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渋谷の屋上菜園都市化計画

著者……小嶋和好(渋谷区緑化推進主査)
1800円  A5判 176ページ 2002年7月発行
ISBN4-8067-1245-0 C0052

ビル砂漠・東京のどまんなかで「屋上緑化」が始まった!
たった1人の渋谷区職員が、予算ゼロで5941平方メートルを緑化。
全国にさきがけた行政サービスの全貌をレポート。
材料、工法、価格など、渋谷区神南分庁舎屋上での緑化実験の全データを公開。
住民へのアンケート・聞き取り調査結果も収載。

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【目次】

はじめに―― 私がこの本を書いた理由 1

第1章 なぜ、いま、屋上緑化なのか
 熱を吐きつづける都市 10
 温暖化抑制へと動く世界 11
 一〇〇年も待ってはいられない 12
 多様で奥深い屋上緑化の効用 14
 区民・企業・行政、三者にメリットのある施策とは 16

第2章 動き出した渋谷区
 渋谷区の緑を救う二〇年計画 18
 渋谷区環境基本計画のあらまし 19
「緑のビル作戦」条例が目指すもの 20
 屋上緑化に抵抗する意外な面々 23
 パンフレットではわからない 25

第3章 渋谷区神南分庁舎、屋上緑化実験スタート  予算なし。そこで無償施工をお願いする 27
 神南分庁舎・屋上緑化(実験)についての覚書 28
 渋谷の気象はどうなっているか 30
  風向--枯れ葉の飛散対策にも 30
  風速--障害物の増加で弱まる傾向 31
  気温--地球温暖化、ヒートアイランド現象を物語る 32
  湿度--天候の影響を受け、高い値で推移 34
  酸性雨--全国と比較して酸性が強い渋谷の雨 35
  導電率--雨の汚れ具合を表す 36
 神南分庁舎屋上の現状と協力企業 37
 どうやって資材を荷揚げするか 41
 屋上緑化にはどんな土が適しているか 43
 風対策はどうすればいいか 46
 〈コラム〉家庭での実験にお薦めの「簡易実験箱」 47

第4章 こうして屋上は緑になった
 【和風庭園A地区】の場合 48
   1.ビオトープ用池を配置した、築山形式無灌水システム 48
   2.アロマテラピー効果も狙った囲炉裏型憩いの場 51
   3.植物を混植し、生育適正条件を実験 51
   4.ローメンテナンス緑化の試み 52
   5.菜園庭園 52
 四つの実験農場 53
 【芝生庭園B地区】の場合 56
 【洋風庭園C地区】の場合 59
 〈コラム〉渋谷区神南分庁舎の屋上庭園(C‐1地区)ができるまで 62

第5章 実証された屋上緑化の効用
 屋上緑化は熱環境をどれだけ緩和できるか 64
 体は快適に感じているか 70
 植物の「冷気噴き出し現象」は本当か 70
 セダム類は有効か 71
 葉の飛散や鳥の害はないか 74
 実験結果からの提言 76

第6章 実験協力企業による「屋上緑化工法の技術体系」
 相次ぐ新規参入で技術の伝授が必要に 79
 屋上緑化工法の技術体系---------ライト工業開発本部・中野裕司 80
 屋上は海岸や砂漠のようなもの 80
 二極化する屋上緑化工法 81
 自然土壌を用いた屋上緑化工法 81
 薄層人工軽量土壌屋上緑化工法 82
 軽量無土壌屋上緑化工法--セダム類を用いた屋上緑化工法 82
 屋上緑化の効用をまとめると 85
 土壌そのものを比較してみる 87
 屋上緑化に適する植物リスト 88

第7章 行政の役割を探る
 実践への足かせになっているもの 90
「もしも」に備える屋上緑化保険 91
 行政はどんな支援ができるか 92
 樹木・樹林保険制度 93
 画期的な業者あっせん事業 93
 渋谷区屋上等緑化に係るあっせん事業実施要綱 95
 屋上等緑化工事あっせんに係わる協定 98

第8章 都市に住む人、働く人が望む屋上緑化へ
 アンケートから見えた緑のカタチ 100
  ◎ 自宅に屋上庭園がほしい?◎なぜ屋上庭園がいらないのか?
  ◎どのくらいのコストなら施工したい?◎どんな様式の屋上緑化をしたい?
  ◎もしも屋上に庭園があったなら◎行政に何を望む?
  ◎助成金はいくらほしい?◎行政による業者の紹介は必要?
 こんな声も……。 105
 屋上菜園があるというライフスタイル 107
 住農近接でコミュニケーション作り 108
 野っ原になったっていい 109
 臨川小学校での実践 109

