| 小倉明彦(大阪大学教授)[著] 1,800円+税 四六判並製 240頁 2015年9月刊行 ISBN978-4-8067-1500-9 味・色・香り・温度・食器……。 解剖学、生化学から歴史まで、身近な料理・食材で語る科学エンターテインメント本。 大阪大学で行われた、五月病に感染しつつある学生のための講座(学問の面白さを伝え、受動的な「被教育」から能動的な「自己教育」への転換を目的としたリモチベーションのための科目)の実録と、未遂の講義(その講座は1学期開講だったが、もし2学期に開講するとしたらこんなネタでやろうかなと準備したメモ)と、学生実習「レポートの書き方」が1冊の本に。 お皿の上の料理について生物学する。 生物学を料理してお皿に載せる。 身近な料理や食材を通じて、この両方を試みた。 実験(料理)をしながら、いま鍋の中、フライパンの上で起きている出来事を解説する。料理ほど身近なイベントはないうえ、身近な科学体験はないだろう。 教科書の中の世界でしかなかった「科学」が、身の回りの至るところにころがっていることが実感できる。 |
小倉明彦(おぐら・あきひこ)
大阪大学大学院生命機能研究科
脳神経工学講座教授
理学博士。専門は神経生物学(記憶の成立機構についての細胞レベルの分析)
1951年 東京都生まれ
1975年 東京大学理学部生物学科卒業
1977年 同大学院修士課程動物学専攻修了
1977〜1979年 西独(当時)ルール大学生物学部研究員
1980年 三菱化成生命科学研究所入所
1993年 大阪大学理学部教授
著書に『実況・料理生物学』(大阪大学出版会)、共著書に『記憶の細胞生物学』(朝倉書店)、
『芸術と脳』(大阪大学出版会)、共訳書に『ニューロンの生物学』(南江堂)などがある。
趣味はスポーツ観戦、漢詩作り。
http://www.bio.sci.osaka-u.ac.jp/~oguraa/index.htm
第1講 味の話
原味はあるか
池田菊苗の信念と執念
旨味の現在
味覚に個人差はあるか
生物学でいう「味覚」と日常用語でいう「味覚」の違い
ミラクル・フルーツと味覚修飾物質
▼解説1 光と脳
▼解説2 化学調味料
▼解説3 味盲の代案
第2講 色の話
青い食材を探せ
エディブル・フラワー
緑色の食材
赤い食材
黒や黄色の食材
▼解説1 分子の色
▼解説2 青いバラの誕生
▼解説3 光と光合成
第3講 香りの話
嗅覚とは何か
コーヒーふたたび
イヌの嗅覚ゾウの嗅覚
ワインの匂い
消臭剤
加齢臭
フェロモン
▼解説1 嗅覚の生物学
▼解説2 動物の発生
▼解説3 中枢神経系と抹消神経系
第4講 温度の話
料理の適温と温度感覚
熱の移動の三様式
蒸発熱を忘れてはいけない
天かす火事はこわい
神経の興奮
料理と体温
▼解説1 タンパク質の協同性
▼解説2 生物と電気
▼解説3 イオンチャネルと温度センサー
第5講 食器の話
ニッチとは何か
牛丼の変奏
かつ丼の誕生
食事の容器と食器
木器と漆
今日は玉子丼
▼解説1 分子系統学
▼解説2 人類の進化
▼解説3 眞島利行と日本初の女子帝大生
第6講 宴会料理の話
クリスマスにはなぜチキンか
クリスマスにはなぜケーキか
年越しそばとおせち
▼解説1 フライドチキン解剖学
▼解説2 恐竜現存説
▼解説3 エビはなぜ赤いか
第7講 季節の食品の話
豆まき
修道士メンデルの野望
メンデルの挫折
遺伝子連鎖と血液型性格判断の「根拠」
バレンタイン・デーとホワイト・デー
鍋料理
▼解説1 豆の七変化
▼解説2 マチカネワニ
▼解説3 メンデルの法則
第8講 論文の話
科学論文の構成
要旨について
謝辞について
題について
論文のランクづけ
▼解説1 論文の一例「カレーライスの特性と店の性格との相関」
▼解説2 科学用語の変遷
▼解説3 論文と不正
あとがき
参考文献
本書のタイトル「お皿の上の生物学」には、2つの意味がこめられています。1つは、お皿の上の料理についての生物学。
もう1つは、生物学自体を料理してお皿の上に載せちゃう試み。
もう少し説明が要りますね。
私が勤務する大阪大学には、「基礎セミナー」という新入生向けの科目があります。受験勉強の目標を達成したあと、
目標を再設定できないでいる(いわゆる「五月病」に感染しつつある)学生に、学びの面白さを伝え、
高校生までの受動的な「被教育」から能動的な「自己教育」に転換させることを目的としたリモチベーション(再動機づけ)のための科目です。
テーマは、各教員の専門分野でもいいし、余技でもいい、内容より学びの愉しさを教えなさい、という科目です。
