| 森田ゆり[編著] 2,400円+税 A5判並製 296頁 2018年6月刊行 ISBN978-4-8067-1562-7 子ども虐待問題の解決に不可欠な親の回復。 「MY TREEプログラム」は過去17年間の実践を通して各地の児童相談所などですでに1048名の回復者を出し、大きな成果を挙げてきた。 日本で開発された、マインドフルネスを使う、効果の高いプログラムとして注目されるその内容を、開発者自らが思想と技法からファシリテーター人財育成まで詳細に語る。 ひとり悩み苦しんできた親たちが、生きる力をとりもどした自分を語る言葉と絵が感動を呼ぶ。 ――子ども虐待とはこれまで人として尊重されなかった痛みや悲しみを怒りの形で子どもに爆発させている行動です。MY TREEはその感情、身体、理性、魂のすべてに働きかけるプログラムです。木や太陽や風や雲からも生命力の源をもらうという人間本来のごく自然な感覚を取り戻します。さらに自分の苦しみに涙してくれる仲間がいるという、人とつながれることの喜びは、本来誰でもが内に持つ健康に生きる力を輝かせるのです――(本書より抜粋) |
森田ゆり(もりた・ゆり)
米国と日本で、ダイバーシティ、人権、子ども・女性への虐待防止専門職の養成に35年以上携わる。
その間7年間はカリフォルニア大学で多様性・性差別・ハラスメントなど、
人権問題の研修プログラムの開発と大学教職員への研修指導に当たる。
日本でエンパワメント・センターを設立し、多様性、性暴力、虐待、DV、ヨガと瞑想などをテーマに全国で研修活動をしている。
参加型研修プログラムの開発、及びそのファシリテーター人材養成のパイオニア。
アロハ・キッズ・ヨガ主宰。元立命館大学客員教授。
第57回保健文化賞、産経児童文化賞、朝日ジャーナル・ノンフィクション大賞、アメリカン・ヨガ・アライアンス賞などを受賞。
はじめに
第1章 3人のキーパーソンに聴く〔聴き手 森田ゆり〕
平成28年の法改正で子どもが権利の主体であることが明確に
山本麻里(厚生労働省 子ども家庭局審議官)
被虐待児の人権を守る司法の役割とは?
吉田恒雄(法律学者 駿河台大学教授)
孤立が一番危険です。少しずつ人の力を借りて
小西聖子(精神科医 武蔵野大学心理臨床センター長)
第2章 MY TREEペアレンツ・プログラムのあらまし
その言葉に惹かれて――親たちへの案内
セッション・プラン――いのちの力をとりもどす
プログラムの構成――瞑想ワーク・学び・語り
目的と対象者――セルフケアと問題解決で虐待的言動を終止する
虐待に至った親たちの苦悩を受け止める
虐待の世代間連鎖はほんとう?――連鎖の神話に苦しむ親たち
第3章 MY TREEのフレームワークという思想
「虐待」とは力の濫用という意味
「人権=生きる力」がプログラムの土台
公衆衛生の視点
子ども観か子ども像か――あるがままに子どもを観る
発達障がいではなく脳神経多様性
エンパワメントは援助の具体的スキル
生きる力のみなもと
外的抑圧と内的抑圧
レジリアンス――受けてきた抑圧が大きいほど跳ね返す力は強い
第4章 瞑想と学びと語りの方法
シンボルとたとえ話
方法の全体像――1本の木
5つの根(エンパワメント・ホーリスティック〔全体性〕・コミュニティー・ジェンダーの視点・多様性〔ダイバーシティ〕)
ソマティック(身体から)・アプローチ――瞑想ワーク
木の絵を描く
7つ道具(ツール)
8つのストレス要因・私の木の観察・ぬいぐるみとタイマー・5つの約束・怒りの仮面・死の危険・2冊のテキスト
「体罰は時には必要」から「体罰の必要な時はない」へ
体罰の6つの問題
愛着再形成のために誰でもができること
語りのパワー
グループ・エンパワメント
「ちかいの言葉」が効果を発揮するとき
家族えん会議――修復的司法、ファミリー・グループ・カンファレンスの方法
ビルディング・ブロックス――構造的心理教育とナラティブ・トーク
第5章 プログラムを修了した親たちからのメッセージ
まだ、出会っていない人へ たま
内なる変化――過去が過去になる ひろりん
母への怒りを少しずつ手放せるようになった T
誇りみたいなやりとげた何かが自分にある マカロン