第9章 プロジェクトへの反応続々
 渋谷区はなぜ公開するのか 129
 さまざまな見学者 131
 全国の自治体、そして中国、韓国からも 134
 希望者には企業のパンフレットも配布 135

第10章 屋上緑化の適正価格と施工例
 屋上緑化はいくらなのか 137
 防水システムとその価格 138
 灌水システムとその価格 139
 屋上庭園とその価格 141

たった一人で政策を実践するために--おわりにかえて 147

資料
 緑化計画書の手引き(渋谷区) 152
『渋谷区みどりの確保に関する条例施行規則』(抜粋) 162
 渋谷区屋上等緑化助成手引書 164
 渋谷区屋上等緑化助成要綱 168

私がこの本を書いた理由

 渋谷区役所環境清掃部環境保全課に所属する私の職務は、緑化推進主査として緑豊かで潤いのある環境作りを進めることである。折しも渋谷区は、平成一三年度から「渋谷区環境基本計画」を策定し、今後、二〇年間におよぶ環境分野全般にわたる総合的かつ計画的な施策を開始した。

 しかし、ご存じのように渋谷区は大都会東京のどまんなか。明治神宮や代々木公園などからなる大規模な緑地はあるものの、新たに緑地化できる遊休地など見当たらない。それどころか、商業地区は、一日二四時間、流行と若者文化を発信しつづける眠らない街なのである。住環境としても、一部に緑豊かで良好な住宅地は形成されているが、ほとんどの住民はマンションのベランダや室内に鉢植えの緑を置くのがやっとという状況だ。

 そんな都市に住む渋谷区民は、緑に対してどのような意識を持っているのかをアンケートしてみたところ、緑への思いは非常に強いことがわかった。行政に対しても緑に関する要望が日常的に寄せられている。都会のまんなかだから緑がないのは仕方ないとあきらめているわけではないのだ。

 この住民のニーズを施策に生かすことはできないか、「渋谷区環境基本計画」に沿って半年がかりで考えたのが、渋谷のビルの屋上を緑にしようという「緑のビル作戦」である。 空き地はなくても、林立するビルの屋上やベランダならいくらでもある。ビルを緑化することによって、都市のヒートアイランド現象が抑えられたり、ビオトープネットワークの形成を促すことになれば、それは景観の改善だけでなく、広く深く環境問題に結びつく施策になり得る。

 ところが私は事務職であり、緑化に関する技術的な知識は持ち合わせていなかった。梅と桜の区別もつかない素人だった。「緑のビル作戦」にかかわるようになってからというもの、平日は勤務が終わってから二〇校以上の大学の研究室へ足を運び、土曜、日曜は図書館に通った。すると建築工学の分野では、既に一〇年も前から屋上に物を載せるために研究が進んでおり、実際の設計に役立てていることがわかった。役所の机の前に座っているだけでは、そんな情報さえ手に入らなかっただろう。

 しかし、そうした勉強で、さまざまな疑問点も見えてきた。それは屋上緑化に関するデータが、書籍によって千差万別であること、渋谷のように二四時間、熱を排出しつづける都市部に関するデータが見当たらないこと。屋上緑化に関心のある区民からは、企業のパンフレットや雑誌で紹介された内容が、本当に適切なものであるかどうか、判断に迷っているという声が寄せられてもいた。

 屋上緑化を政策として進めるためには、区民の不安を解消するために、信頼できるデータを提示しなければならない。それにはこの目で確認できる実験が不可欠である。けれども実験のための予算も人員も皆無で、ただ、場所だけがあった。それが今回の実験の舞台となった渋谷区神南分庁舎屋上である。

 この本は二つの方向から読んでいただきたい。

 まず、屋上緑化の方法論として。従来の企業のパンフレットではわからないことや問題点を、実験を通して明らかにしてきたつもりである。
 そして二つめは、予算と人員のないなかで、政策を実現していく過程のレポートとして。ヒートアイランド現象の抑制は、地球環境にもかかわる大きな政策だ。それを、大上段に構えて啓蒙するのではなく、個人のアクションとしてどう取り組むことができるのか、常に区民のニーズを念頭に置いて、実現可能な方法を探ってみた。政策実現のケーススタディとして、私の試行錯誤のすべてを知っていただくことは、無駄ではないだろう。

 二○○二年二月までで、渋谷区内の屋上緑化は二四件が完成し、工事中のものは約八〇件にのぼる。実験施設には、東京都外の企業や自治体からの見学も後を絶たない。ファッションやカルチャーの渋谷ブランドは数多いけれど、土と緑の渋谷ブランドはちょっとユニークなのではないか。
 都会のまんなかで、人工物の象徴であるビルを緑に変えて自然を呼び戻す。そんな夢の過程にお付き合いいただければ幸いである。

小嶋和好(渋谷区緑化推進主査)

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