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フィールドガイド日本の火山シリーズ一覧
フィールドガイド日本の火山6
中部・近畿・中国の火山

【内容紹介】●本書「はじめに」より


 日本は火山国といわれていますが、中部山岳地域や近畿・中国地方の住民にはその意識はあまり強くないかもしれません。歴史時代に噴火した火山が少ないことが、その理由のひとつにあげられるでしょう。しかし、これらの地域にも第四紀の火山は確実に存在しています。
 日本の屋根と称される中部山岳地域には、四季折々の美しい景観を誇る北アルプスの連山がそびえ立っています。北アルプスの3000m級の山々としては、南から御嶽、乗鞍、槍・穂高、立山・剣などがありますが、御嶽と乗鞍岳は第四紀後期の成層火山ですし、立山の西山腹にも、やはり第四紀後期の立山火山があります。
 穂高岳は鮮新世末から第四紀にかけて活動したカルデラ火山が隆起してその内部が露出したもので、ロッククライミングのメッカである穂高滝谷の下部は、そのマグマ溜まりが固化してできた花崗岩で構成されています。この花崗岩は世界的にみても大変にめずらしい、できたばかりの第四紀花崗岩ということになります。第四紀初期には地下にあった固化したマグマ溜まりが、現在は3000m級の山岳を構成しているということは、第四紀になってからの北アルプスの隆起が、いかに激しかったかをものがたっています。
 北アルプスには、これらの火山以外にも、大正時代に大噴火をして大正池を形づくった北アルプス唯一の活動的火山である焼岳、裏銀座コースの槍ヶ岳と双六岳の中間に位置する樅沢岳付近に分布する樅沢火山や鷲羽池火山、そして祖父岳や雲ノ平をつくる雲ノ平火山、黒部峡谷上廊下付近に分布する上廊下火山、そして白馬岳の北山腹に噴出した白馬大池火山などがあります。南アルプスや中央アルプスとちがって、北アルプスは「火山アルプス」といっても過言ではないでしょう。
 黒部峡谷の剣岳への登山口にあたる阿曾原温泉付近には、かつて仙人ダムを建設するさいに掘削されたトンネルがあり、現在も黒部峡谷ぞいに欅平へ下る歩道が、このトンネルを通っています。掘削時、このトンネル内の岩盤は100度をこえる高温で、掘削は困難をきわめましたが、その様子は吉村昭の小説「高熱隧道」にみごとに描かれています。北アルプスではいたる所に温泉が湧き出していますが、北アルプスは「火山アルプス」であると同時に、きわめて高温な内部を有する、まさに「高熱アルプス」ともいえるのです。
 北アルプスの西方には、冬季には山頂部を白い雪で厚くおおわれる、日本のモンブランともいうべき信仰の山白山がそびえていますが、これも第四紀の火山です。白山は加賀・飛騨両国の国境の火山ですが、加賀の国の中心地金沢の郊外の戸室山も第四紀の火山であることをご存じの方は、案外少ないのではないでしょうか。
 近畿地方には第四紀火山は少ないのですが、兵庫県北部の志賀直哉の小説『城の崎にて』で有名な城崎温泉の西方には、神鍋山などの小規模な火山からなる単成火山群が分布しています。
 中国地方では、大型から中型の複成火山としては、中国地方の最高峰大山、山陰で最新の噴火記録をもつ三瓶、それに大江高山などがあるだけで、あとは鳥取・島根・山口の3県にわたって、小型の単成火山が散在しているのみです。近畿・中国地方に多い小型の単成火山は、植生におおわれてしまうと、通常の小丘と一見区別がつきません。この地域に火山が少ないという印象をもつのは、そのことも関係しているかもしれません。
 以上の地域において、歴史時代に噴火した活動的火山が少ないことは確かに事実です。とはいえ、数千年の静穏期を経て1979年に突如として水蒸気爆発をおこした御嶽火山の例でもわかるように、現在では一見まったく静かな火山であっても、決して完全に死に絶えてしまってはいないのです。したがって、長い眠りから覚めて、いつまた突然に噴火するかもしれません。
 本書では、これらの火山のうち、焼岳、乗鞍、御嶽、白山、神鍋、大山、三瓶の各火山を紹介します。
 上高地の入り口に鎮座する焼岳火山は、1907年以降噴気活動をつづけている。溶岩ドーム、厚い溶岩流、火砕流などからなる活動的複成火山で、1915年には大規模な水蒸気爆発が山頂火口付近で生じ、大量の火山泥流が流下して梓川をせき止め、現在の大正池をつくり出しました。その後も1962年、1963年に水蒸気爆発をくりかえしており、アルプスで現在でも唯一活動をつづける危険な火山です。
 乗鞍火山は、標高3000mをこえる独立峰で、ゆるやかな傾斜面で囲まれた穏やかな山容からなる大型の成層火山です。主に溶岩流からなりますが、1万年前以降をブルカノ式噴火を断続的におこなっており、最後のマグマを噴出した噴火は、2000〜3000年前ごろであると推定されています。
 有名な木曾節にも歌われ、信仰の山としても名高い御嶽火山は、乗鞍火山のさらに南方、長野・岐阜両県の県境にまたがってそびえる、標高3000mをこえる大型の成層火山です。マグマを噴出した最後の活動は、約2万年前と考えられています。その後、幾度かの水蒸気爆発をおこし火山灰を降らせていますが、1979年10月には長い眠りから覚めて、突如水蒸気爆発をおこし、山麓に火山灰を降らせました。さらに、1984年9月の長野県西部地震のさいには、山頂南方の斜面が大規模に崩壊し、岩屑なだれが伝上川にそって12kmも流れ下り、下流の王滝川との合流地点にまでたっして、15人もの尊い人命が失われました。もっと規模の大きい岩屑なだれは、約5万年前に山体が大崩壊しておこりましたが、このときの火山泥流は木曾川ぞいに流下して、濃尾平野に位置する犬山市付近にまでたっしたことが知られています。
 白山火山は御嶽火山と同様、信仰の山として有名です。現在の白山火山はここ数万年間に形成された新しい火山で、室町時代末期の1554年には、山頂の翠ヶ池火口から火砕流が噴出しています。また、4500年前には山頂付近の御前峰の東側が大崩壊し、大量の土砂からなる岩屑なだれが大白川の谷に向かって流れ下り、さらに庄川に流れ込みました。庄川を流れ下った火山泥流は、富山県の砺波平野にまでたっして大洪水を引きおこしています。同じような規模の岩屑なだれが西側に流下した場合には、手取川にそって流れ下り、金沢平野に大洪水をもたらすかもしれません。平野からはるか離れた場所に位置しているといっても、白山火山は、これらの平野に住む人々にとっては、きわめて要注意の火山といえるのです。
 神鍋火山は、多くの小型火山体からなる神鍋単成火山群のひとつで、スコリア丘と溶岩流からなります。この火山は約1万年前に噴火したものと推定されており、兵庫県内のみならず近畿地方でもっとも若い第四紀火山です。単成火山群全体では、平均して5万年に1回程度の割合で噴火がおこっているとされていますが、すでに前の噴火から1万年あまりが経過している現在、単成火山群分布地域のどこかで、新たな噴火がおこったとしても、決しておかしくはないわけです。
 山陰地方の日本海岸にそびえ立つ大山は、巨大な溶岩ドームと山麓の火山性扇状地を構成する大量の火砕流堆積物からなる大型の火山です。大山火山最後の活動は2万5000年前から2万年前におこり、現在の烏ヶ山、弥山、三鈷峰の各溶岩ドームが、この順に形成されました。また、約5万年前には、大規模なプリニー式噴火により大山倉吉降下軽石が広い範囲に堆積しました。この大山倉吉降下軽石は、関東地方でもめだつ指標テフラとして利用されています。現在は静かで噴火の兆候はみられませんが、その長い活動史から考えて、活動を終えて死に絶えた火山とみなすには、まだ時期尚早であると考えられます。
 三瓶火山は、11万年前以降に形成された若い火山ですが、3回にわたって大規模なプリニー式噴火をおこない、大量の降下軽石や火砕流を噴出してカルデラを形成した、山陰の暴れん坊ともいうべき火山です。最後の大規模な噴火は、3600年前におこり、現在の三瓶溶岩ドームがカルデラ内に形成されました。この時には、溶岩ドームの崩壊による火砕流も発生しています。火山灰を噴出するような小規模な噴火はその後もつづき、最新の噴火は2000年前よりも若い可能性が指摘されています。山陰唯一の活火山というわけです。

