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オックスフォード・サイエンス・ガイド

ナイジェル・コールダー[著] 屋代通子[訳]

本体24000円+税  B5判 上製 832ページ 2007年3月発行
ISBN978-4-8067-1319-7 C0540

現代科学の最先端を見続けてきた著者が、専門家から、一般読者まで、中高生から、最先端の研究者までを楽しませるように、たった一人で書き下ろした、驚愕のサイエンスガイド。

人間の利他主義と攻撃性、生物多様性、核兵器、脳の配線、火山噴火、遺伝子組み換え作物、生命の起源、右利き、左利き、宇宙の起源、海流、言語、量子論、天然痘、超弦理論、プロテオーム……

誰が、何を、どのように発見してきたのか、現代科学は、何をどのように解き明かし、なにがわかったのか、何がわかっていないのか。
わかったと思っていたことが、どの発見によって、どのように覆されようとしているのか。

壮大で、わくわく、ドキドキする、モダンサイエンスの全貌が、初めて、1冊の本のなかに表現された。

最先端の物理学、化学、分子生物学などの研究成果を扱っていながら、数式や、難解な図版類は、いっさいありません。

科学の成り立ちから最近のノーベル賞学者の大発見まで、現代科学の姿を楽しく追うあいだに、知らず知らずに、モダンサイエンスの全体像がわかり、読者はおのずと科学通になります!!

決して難しい本ではありません。がしかし、いろいろとむずかしいことがわかります。

日本人科学者も多数登場します。


『オックスフォード・サイエンス・ガイド』の特色

1:科学の話題を網羅した一般読者向け概説書。だが通常の参考書などと大きく異なる特徴は、型破りかつユニークなその見出し語で、副題とともに、のっけから読者の興味をかりたてる。

2:全篇通してナイジェル・コールダーによって書き下ろされており、112篇全てが単独でも読み応えのあるショートストーリーになっている。

3:頭から順番に読むもよし、興味の赴くまま順不同に読むもよし、あるいは好きな項目から始めて各項目末尾に示された関連項目を追っていくのもよし、さまざまな読み方が楽しめる。

4:コールダーは科学的知見に中立の立場を保ちつつ、科学ロマンのエッセンスを生き生きと、かつ鮮やかに描き出している。


全英で絶賛!書評抄録

「これほどの労作は、たゆみない作業と冷徹な精神、そして物事の本質を明快に見抜くまなざしをもってしなければ、成し遂げられなかったであろう。著者ナイジェル・コールダーは、類稀な実績を持つ経験豊富な科学ライターである。時間を忘れて読みふけってしまう一冊。」
ガーディアン紙/マルコム・スミス評

「科学を学ぶ学生にとっては必読の書。
また非理系人にとっても、最新の科学情報に精通するには世代を問わず恰好の概説書である」
サンデータイムズ紙/ジョン・コーンウェル評

「想像のおよぶ限り、およそありとあらゆる科学の領域を網羅し、さらには思いもよらない分野にまで話題を広げて、まじめに、なおかつ楽しく読める概説書になっている。この先、長きにわたって信頼にたる参考書となるだろう」
インデペンデント紙/書評


