
ラスコーの洞窟に描かれた先史時代の人々が見た月をめぐる第1章で、その時代から今までずっと同じ月が空にあるという思いに導かれ、29.5日間にわたる月の1か月の満ち欠けを詳しく描いた第2章で、見ているようで見ていなかった月の真の姿に触れる。1日ごとに次々と夜明けを迎える月の海やクレーター、山脈の光景に、圧倒されるばかりだ。
その後は、神話の世界や古代文明にとっての月、月や星を中心とした宇宙をめぐる古代の賢人たちの思索、月の姿を紙の上にとどめようとした人々の競争、次々に登場する天才たち、そして望遠鏡や写真などの発明に思いをはせているうちに、時代は現代に入る。
最初に起きたムーン・レースは月面地図製作の一番乗りを競うものだったが、第2のムーン・レースでは冷戦時代の米ソ両陣営が月面への一番乗りを競った。宇宙を目指して次々とロケットを発射した両国の競争と、アポロ11号の成功で人類が月面に刻んだ第一歩は、まだ私たちの記憶に新しい。その時代、奇しくも米ソ両国にひとりずつの天才がいて、互いを直接知ることもなくロケット開発にしのぎを削っていた事実は、人の運命の不思議さ、彼らの運命を導いた月の存在の不思議さを思わせずにはおかない。
また、月に水が存在する可能性が浮上したことにより、再び月探査が活気を帯びてきている。月の未来の姿は地球に資源を供給する基地なのか、それとも火星行きを目指す中継基地なのかも、気にかかるところだ。
このように私たちの文明に大きな力を及ぼしてきた月は、いったいどのようにして生まれたのだろう? 諸説あるなか、最新の巨大衝突説とそのシミュレーションは大きな説得力をもっている。実際にふたつの天体の衝突によって今の姿の地球と月とが生まれたのなら、そして絶妙な大きさの衛星となった月が地球の身代わりとして小惑星や巨大隕石の衝突を受け止めてくれたのなら、ここでさらに大きな運命の不思議さに直面する。
およそ44億年前からずっと地球の空に浮かぶ月は、およそ5億年前の複雑生命の誕生も、たった20万年前のホモ・サピエンスの誕生も、ずっと見守ってきた。そして今、月と太陽の見かけの大きさがほぼ同じで、金環日食という美しい現象を私たちに見せてくれる不思議。
こうして本書は、月の壮大な物語をあますことなく読者に伝えてくれる。読後にはきっと、月を見上げる自分の目が大きく変わっていることに気づくだろう。訳者自身、今では月の存在が気になってしかたない。満月や新月の日付を毎月確認するし、ことあるごとに月を探し、しばらくのあいだ見つめる。家にあった子ども向けの天体望遠鏡を満月に向けてもみた。友人のまた友人にあたるカメラの達人が撮影したストロベリームーンを、携帯電話の壁紙に設定して毎日眺めている。携帯画面の満月で、「ティコ」クレーターや「コペルニクス」クレーターが明るく輝いている。
読者のみなさんにも、本書を読んで月を見る目が変わったこと、宇宙に浮かぶ孤独なオアシスである地球と40億年以上もともに歴史を刻んできた月の運命に思いを巡らすようになったことを実感していただけるなら、訳者としてとても嬉しく思う。
本書は、デイビッド・ホワイトハウス著、 "The Moon: A Biography" を翻訳したものだ。著者はイギリス在住で、マンチェスター・ビクトリア大学で天文物理学の博士号を取得した後、BBC科学担当記者、BBCニュースオンライン科学担当エディターなどを経て、現在は科学を中心としたジャーナリスト、ライターとして活躍している。ジョドレルバンク天文台やNASAで働いた経験ももち、王立天文学会の会員にもなっている。子どものころ抱いた天文への興味を今もなおもちつづけ、天体や宇宙探査についていくつもの著書を生み出している。月についてのすべてを緻密に、そして楽しく語る視線は、この著者ならではのものだろう。
月の暦、月の地名、満月と人の体、月の起源……。
月について知っているようでいて、知らないことがまだまだあった。
幼少の頃から月に惹かれ、天文学の世界に身を投じた著者が、
世界各地の月と人とのかかわりを、古代文明、神話の世界からアポロ11号、月への移住計画まで、縦横無尽に語り尽くした。
読み終えたあと、これまで見てきた月が、ちがって見えてくる。