そこで私は、2001年から2005年まで「料理生物学入門」というセミナーを開きました。そのコンセプトが、この「お皿の上の生物学」でした。
まず第1にお皿の上の料理について生物学をする。実験(つまり調理)をしながら、いま鍋の中、フライパンの上で起きている出来事を解説する。
生物学というより、雑学・エピソード・トリビアですが、自分でいうのも不体裁ながら、結構好評をえました。
料理ほど身近なイベントはない(1日3回出会うわけですから)うえ、料理ほど身近な科学体験はないことに気づいたからでしょう。
つい先日まで、教科書の中の世界、試験勉強の対象でしかなかった「科学」が、いま自分の周囲の至るところにころがっているということを、
あらためて実感できたからでしょう。
第2に生物学を料理する。私はこのセミナーとは別に、正課の生物学の講義も担当していますが、そこでは純正統的に、生体分子の構造から説き起こし、
それらの相互作用・化学反応を解説し、細胞の機能から組織・器官の機能に発展させ、個体の営みに編み上げる、という体系的な議論を展開します。
しかし、講義をしながら、どうも議論が上滑りしてしまう、学生が再び教科書の中の世界に引っこんでしまう、という歯がゆさを毎年感じていました。
そこで、そういう「学問体系」を崩してみたらどうか、まず自分の近傍から説き起こし、逆に分子のほうへ広げていく、
そういうやり方はできないものかと考えていたのです。そうした実験授業は、正課の講義ではできません(もし失敗したら受講生は災難ですから)。
でも、このセミナーならできます。結局、成功したかどうかはわかりませんが。
本書は、そうした試みの記録です。第1講から第4講までは、さきに上梓した『実況・料理生物学』(大阪大学出版会、2011)と同様、
実際に行った講義の講義録です。しかし、第5講から第7講は、まだ講義していない講義計画に肉づけを施したものです。どういうことかというと、
このセミナーは冒頭に書いたように「5月病予防薬」ですから、1学期の講義です。結局5年間ずっと1学期にやったわけですが、
もし2学期に引き続き開講することになったら、こんなネタでやろうかなと2学期の季節に合わせて準備していた、そういう「未遂」の講義なのです。
第8講は、また少し性格が違います。「基礎セミナー」ではなく、理学部生物科学科の学生にむけて行っている学生実習の
「レポートの書き方」指導の記録です(実際の教材に使う論文は、こんなのではなくて、本物の学術論文を使いますけれど)。
本書には、このように実際に行った講義の記録と、講義計画と、実習の記録とが混在していますので、文体をどう統一したらよいか悩みました。
第5講から第7講をバーチャル会話体にすることも考えましたが、それもあまり正直ではないので、結局、講義録のほうを平叙文に直すことにしました。
少々不自然な文体になってしまったのはそのためです。
前著のあとがきにも書きましたが、実際の講義は、実物の食品・商品・広告の提示や調理・試食、新聞記事・ウェブ記事などを動員した
マルチメディアな授業でした。これらを文字に残すとなると、写真を載せたり、ウェブサイトなどから引用するには、
企業に転載許可をお願いしなくてはなりません。しかし、それを願い出ると、多くの回答はノーで、許可をいただけなかったものは残念ながら
ここに収録できませんでした。私としては悪気など毛頭ない記述でも、どうも私の文章は行間にオチョクリが感じられるようで、
企業や製品のイメージダウンになるらしいのです。まったく不徳の致すところとしかいいようがありません(OKを出してくださった企業には、
その寛容さに大感謝します)。読者諸賢には、ここできっともう一言あったんだろうなと、ご想像願います。その通りです。
毎度の悪癖ながら、下手な漢詩でオチをつけて結びとします。
厨前梧葉未衰頽 ちゅうぜんのごよういまだすいたいせず
忘幹惟枝累舐杯 みきをわすれえだをおもってかさねてはいをなむ
誰謂少年当易老 たれのいいぞしょうねんまさにおいやすしと
学難成故不愉哉 がくなりがたきがゆえにたのしからずや
(キッチンの窓から見える街路樹のプラタナスの葉は、まだ枯れ落ちていない。幹のことはしばらく措いて、枝葉についてあれこれ考えながら、
ちびちびと杯をかさねる。「少年老い易く学成り難し」って誰が言ったんだ。少年はそう簡単に老いはしないし、
学は成りがたいからこそ楽しいんじゃないか。七絶平起上平声十灰韻頽杯哉。)
お粗末さまでした。
2015年5月15日