比べて育てることがどんなに子どもを傷つけていたか M
私は私を取り戻した T
県、市の関係機関との協力が実ったケース 日光市のA・B
MY TREEと私 霜月
第6章 親たちと向き合ってきた実践者からのメッセージ
――実践者の多様性がMY TREEのストレンス(strength)
一人の少年との出会いから始まった 中川和子(フェミニストカウンセラー)
MY TREEを抱える環境と対話 伊藤悠子(看護師 大阪府・大阪市共同実行官民協働事業受託MY TREE実践者)
MYTREEに思いを寄せて 白山真知子(臨床心理士 元摂津市こども育成課参事兼家庭児童相談室長)
MY TREEにたどりついて 井上佳代(加東市家庭児童相談室)
わたしとMY TREE 畠山憲夫(自立支援ホーム施設長)
「ゆずりは」における実践から 広瀬朋美(アフターケア相談所スタッフ)
第7章 実践者の人財育成
養成講座とスーパービジョン
簡潔で的確なコメント力の高度なスキル
気づきとは何か――自分がヒーローの物語を生きるために
共感力とは「味方になる」こと
受容と変容の弁証法――中道
DBT(弁証法的行動療法)から学んだ臨床のガイド
チェーンアナリシス(連鎖分析)
MY TREEの10の前提
第8章 効果調査
MY TREEペアレンツ・プログラムの量的意識調査から見た効果測定 八重樫牧子(福山市立大学名誉教授)
MY TREEペアレンツ・プログラムの第三者評価 中川和子(MY TREE事務局長)
児童相談所の立場から 三木 馨(奈良県高田こども家庭相談センター)
あとがき
参考文献
〈付録〉
1 新聞記事抜粋
2 MY TREEプログラム研究論文掲載雑誌リスト
3 MY TREE出版物について
4 瞑想(扁頭体トレーニング)35日間ワークシート
子ども虐待とはこれまで人として尊重されなかった痛みや悲しみを怒りの形で子どもに爆発させている行動です。MY TREEはその感情、身体、理性、魂のすべてに働きかけるプログラムです。木や太陽や風や雲からも生命力のみなもとをもらうという人間本来のごく自然な感覚を取り戻します。さらに自分の苦しみに涙してくれる仲間がいるという、人とつながれることの喜びは、本来誰でもが内に持つ健康に生きる力を輝かせるのです。
これは、17年前MY TREEペアレンツ・プログラムを始めたときに作成したリーフレットのイントロの文章です。今も少しも変わらない信念のもとで同じリーフレットを使って実践を続けています。
2001年8月、兵庫県尼崎市で6歳の少年に対する衝撃的な虐待死事件が起きたとき、MY TREEペアレンツ・プログラムは、すぐ隣の市でその最初の実践準備中でした。
事件は6歳の少年が児童養護施設から一時帰宅中に、母親と義理の父親によって繰り返し殴打・暴行され、脳内出血で死亡後、運河に捨てられるというものでした。虐待行為は陰惨ですが、虐待が一気にエスカレートする前、母親は自ら児童相談所に助けを求めていました。施設の職員にも自分の虐待行動の非を認めて、子どもへの関わり方を変えたい気持ちを語っていたと施設の所長は証言していました。
「親が変わらなければ子どもは自宅に帰れない。親への指導やサポートが大事だ。しかし、うちには一人の子にそこまでできるだけの体制はない。両親をサポートできる機関がもっとあればと思う。公的機関であれ、地域のコミュニティーであれ、『この親はだめ』ではなく、親をどう支援していくかが課題だ」(2001年9月5日付け毎日新聞)
事件の詳細が明らかになればなるほど、このようなケースにこそMY TREEペアレンツ・プログラム(以下、MY TREEプログラムと標記する)が必要なのにと、悔しく、またもどかしい思いに駆られたのでした。この事件を皮切りにその後次々と虐待死報道が続くことになります。
2000年5月に成立した児童虐待防止法の立法過程で、筆者は国会参考人として虐待した親の回復支援を法制度の中に組み込む重要性を訴えましたが、法制化には至りませんでした。そこで成立と同時に「児童虐待防止法の改正を準備する会」を立ち上げ、親支援の課題にとどまらず、その他多くの改正必要点について現場の声を集め、論点整理をする作業にとりかかりました。法制化が必要とされる問題点の提言に対する、約200人の会員のフィードバックを得る中ではっきりしたことは、たとえ親の回復支援を義務付ける法改正がされてもその受け皿が日本には無きに等しいという現実でした。