もっと詳しい内容は、下記をクリック

はじめに
パンフレットより
目次
サンプル項目1<アルコール>
サンプル項目2<利他主義と攻撃性>

書評再録のページへ 読者の声のページへ
【はじめに】


はじめに:クモの巣へようこそ

 「エッセイ」と言ってしまうと大仰に過ぎるだろう。何か決定的な結論めいた響きがする。が、科学は――ありがたいことに――いまだその地平には到達していない。ここに並べたのは、近年から現在にかけて行なわれている科学の基礎研究と、それが目指しているであろうものに関しての小文だ。主として過去形で書いてあるのは、これからまだよりよい成果が見つかるかもしれないという含みを持たせているのである。
 本書はABC順(日本語版は五十音順) になっている。しかしどうか誤解しないでいただきたい。これは百科事典ではない。項目の見出しはそこで語られている中身を知る手がかりだ。クモの巣のように関連し合う錯綜した話題を、少しでも楽に渉猟できるように、ABC順にしてある。この本はどういう順番で読んでいただいても構わない。初めから終わりまで順にでも、あちらからこちらからつまみ読みでも、あるいは、適当な話題から始めて、それぞれの項目の最後にある参照項目を辿って進んでいく、という読み方もできる。
 クモの巣はこの本の隠れたソフトウェア(骨格)だ。これは幾多の細流に分かれて進捗している現在の科学が、再び合流することを称えているのだ。精神世界を200年ほど遡ってみよう――極端な専門分化によって科学が損なわれてしまう前の時代に。当時はそこそこの教養と接することができる者ならば、科学の世界の専門語を聞きかじるだけでなく、原子や星、化石、気候、はたまた冬にツバメはどこに行くのか、といったような問題を知的に理解できることになっていた。  今はどこが違うかといえば、人は星についてよりよく知りたければ、原子についての知識も必要だし、逆もまた真なりというところだ。化石や気候についても然り。あらゆるものが繋がっている。といっても、情緒的な一体論でではなく、母なる自然の無味乾燥な骨組みを少しずつ再構成していく、物理と科学のプロセスによってである。ツバメがどうやって冬ごもりの場所を知るかなど、難解な謎の解明には、学問領域を横断するような道から近づいていくしかない。
 宇宙の魔法は相互のつながりの中にあらわになってくる。ビッグバンで解き放たれた仕掛けがすべてそろって、惑星を作り、インコを作っている。これまでのところはぼんやりとしか分かられていないが、この魔法が、いろいろなところでわれわれの目を見張らせ、困惑させるこの魔法が、全体としてはわたしたちの利益になるように働いているようなのだ。彗星を命と結びつけ、ゲノムを大陸移動と結びつけ、鉄をちほう症と、分子物理学を曇天と結びつける自然の魔法を、専門家の目はとかく見逃しがちだ。
 科学全般に関する専門性、なるものを語ろうとするのは語義矛盾かもしれない。しかしゼネラリストは存在する。総合的な研究機関などに属して生計を立てているものもいれば、あるいはどこの組織にも属さず、科学の全領域にわたって、その知見を新聞や雑誌、漫画、ラジオ、テレビ、ビデオ、インターネットに、あるいは博物館の展示や書物の形で発表している者もいる。
 今これを書いている著者は、上に上げたメディアの全てで半世紀にわたって仕事をしてきた。ジャーナリストもどきの初仕事は、一九五三年、ケンブリッジの学生時代に遡る。ロンドンの日刊紙で科学面を担当していた父親に、キャヴェンディッシュ研究所で遺伝子の形を解明した研究者ふたりと国王の行列にまつわるゴシップを耳打ちしたのだ。
 年をとり、タイプするスピードは衰えたかもしれないが、科学の先端と発見に肉迫しつづけた生涯はわたしの強みだ。大げさな宣伝や教条主義や、象牙の塔の世間離れした教授どのには、どうしたって用心深くなる。これはじかに経験してきたことだが、胸の躍るような発見は初め、ほとんどそれと知らぬ間に忍び足で近づいてくるものだ。何より、科学の一番素晴らしいところは、ロマンチックで、まばゆいものだと身にしみているのである。だから、多忙な読者を、ロマンのかけらもない話で煩わせたりはできないのだ。
 中立公平も、わが著者の強みである。著者は特定の分野やメディア、組織に属していない。科学のどんな部門を扱っても、扱わなくても、まったく痛くも痒くもない。また、国境を気にする必要もないので、科学は自分の国とアメリカ合衆国でだけ起こっているものだ、などという報道関係者にありがちな思い込みは無視できる。
 この本に、現代科学の手引き書として書棚の一角に定位置を確保させてやるためには、一定の自制が求められる。今書いていることが、十年経っても読むに耐えるか、単なるナンセンスになっているか、絶えず自問しつづけなければならないのだ。本を間違いなく短命に終わらせようと思ったら、20世紀後半の大勢の固まった意見だけを書き連ねておけばいい。あるいは、本の執筆と並行して起きている、華々しいが一時的な現象だけを追いかけてもいい。そうしないために、21世紀に入っての研究の方向性を改めていくような、確固として修正途上にあるものが何なのか、見出すことに努めるのを方針とした。
 そのようにして産みだされるものは、当然ながら主観に満ちている。科学についてこれまで書かれたものはすべからくそうだ。どの話題を取り上げ、どの話題を取り上げないか、ということからして、すでに先入観が入っているのだ。さらに言えば、慎重さ、簡明さ、全ての人から見ての公正さ、を同時に等しく取りいれる方程式を成り立たせる解はない。したがってまず公正さには目をつぶろう。あらゆる話題に関して取り上げ得る意見や個人は、本書で挙げた以外にもたくさん考えられると思われるかもしれないが、わたしにとってはそうではないのだ。もしも読んでいて何か、あるいは誰かが欠けていると思われたなら、どうかご自身で考えてみていただきたい。著者が呻吟したように、あなたなら欠けていると思われた誰かか何かを盛り込むために、ほかの何を切り捨てるのか。
 多くの話題と関わりのある項目については、「ポインター」とした。入り組んだ話が明解になるように、参照項目を整然と並べてあり、「ポインター」を見ることで「クモの巣」の相互関係図が整理される。ただし例外もあり、科学的発見の受容階層を示す「バーナルの梯子」の項では、クモの巣の相互関係というより、いくつかの発見を列記してみた親切な脚注のように考えていただきたい。

