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みんなの保育大学シリーズ1
ひとの先祖と子どものおいたち

【内容紹介】本書「序文」より


 保育界だけかと思ったら、地質学界も同じなのかと思ったことがある。それは自分で実践をせず、外国の専門書を翻訳してマスコミにのったり、出世コース、金もうけコースにのる人が日本にはあまりにも多いということである。
 障害児保育についての論文募集に応募したことがあった。全国の十数人の中の一人として合格し、その発表会を楽しみに出かけたところ、実践者はほとんど私たちの保育者集団だけであって、あとは医師・児童相談所長・大学の研究者たちであった。そして、私たちの保育園の集団でとりくんだ、とてもとても重いちえおくれの子どもが、4歳半でやっと「ママ」という片言が出る程度のちえおくれにもかかわらず、6年間の保育でついに話に不自由はなくなり、仕事もできる、しっかりした人間に育っていった記録を、一枚一枚、脳の発達がわかる絵を見せながら、具体的に発表したのに対し、感動した様子もなく、質問も出なかったのである。ただ一人、医師が「他の障害児も言葉が出ますか」と聞いただけであった。私は、「もちろんこの子がいちばん重い子でしたから、他の子は当然です」と答えた。それだけであった。
 さて、他の研究者たちの発表の多くは、アンケートを配って、助手に分類させた、というもので、私はこれが学者の仕事か? と深く失望していたので、井尻氏の文章が特に私には快く響くのであった。
 そして「新・ヒトの解剖」「新・人体の矛盾」「新・文明の中の未開」の三部作を読むにいたって、これらの本は私たち子育ての仕事をするものの必読の書だ、と感じ、失礼もかえりみず講演の依頼の手紙を出した。井尻氏は、最近はどちらもお断りしている、というところを快諾してくださって、1978年の北埼玉保育問題研究会主宰の保育大学は、大いに意気があがった。
 当日は、あまりに貴重なお話だったので、なるべく参加できなかった方にも知っていただきたいと思い、今回の本にさせていただくことにした。
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