本書の構成
 本書では、まず中部・近畿・中国の火山についての概説をおこない、その後「噴火のメカニズム」と「噴火の予知」の簡単な解説をしてあります。そのうえで、焼岳、乗鞍、御嶽、白山、神鍋、大山、三瓶の各火山について取り上げています。また、巻末には簡単な用語解説をのせています。
 各火山の項では、地形図や交通にかんする情報をしめした後に、観察するさいの注意事項や観察に適した時期が述べられています。それから、火山地形や噴火史の概説、それに温泉の紹介があり、その後に観察地点の解説がしめされています。また姉妹編である「関東・甲信越の火山1」には露頭観察の手引き、「北海道の火山」には火山の地形と構造やマグマの成因、「九州の火山」には火山災害や過去の噴火を知るなどの解説記事が掲載されていますので、ぜひあわせてご覧ください。
 本書には、日本火山学会火山地質ワーキンググループのメンバーをはじめ、フィールドの第一線で活躍するさまざまな研究者・技術者の方のこれまでの研究成果がもりこまれています。一般の方にも理解できるようにやさしく書かれてはありますが、内容の学術的レベルは決して落としてありません。
 本書を手にして、火山のフィールドに出かけてみましょう。厳しくも美しい自然と出会い、温泉を満喫し、火山と直接対話することによって、その本当の姿にふれることができるはずです。

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