親への回復プログラムを開発実践し、日本におけるその方法論と経験のノウハウの蓄積を始めないことには法改正すらできないと痛感したことが、MY TREEプログラムの開発と実践の始まりでした。
1980年代にカリフォルニア州政府社会福祉局子ども虐待防止室の研修業務についていた筆者は、米国・カナダにおける虐待対応のペアレンティング・プログラムの大半が、しつけの効果的スキルの習得を中心とした合理主義的アプローチであることに違和感と不満を抱いていました。80年代のアメリカは第二波認知行動療法の全盛期でもあり虐待対応の親プログラムはいずれも認知を変えることに焦点を置いたものばかりでした。米国生活の多くをネイティブ・アメリカン先住民との関わりの中で過ごしていたこと、あるいは日本で生まれ育ったことも、ソマティック(身体的)なアプローチを排除した西欧合理主義的な心理療法に対する筆者の違和感に影響していたかもしれません。もっと人間の全体性(理性、感情、身体感覚、精神性)を視野に入れたホーリスティック(全体的)なプログラムでなければ、効果を得られないのではないかとの長年の問題意識を出発点に、気功や瞑想(めいそう)も取り入れ、身体と感情と認知の相互作用を重視する東洋の伝統的健康法や、自然や季節の移り変わりを心身で感じ言語化する日本の風土にあった親の回復プログラムの開発を目指しました。
さらに、90年代にカリフォルニア大学のダイバーシティ主任研究員として培った心理教育プログラム開発の理論と方法の経験蓄積が、MY TREEプログラムを構造的カリキュラムにすることに大きく貢献しています。
2001年12月から1年半にわたって試験的に3グループ(13回のグループセッション+3回の個人面接+2回のリユニオン)で実践して改良を重ねた上で、2003年3月に第1回MY TREE実践者養成講座を開催しました。全国から応募のあった約90人の中から厳選された30人が講座を受講し、受講修了者の中からさらに12人が実践者となり、スーパービジョン体制のもとに、2003年の夏から兵庫県と大阪府内6ヶ所での実践が始まりました。
実践の手ごたえは予想以上でした。子どもへの虐待的言動がやめられないでいる親に限定した10人前後のグループの全セッションに大半の参加者が休むことなく通い、多くの参加者が虐待的言動を終止しました。実践者は毎回の準備と終了後のスタッフ間の振り返りで多大の時間がとられるこのプログラム実施の大変さにもまして、人生の苦悩を語る参加者の言葉の深さに心打たれ、人が変わることの感動に身を震わせる貴重な経験を共有させてもらってきました。
虐待に至ってしまった親たちの回復支援は、子育てスキルを教える養育支援ではありません。母親支援でも、父親支援でも、子育て支援でもなく、その人の全体性回復への支援です。虐待行動に悩む親たちは、今までの人生において他者から尊重されなかった痛みと深い悲しみを、怒りの形で子どもに爆発させています。加害の更生は被害によって傷ついた心身の回復からしか始まらないのです。MY TREEの参加者たちは、親である前に一人の人間として尊重される体験を得ることによって、自分を回復する礎(いしずえ)としていきました。
参加者を母親として、父親として、妻として、嫁としてといった分断されたアイデンティティとして見るのではなく、人間の全体性に訴えるホーリスティックなプログラムであることがMY TREEプログラムの特徴です。
3歳の娘に手を上げることがエスカレートして、深刻な虐待行動を犯してしまった30代の母親は、MYTREE参加の初めは、自身の子ども時代の性暴力トラウマの症状からパニックを起こすこともあり、回復への希望を失っていました。しかし、毎回、丹田(たんでん)腹式呼吸をし、ボディワークで自分の身体の声に耳をすまし、自分の感情の裏にある悲しみや苦しさを言葉にして受け入れることをグループメンバーと共に学ぶ中で、大きく回復していきました。心身の苦しみが下降するらせんだったのが上昇するらせんに転換したきっかけは、「プログラムの中で、自分をまるごと受け入れられるようになったこと」と語りました。まさに全体性の回復です。
