![]() | 三枝聖[著] 1,500円+税 四六判上製 128頁 2018年7月刊行 ISBN978-4-8067-1563-4 虫は死体の第一発見者だ。 いつ、どこで、事件が起きたのか、 いつから、そこに、死体があったのか。 死体についている虫の種類、成長段階、個体数―― 昆虫たちの証言に耳を傾け、声なき死体の情報にたどりつく。 法昆虫学者が活躍する人気海外ドラマ「CSI:科学捜査班」をはじめ、注目が集まる法昆虫学。 日本初の書き下ろし。 |
三枝聖(さいぐさ・きよし)
1971 年 埼玉県生まれ。就学前より高等学校卒業まで、北海道で過ごす。
1996 年 弘前大学大学院理学研究科生物学専攻修了。修士(理学)
1997 年 岩手医科大学医学部法医学講座技術員
2005 年 博士(医学)取得(岩手医科大学)
2005 年 岩手医科大学教養部生物学科講師
改組にともない、岩手医科大学共通教育センター生物学科講師を経て、
現在、岩手医科大学教養教育センター生物学科講師。
21 世紀初頭に、必要に迫られて岩手県における法昆虫学の研究に着手し、
細々と継続して現在に至る。
現在の課題は、春期に発見された死体の法昆虫学的な死亡時期の鑑別と、
寒暖境界期の法昆虫学的な死後経過時間の推定精度の向上である。
ALDH2*2/ALDH2*2 のため、飲酒適性なし。
第1章 法昆虫学って何?
日常と非日常の境の扉を開く…… ある日の法昆虫学者
あなたのお仕事は?…… 法昆虫学とは何か
ウジとのイタチごっこ…… 法医解剖室での法昆虫学者
死体の第一発見者…… 昆虫たちの証言を聴く
虫から死亡推定時刻はわかるのか?
成傷器(凶器)を特定したハエ…… 13世紀の科学捜査にみられる法昆虫学
死体を食べる昆虫は捜査のじゃま者?…… 日本で法昆虫学が捜査に導入されないわけ
法昆虫学者、海外デビュー!?……失踪した韓国大型旅客船運航会社会長に関する法昆虫学的な分析
海外の法昆虫学事情
昆虫たちは優秀な捜査官
私が法昆虫学者になったわけ
法昆虫学者になるための条件?
第2章 法昆虫学者という仕事
死体を食糧とする昆虫
死体を食べているウジから推定できること…… ハエが死体の第一発見者
証言者の身元調査(プロファイル)…… 死体を食糧とするハエの生態
死体に入植するウジたち
飛び跳ねるウジ
ウジのいない死体…… シデムシ
ホシカムシとカツオブシムシ
法昆虫学マニュアル…… 採集・標本づくり
死体の腐敗分解過程…… 死後変化からおおよその死後経過を推定する
昆虫学的証拠から死後経過時間を推定する方法…… 積算時度
死後経過時間の推定精度の向上…… ウジの体長計測と積算時度
法昆虫学により割り出された死後経過時間は正確か?
