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フィールドガイド日本の火山シリーズ一覧
フィールドガイド日本の火山4
東北の火山

【内容紹介】●本書「はじめに」より


 宮沢賢治の童話に登場する火山学者グスコーブドリが活躍したイーハトーブの国は、多数の火山が活動する火山国でした。このイーハトーブ国のモデルとなったのが、東北地方、なかでも岩手火山などがある岩手県だったのです。
 東北地方は典型的な島弧=プレート沈み込み帯とされてきました。東北地方では、東側の日本海溝から冷たい太平洋プレートが沈み込んでおり、海溝から斜めにのびる深発地震面がよく発達しています。また、北上山地や阿武隈山地といった外弧隆起帯や火山フロントを形成する内弧隆起帯、郡山盆地、福島盆地、宮城平野、北上盆地といった外弧と内弧の間の弧間盆地、そして火山フロントの内側の、会津、米沢、山形、新庄、横手、大館などの弧間盆地や、さらに海側の日本海を構成する背弧海盆など、教科書的な島弧地形がみられます。
 しかしながら、東北地方の火山は、北海道や九州、関東地方の火山とくらべると、それほど活動的にはみえません。これは、活動間隔が比較的長いこと、噴出率が小さいことなどが、その原因と考えられます。もっとも、不活発だと断言できないかもしれません。というのは、本州でもっとも新しい溶岩は、秋田駒ヶ岳の昭和溶岩ですし、わが国における歴史時代最大の噴火は、平安時代におきた十和田火山の噴火だからです。また、わが国でもっとも新しい大規模な山体崩壊による岩屑なだれ災害は、明治時代におこった磐梯火山のものです。こうした噴火は、頻度は小さくともおきたときには、甚大な被害を山麓地域にもたらします。
 東北地方は、多くの火山の恵みもうけています。豊かな湯量を誇るたくさんの温泉や、地熱発電、美しい景観などの観光資源がそれです。東京から東北新幹線に乗り盛岡にむかうと、宇都宮をすぎたあたりから、左手の脊梁山脈につぎつぎと優美な姿の火山が立ち現れます。日光、高原、那須、そして郡山から福島にかけては、磐梯、安達太良、吾妻、蔵王、仙台をすぎると船形、栗駒、焼石、そして盛岡に近づくと岩手と、一定の間隔をおいて火山が並んでいるのをみることができます。東北では、多くの場所で、身近な「ふるさとの火山」を仰ぎみることができます。東北と火山は、切っても切れない関係にあるといってもよいでしょう。
 本書では、こうした東北の火山のうち、十和田、岩手、秋田駒、鳥海、蔵王、吾妻、安達太良、磐梯、那須の各火山を紹介します。
 十和田火山は、四季折々の美しさをみせる日本の代表的なカルデラ湖である十和田湖を擁しています。しかし、この十和田火山は10世紀に、日本列島の歴史時代噴火としては最大規模の噴火をおこなった荒々しい活火山なのです。過去においても巨大噴火をくりかえしており、現在のカルデラは1万3000年前に大量の火砕流を噴出することによって形成されたものです。
 岩手火山は、盛岡市の背後にそびえる美しい三角錐で、南部富士などとも称されています。宮沢賢治によってこよなく愛されたこの火山は、18世紀の江戸時代に溶岩を流出した、東北地方でも指折りの活動的火山なのです。1998年にも、地下でうごめくマグマによってもたらされた火山性地震や火山性微動がくりかえしおこり、噴火するのではないかと世間を騒がせたことは、みなさんもまだ記憶に新しいことと思います。
 岩手火山にほど近く、岩手・秋田両県の県境に位置する秋田駒ヶ岳火山も、活動的な火山です。1970年には、ストロンボリ式の噴火をおこない、スコリア丘を形成するとともに、本州でいちばん新しい溶岩流を噴出しています。
 鳥海火山は東北地方でも最大規模の成層火山で、日本海側の山形・秋田県境に優美な裾野を引いてそびえ立っています。その美しい姿から、出羽富士ともよばれています。日本海岸に位置する象潟は、かつては海中の島々で、その美しい景観が松尾芭蕉の俳句に詠まれたことで有名ですが、これは鳥海火山の大規模な岩屑なだれが日本海に流れ込んだ場所にできた流れ山が島になったものです。鳥海火山は1974年に、山頂付近で小規模な噴火をおこなっており、まだまだ生きている活動的な火山です。
 蔵王火山は、山頂火口付近まで道路が通じており、夏は山頂の火口湖御釜観光、冬は霧氷やスキーでにぎわう、アプローチの容易な大変にポピュラーな火山です。しかし、御釜火砕丘は1000年前以降の歴史時代に噴火をくりかえすことによって形成されたきわめて新しいものであると推定されており、現在は静穏であるといっても危険な活火山であることに変わりはありません。
 吾妻火山は、福島市から仰ぎみることのできる雄大な山塊で、一見したところ、どこが山頂か判然としません。実際、山頂付近には吾妻小富士をはじめとする多数の火口が分布しています。山頂付近は雄大な景観を誇っており、道路も通じて観光客でにぎわっていますが、1893年には一切経山南麓付近で噴火がおこり2人の犠牲者が出るなど、決して油断のならない活動的な火山です。
 安達太良火山は、高村光太郎の詩の中で、「ほんとうの空の下」にある美しくも懐かしい山として歌われています。しかし、阿武隈川側からはみえない西側山腹には、荒涼とした沼の平火口が大きく口を開けており、水蒸気爆発や火山ガスの噴出をくりかえしてきました。1900年には大規模な水蒸気爆発がおこり、当時火口内にあった硫黄鉱山の施設が壊滅して、72人もの犠牲者が出ました。1997年には、噴出した火山ガスによって、火口内を歩いていた登山者4人が亡くなっています。
 磐梯火山は、会津磐梯山として民謡にも唄われた、猪苗代湖のほとりにそびえる会津の名峰です。磐梯火山は1888年に山体大崩壊をおこし、村々が押しつぶされて500人近い犠牲者がでました。この跡は、現在では桧原湖などの裏磐梯の美しい湖沼群となっています。
 那須火山は、栃木・福島両県の境に位置する活火山です。那須火山の山麓には那須野ヶ原として知られる広い原野がありますが、現在では農地やリゾート地としての開発がすすんでいます。那須火山では15世紀に茶臼岳でマグマの噴出があり、火砕流の流出や溶岩ドームの形成がみられました。最近でも小規模な水蒸気爆発がくりかえされており、要注意の活動的火山です。