『オックスフォード・サイエンス・ガイド』パンフレットより

 「オックスフォード・サイエンス・ガイド」は独創的な着想で、科学の「いま」を広く一般の人々に知らせる一冊である。
クォークから言語学、気候変動からクローン技術、さらにはカオス理論や超弦(ひも)理論といった幅広い話題が、ひとつひとつ独立した物語の形で語られ、叡智の地平を巡る心躍る旅へと読む者をいざなってくれることだろう。

物語は見出し語の50音順に並べられているものの、いわゆる従来の百科事典とはまったく異なる。熟練した筆致でわかりやすく書かれた物語は、ひとつひとつ思いもよらない方向へと展開し、通常越えられない科学分野の壁を、やすやすと越えていく。
これはまさに、細分化されてしまった科学領域が、いままた再統合されようとしている流れへの、賛美のしるしなのだ。
「宇宙の魔術は相互作用のなかでこそ明かされてくるのです」とコールダーは語っている。

「ビッグバンの際に解き放たれたさまざまな仕掛けによって、惑星ができ、あるいはオウムが作られた。今の段階では、まだぼんやりとしか理解されてはいませんが、全体としては宇宙の魔術はわたしたちを利するように働いています。しかし細部では驚かされるような謎が多いのです。彗星と生命とを、ゲノムと大陸移動とを結び付けているもの、鉄鉱石と認知症を、素粒子物理学と雲を結び付けているもの、その魔術に専門家は翻弄されてしまうのです」

それぞれの項目は、どのような順番で読んでも楽しむことができる。「酵母が酒を創るとき、遺伝学の夜明けがくる――アルコール」の項からでも、一気に「プリオン――人肉食と狂牛病から見えてくる遺伝と進化の新しい形」の項へ飛んでもいい。
はたまた「ヒッグスボソン――数百万ドルを費やして質量の源を探る」から読み始めたってかまわない。
どこから始めても間違いなく、発見につぐ発見の旅を堪能することができるだろう。

本書は、確かに大冊である。さくさく読み進めても、数週間はゆうに楽しめる。しかし、著者が語っているように、科学の本質はロマンに満ち、胸躍るものだ。としたら、現代の多忙な読者の貴重な時間を、そうでない書物で無駄にさせる必要がどこにあろうか?