修了生から手紙をもらいました。
「身分を明かさない不思議な12人の仲間たち。価値観も違うし、まず友達にはならない、そしてもう会うこともない12人との出会いの大きさを今もひしひしと感じています」
「私の木はあれからも根を張り続けています。相変わらず嵐のときはあるけれど、でもそれで折れてしまわず、しなることができるようになった自分がいます」
これまでに、大阪府、大阪市、堺市、富田林市、京都府、京都市、加東市、奈良県、埼玉県の児童相談所、県や市の家庭児童課など、東京都、横浜市、日光市、宮崎市などの民間団体の主催で実施しました。2018年3月現在1048人がプログラムを修了され、虐待的言動の終止に成功しています。
各地でMY TREEプログラムを実践する人々は現在約30人。保健師、臨床心理士、看護師、助産師、保育士、元児童相談所所長、グループホーム長、ソーシャルワーカー、大学教員など多様な立場で、子どもの虐待対応に長年取り組んできた人々です。毎回のセッションプランの準備、グループの進行、振り返り、参加者一人ひとりへのケアなど、多大な時間と労力を必要とするこのプログラムにいのちを吹き込み、効果を最大限にする努力をいとわない高度なプロフェッショナリズムに、心からの敬意を表さずにはいられません。MY TREE実践者たちの職種の見事なダイバーシティと、同一ビジョンのもとでの絆は、私たちが誇りにしているストレンス(strength)です。
そして全国に散らばる1048人の修了生たち。1048本のさまざまな種類の木が地に根を張り、それぞれの多様な姿、形、大きさで空へ向かって立っているイメージが浮かびます。
困難の多かった人生の苦悩を言葉にし、自分の怒りの感情の裏側に恐れながらも勇気を出して向き合い、自らの内的な変化を起こしていった親たち一人ひとりに感謝します。あなた方の生きることを諦めない姿勢とこのプログラムへの信頼こそが、MY TREEを必要としている未知の人々へと手渡していく原動力に他なりません。
本書は、教育、福祉、保健、医療、司法、行政、立法、子育て支援や子どもの人権の民間活動等それぞれの分野の方々に、虐待に至ってしまった親にケアを提供することの緊急性とその具体性を理解していただきたいとの願いで書かれています。MY TREEのようなプログラムを広く実施していくためには法の改正が必要です。家庭裁判所が直接親にプログラム受講を命令する仕組みが不可欠です。
また、日本でのエンパワメント、レジリアンスのより深い理解のために、それぞれの言葉のオリジン、効果的なエンパワメントとレジリアンスの支援とは具体的にはどうすることなのかを丁寧に書きました。活用してください。
このプログラムの中で大きく内面から変化されたたくさんの方のうちほんの数人ですが、許可を得てメッセージを掲載しました。彼らの変化のプロセスを読み取っていただきたいです。
本書の第3章で紹介するアメリカのACE(Adverse Childhood Experience=逆境的児童期体験)研究からも明らかなように、虐待が国の社会経済全体にもたらすコストは膨大なものです。虐待に至ってしまった親たちが回復することで、どれだけの社会的経済的コストを軽減することができるか計り知れません。そう考えると親へのケアをすることは極めて費用対効果の高いことなのです。
そして何よりも、虐待された子どもたちの大半は、親から虐待されても、その親を求め、慕い、その親が変わってくれることこそを願っているのです。
子育てが苦しい、子どもへの暴言・暴力がやまない、子どもを無視してしまう親たちは、この本に登場する何人もの修了生がしたように、暴力をストップし、子どもとの時間を楽しめるようになりたいと強く欲してください。自分を変えたいと心から願う人は、子どもとのよい関係をつくっていく道すじを、もうすでに歩き始めた人です。嵐の日はあっても、折れてしまわずにしなることができる木のように、大地に根を張る生き方は誰にでも可能だということを、この本を読んでつかんでいただければ幸いです。