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森が語るドイツの歴史

【内容紹介】●本書「訳者まえがき」より


 美しい豊かな森と心安らぐ人々の営みは、たとえばあのメルヘンで有名なグリムの生きた時代に見られたのでしょうか、あるいは、マルティン・ルターが宗教改革のともしびを高く上げたとき、それに照らされたのは豊かな森だったのでしょうか? しかし、現実はそうではありませんでした。ルターが見たのは荒れ果てた森だったのです。グリムの生きた時代は、ようやく森の再生への努力が本格化した時代で、しかも、それは童話に出てくるような広葉樹の森ではなかったでしょう。森と人間との間の平和な営みは、ごく最近のことなのです。私たちは、ともすればドイツを森の国だと思いがちです。しかし、実際はそうではありません。
 この本は、ドイツを中心とする中部ヨーロッパを舞台に、森と人間が太古からさまざまなドラマを繰り返しながら現在の森の姿と人々の暮らしを築いてきたことを雄弁に物語ってくれます。著者カール・ハーゼルが描く森の目から見た人間社会の営みの歴史。それは、たんに高尚な思想の世界や政治、経済だけではなく、権力者の振る舞いや、庶民の暮らしぶり、傲慢な貴族や賄賂好きの下っ端役人などの織りなす生き生きとしたドラマです。そうした人間社会の営みがひるがえって森にどのような影響を与えたのか。また、人々は、いつ森の大切さに気づき、これを守り育てる気になったのでしょうか。あるいは、「持続可能な」という言葉が地球環境サミットなどを契機に最近流行っていますが、もともとその考えはいつ、どのように芽生えたのでしょうか。そして、その結果は?
 地球環境問題、なかでも熱帯林などの急激な減少や酸性雨問題など森の問題が私たち地球上の生きとし生けるものの現在と将来の生存の鍵となっている今日、森の地球規模での消滅が懸念されている今日、森がたどってきた歴史、人々と森との歴史を知ることは、その解決の大きな手がかりを与えてくれます。なかでも、過去に森のほとんどすべてを失ったドイツ。森が語るドイツの歴史は、私たちに多くを教えます。
【内容紹介】●本書「訳者あとがき」より

 本書を翻訳して紹介しようとした理由は、一つには、世界の森の歴史を紹介する書物は最近出されているものもふくめいくつかあるが、わが国と比較的似た国情にあり、近代的な森林管理の発祥の地であるドイツをはじめとする中部ヨーロッパの森の歴史を紹介したものが不思議なことにないこと、さらに、本書の翻訳を通じてドイツの文化の一端を紹介し、訳者年来の願いである日独のさらなる交流の発展にささやかなりとも役に立てればと思ったからである。しかし、それだけではない。森に対する市民の思いがかつてなく高まっているなかで、その期待とは裏腹に市民あるいは森の関係者それぞれが何をすべきかについて必ずしも方向を見いだしていない、いわば森をめぐる状況が一種の閉塞状況にあるいまこの時期だからこそ、本書がわが国の幅広い読者諸氏にたいへん有益なものとなり、現状を打開するためのみんなで考える糸口を提供するに違いないと考えたからである。
 世紀末の現在、世界的に見ても、わが国でも、政治や経済や社会のさまざまなところで既存のものの考え方やシステムがぐらつき、あるいは、崩壊し、21世紀へ向けて再構築が求められているように思う。その中心的な問題の一つは、いうまでもなく自然あるいは環境と人間との関わり合いの問題である。それは、有限な地球を知った人間の生きざまを問うものであり、国際関係のフレームや政治システムなどの問題よりもはるかに深く人間の存在そのものにかかわっているといえよう。森や林業の問題も、混迷と模索のなかにある。いや、森や林業は、ほかに先駆けてそうした状況に突入していたのである。
 本書に描かれたドイツを中心とする中部ヨーロッパの森の歴史は、いいも悪いもさまざまな面で私たちに多くの先例を示し、また、森に対する私たちの考え方の検証と再構築にあたっての豊富な材料を与えてくれるのである。そして、両国は、もちろん多くの点で違うが、経済や社会の発展度合などそうとう似通ったところもあることから、本書の示すそうした材料はおおいに役立つものと考えるのである。
 最近わが国では戦後の経済社会を規定した構造の一連の見直しのなかで、規制緩和が大きな問題となっている。確かに、活力ある社会をつくるためにも、自由な競争を阻む規制は撤廃されるべきであり、そうした動きは遅きに失したともいえよう。このようななかで、保安林など森の開発・転用の規制もその対象となっているようであるが、この問題をどのように考えるべきなのか。本書は、そうした時機にかなった問題についても考える材料を提供するのである。
 また、国家の財政状態が国有林という所有形態や森そのものの運命を翻弄した歴史も、たいへん興味深く、示唆に富む。
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