【目次】

序文:クモの巣へようこそ
introduction


あふれ出す玄武岩:衝突した彗星が大陸を動かしたのか 001
flood basalts
アルコール:酵母が酒を創るとき、遺伝学の夜明けがくる 006
alcohol
暗黒エネルギー:加速する宇宙の力を暴く 008
dark energy
暗黒物質:ピーピー泣く風か、ばりばりの機械か 015
dark matter
遺伝子:先祖から授かった四色の知恵の言葉 021
genes
遺伝子組み換え作物:よかれあしかれ、地球規模の実験は始まってしまった 030
transgenic crops
宇宙:「我々の登場を知っていたに違いない」 037
universe
宇宙から見た生物圏:「世界の全体を見たいんだ」 047
biosphere from space
宇宙航法:宇宙開拓民は孫に先を越されるか? 054
astronautics
宇宙線:一番強い粒子はどこからくるのか? 060
cosmic rays
宇宙の鉱物:星くずから水晶、そして石 066
minerals in space
宇宙の天気:なぜ昔よりやっかいの種になっているのか 070
space weather
宇宙の分子:星々の中の不思議な化学 079
molecules in space
宇宙背景輻射:宇宙の壁紙の模様を探す 085
microwave background
エネルギーと質量:アインシュタインのもっとも有名な方程式における通貨 092
energy and mass
エルニーニョ:暖かい海が世界の気候を揺らめかす 098
el nino


開花:遺伝子通路の華麗な変異 103
flowering
海流:世界のセントラルヒーティング 107
ocean currents
カオス:蝶とテントウムシ、そして水星効果 113
chaos
核兵器:危機一髪勝利したのは 122
nuclear weapons
火山噴火:次の大地震はどこで?
volcanic explosions
幹細胞:自然と医療の組織工学 136
stem cells
カンブリアの爆発:得やすいものは失いやすし、先史時代の動物たち 140
Cambrian explosion
ガンマ線バースト:毎日作られる新しいブラックホール 145
gamma-ray burst
記憶:記憶を維持し、忘却する化学をさぐる 150
memory
利き手:ついて離れぬ左対右の謎 158
handedness
起源:ポインター 165
origins
気候変動:凍るのか焼かれるのか 166
climate change
恐竜:なぜ結局は小さいことが美しいのか 175
dinosaurs
極端好み:思いもよらない場所で元気に生きる生き物たち 179
extremophiles
銀河:生まれたての宇宙にユノの乳を探す 185
galaxies
クォークのスープ:陽子のない世界を再創造する 190
quark soup
クローニング:性交なしの子作りがなぜ健康に悪いか 193
cloning
ゲノム全般:化学コードで表される生命の全歴史 200
genomes in general
言語:なぜ新しい話し方を作るのはいつも女性なのか 209
languages
元素:崩壊する巨星と爆発する矮星、そして星のひと吹きが遺してくれたもの 216
elements
光合成:庭の草木はどうやって大きくなるか 225
photosynthesis
高速旅行:特殊相対性理論の常識 232
high-speed travel
氷のいかだに乗せて:急激な気候の変化で氷河が押し寄せる 240
ice-rafting events
穀物:地球でもっとも大事にされている住人を、遺伝子が後押しする 246
cereals