本書の構成
 本書では、まず東北の火山についての概説をおこない、そのうえで、十和田、岩手、秋田駒ケ岳、鳥海、蔵王、吾妻、安達太良、磐梯、那須の各火山について取り上げています。さらに、巻末には簡単な用語解説がのせてあります。
 各火山の項では、地形図や交通に関する情報をしめした後に、観察するさいの注意事項や観察に適した時期が述べられています。それから、火山地形や噴火史の概説、それに温泉の紹介があり、その後に各観察地点の解説がしめされています。また姉妹編である「関東・甲信越の火山1」には露頭観察の手引き、「北海道の火山」には火山の地形と構造やマグマの成因、「九州の火山」には火山災害や過去の噴火を知るなどの解説記事が掲載されていますので、ぜひあわせてご覧ください。
 本書には、日本火山学会火山地質ワーキンググループのメンバーをはじめ、フィールドの第一線で活躍するさまざまな研究者・技術者の方のこれまでの研究成果がもりこまれています。一般の方にも理解できるようにやさしく書かれてはありますが、内容の学術的レベルは決して落としてありません。
 本書を手にして、火山のフィールドに出かけてみましょう。厳しくも美しい自然と出会い、温泉を満喫し、火山と直接対話することによって、その本当の姿にふれることができるはずです。

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