「昆虫学的証拠」から得られる情報…… 死体に残存する昆虫の活動の痕跡
焼損死体とニクバエの幼虫…… 特殊な状態の死体と昆虫
第3章 死体菜園 body garden
岩手でブタ死体の屋外留置実験をする
昆虫たちが教えてくれること
第4章 法昆虫学をつかう…… 岩手県警察とのコラボレーション
参考文献
あとがき
一般社会で「お仕事は何をなさっているのですか」と尋ねられたときには、所属する組織の名称と役職を回答する。私の場合ならば、「岩手医科大学教養教育センター生物学科講師です」と答えるし、名刺にもそう記してある。簡単にいうと、「岩手医大の生物の先生」である。しかし、研究者のあいだでは、「仕事」という言葉は多くの場合、研究分野を意味し、研究対象(材料)や研究課題を紹介する。私の「仕事」は「法昆虫学」となる。
ここで、次なる問題が生じる。
法昆虫学は(特に日本においては)超隙間分野で認知度が低いため、「ホーコンチューガク?」と聞き返されること必至である。あぁ、やっぱり……その表情に明らかな困惑≠ェ見てとれる。それを見かねた周囲の方が「この人は虫を……」と、私にかわり紹介してくださるのだが、「あぁ、昆虫ですか。では、チョウとかカブトムシ、クワガタとかが好きで、そういった昆虫を研究なさっているのですね」と、困惑≠ゥら誤解≠ヨと移行する。誤解したままの方が互いにとって幸せな気もするのだが、なかなか会話がかみ合わない。
私は意を決し、「いえ、私は腐乱死体に群がっているウジなどを研究対象として……」と話すと、憐憫≠るいは恐怖≠ともなった困惑≠ヨと変貌を遂げたことが表情から読みとれる。
無理もない。
そもそも、昆虫が苦手(嫌い)という方も多いなか、ウジという「キモチワルイいきもの」と、腐乱死体という「見たくないもの」の組み合わせである。言葉を失い、無意識のうちに数歩後退したのだろうか。物理的距離も心理的距離も遠のいたようである。この「微妙な雰囲気」は想定の範囲内だ。私は徐々に気配を消し、その場から離脱(フェードアウト)する。
法昆虫学は forensic entomology という英語の日本語訳で、「昆虫を証拠の一つとして、日常生活で起こりうる昆虫が関与する諸問題について調査し、解決する分野。あるいは調査・捜査に利用するために、昆虫について研究する分野」というのが、適当だろうか。
欧米で出版されている法昆虫学についての書籍はあるが、法昆虫学の定義はあいまいで、その適用は多岐にわたる。
「日常生活で起こりうる昆虫が関与する諸問題」とは、衣食住の害虫あるいは衛生害虫・不快害虫による被害などである。例えば、飲食店で提供された料理や加工食品中に昆虫(の一部)が混入していた場合、調理(製造)過程で混入したものか、あるいは後から故意に混入されたものかの鑑別などである。そのほかにもシロアリによる木造建築の食害であるとか、産業動物(肉牛、乳牛、養豚、養鶏など)・愛玩動物(ペット)の衛生管理(飼料の保管や排泄物などの適切な処理)の問題であるとか、感染症の原因となる細菌やウイルスの媒介者となる昆虫についての調査も含むとされる。
日本では訳語として「法医昆虫学」をあてることもある(むしろこちらの方が有名かもしれない)が、その理由として、捜査機関(警察)と関連が深い分野であることがあげられる。
具体的には、「ヒト死体を蚕食(さんしょく)している昆虫を証拠として分析し、死後経過時間を推定する」ことが法昆虫学の主要な目的の一つだからである(超隙間分野の主要目的って、どの程度のものなのかという疑問はとりあえず黙殺する)。私の主たる仕事≠焉Aこれである。
ヒトの死体を食べている虫を手がかりに、死後経過時間を推定する。
それが法昆虫学の主な目的の一つです。
では、どのように調査・分析・解明するのでしょうか?
それをわかりやすく解説しているのが本書です。
著者は、大学院修士課程修了後、岩手医科大学医学部法医学講座に、法医解剖を介助する技術職員として就職。
解剖開始前に器具を準備し、解剖中は執刀医の手助けをし、解剖後は死体を清拭しお見送りするという仕事の中で、
法昆虫学を研究テーマとし博士号を取得。
実際に法医解剖室内で死体についているウジなどの採集、キャンパス内でのブタ死体の腐敗過程の実験、
岩手県警察との連携などにより、情報やデータを蓄積・分析し、全国で実務に導入されるよう、試行錯誤しています。
「法医昆虫学」と言われることもありますが、必ずしも法医学分野(死体関係)にだけ限られていないので、
本書では「法昆虫学」を使用しています。
昆虫好きからミステリー好きまで楽しめる1冊です。