細胞周期:いつどのように、ひとつの生体がふたつになるのか 254
cell cycle
細胞の交通:郵便番号、踏み石、そして生命の複雑さを認識すること 258
cell traffic
細胞の死:生命はどのようにして自殺を進化の計画に組み込んだのか 263
cell death
地震:なぜ正確に予知できないのか、あるいは防げないのか 267
earthquakes
重力:アルバートおじさんはほんとうに正しかったのか 274
gravity
重力波:重たいニュースで宇宙を揺るがす 284
gravitational waves
衝突:彗星、小惑星との衝突のもたらす物理的影響 288
impacts
植物:ポインター 296
plants
植物の病気:進化の武器か、それとも単なる塹壕戦か 297
plant diseases
シロイヌナズナ:植物学者に全体像を提供した目立たない雑草 301
arabidopsis
進化:ダーウィンの自然淘汰で物語が完結しないわけ 304
evolution
進化する分子:日本の異端児がいかにして汚名をすすいだか 317
molecules evolving
人類の起源:なぜ掘り起こされるのはみんな大叔母さんなのか 322
human origins
彗星と小惑星:雪の泥球といとこの岩球 331
comets and asteroids
S(スージー)粒子:異質な物質と力の超世界 339
sparticles
スターバースト:銀河の交通事故と星のベビーブーム 344
star bursts
スピーチ:ヒトをチンパンジーより能弁にしている遺伝子 348
speech
生態進化論:変異性と生存とを捉える新しい視点 355
eco-evolution
生物多様性:共存の数学 360
biodiversity
生物時計:日常を支配する分子の仕組み 369
biological clocks
生命の木:ふしだらな細菌と進化の道筋 376
tree of life
生命の起源:謎の答えは外宇宙にあるのか 385
life’s origin
絶滅:すべて天空からの一撃のせいだったのか 393
extinctions
先史時代の遺伝子:旅の営業マンと定住者とを分類する 399
prehistoric genes
相対性:ポインター 408
relativity
素粒子の一族:物質とその振る舞いの標準理論を完成する 409
particle families


タイムマシン:現代物理学最大のテーマか? 417
time machines
太陽の内部:音波がわれわれの母なる星をハダカにする 420
sun’s interior
太陽風:太陽風はいかにして、われわれが暮らす太陽圏をつくってきたか 429
solar wind
大陸と超大陸:世界の始まりからのコラージュ作り 438
continents and supercontinents
炭素循環:それは地球の気候とどう関わり合っているのか 444
carbon cycle
蛋白質生成:印象派のダンスからほんとうの分子映画まで 451
protein-making
蛋白質の形:いつか、小刻みに震えだす蛋白質を見られる日 456
protein shapes
力:ポインター 462
forces
地球:太陽系のほかの惑星とどうしてこんなに違うのか 463
earth
地球外生命:わたしたちは天の川にひとりぼっちか 472
extraterrestrial life
地球の輝き:光り輝く雲が気象の変化を告げ、後押しする 482
earth shine
地球の酵素:今、地質学者、化学者、生物学者をひきつけるもの 488
global enzymes
地球のシステム:ポインター 497
earth system
中性子星:空で時を刻む時計と、その静かな影 499
neutron stars
超原子、超流動、超伝導:行進するボソン粒子 505
superatoms, superfluids, superconductors
超弦理論:宇宙の想像力を調律しなおす 512
superstrings
DNA指紋:親子鑑定から顔の多様性まで 519
DNA fingerprinting
天然痘:乳搾り女の恩寵と将軍の呪い 521
smallpox


ニュートリノ振動:見えない素粒子がかくれんぼをする 526
neutrino oscillations
人間の生態学:環境植民地主義をどう越えるか 532
human ecology
脳の画像化:鮮明な映像は何を語るのか? 540
brain images
脳の配線:なぜ神経は、どこで接合すればいいかを知っているのか? 547
brain wiring
脳のリズム:人間が思考するリズムの数学 552
brain rhythms


バーナルの梯子:ポインター 557
Bernal’ s ladder
胚:「コントロール遺伝子が化学コンピュータを動かしている」 559
embryos
バッキーボールとナノチューブ:とことん小さく、とことんたくさん 565
buckyballs and nanotubes
発見:なぜ第一級の研究者がたいてい間違うのか 574
discovery
反物質:サハロフが作ったコートはほんとうに、それがないことを説明するのか 583
antimatter
ヒッグスボソン:数百万ドルを費やして質量の源を探る 593
Higgs bosons
ビッグバン:インフレーション宇宙の巧妙な早業 600
big bang
ビットとキュービット:デジタルの世界に忍び寄る量子の影 609
bits and qubits
ヒトゲノム:基礎生物学の産業化 614
human genome
氷雪圏:氷床、海氷、山の氷河が語る複雑な物語 624
cryosphere
不規則な材質:散らかった固体と固まった液体の不思議 630
disorderly materials
不死:われわれは百歳までで満足したほうがいいのか 634
immortality
物質:ポインター 640
matter
プラズマ結晶:新たに発見された力が埃に力を与える 641
plasma crystals
ブラックホール:クエーサーと活発な銀河の恐るべき動力 647
black hales
プリオン:人肉食と狂牛病から見えてくる遺伝と進化の新しい形 656
prions
プレートの動き:地球の表面を改造した岩の機械とは何か 663
plate motions
プロテオーム:生体分子のコールド・バレエ 672
proteomes
分子のパートナー:化学反応の仕上げは自然に 679
molecular partners
文法:コンピュータの世界支配の前に立ちはだかるもの 684
grammar
星:彼らの歌を聴き、大きさを測る 690
stars
捕食者:帰れ、オオカミどん。すべて水に流す 696
predator
ホットスポット:地球の奥深くには、ほんとうに煙突があるのか 700
hotspots
哺乳類:乳を作る先祖を、漂流する大陸に探す 705
mammals


免疫機構:何が私で、何があなたで、何が嫌らしいバイ菌なのか 712
immune system

>ヤ
有望な怪物:彼らはいかにして進化の革命を告げたか 722
hopeful monsters
弱い電気的力:ヨーロッパはいかにして素粒子物理学のかつての栄光を取り戻したか 732
electroweak force


利他主義と攻撃性:人間性の二つの側面の起源を探る 739
altruism and aggression
量子のもつれ:謎か不気味か、でも役に立つ 749
Quantum tangles
霊長類の行動:人類の文化誕生のヒント 758
primate behaviour

巻末解説:森山和道 764

引用元一覧

人物索引
事項索引

著者紹介

【サンプル項目1】

アルコール――酵母が酒を創るとき、遺伝学の夜明けがくる

「そんなことをしても何ら成果は期待できない」一八九三年、ミュンヘンの有機研究所科学委員会はエドゥアルド・ブフナーに告げた。若き講師は、ビール酵母の細胞を砕いてその組成を調べる研究をしたかったのだ。しかし今回、委員会の権威の影響はわずかの間しか及ばなかった。間もなくミュンヘン衛生研究所の理事に加わったハンス・ブフナーが、弟の酵母研究支持に動いたのだ。かくして生化学は、臆面もない身びいきの上に実を結んだのだった。
 当時、生命は特段の力などを持ち出さなくとも、化学の文脈で説明できるのではないかという期待が広まっていた。しかし生命特有の反応は、死んだ試料では決して見られない。一八九七年までには、ブフナーは酵母から、糖を二酸化炭素に変える成分を分離していた。彼ははじめて酵素を発見したのだ。化学反応を促進する触媒になるものを。
 さて、時間の針を大急ぎで二一世紀に進めよう。何千という酵素が知られている。酵素は遺伝子からの事細かな指令によって作られる蛋白質の分子であり、ひとつひとつがその酵素を持つ有機体のなかで、特定の働きをする。糖からエチルアルコール、すなわち飲料に適したアルコールを作る発酵では、イースト細胞中のいくつかの酵素が順繰りに働いている製造工程なのである。
 分子生物学と、それによって異なる有機体の中に似通った遺伝子を見つけ出せるようになったおかげで、生命の化学に驚くべき概略図がもたらされてきた。ある同じ遺伝子と、それが作る酵素が、ひとつの種と別の種とで微妙に変異しているということが、進化の物語をひもといていく。全ての遺伝子、つまりゲノムの解読が多くの種で進むことで、分析に加速がかかる。生命の歴史を見通すことももはや夢ではない。イーストがいつどのようにしてアルコールを作る技を身につけたかを調べることで、その一端が垣間見えるのだ。
 およそ八千万年前、植物はおそらく、巨大な草食恐竜たちによって食べ散らかされていたと考えられる。顕花植物に果実が発達した進化の裏には、草食恐竜の旺盛な食欲があったのではないか、と化石の探求者たちは考える。果実は動物を使い、内臓に入れて種を新たに繁茂する場所まで運ばせてしまう。動物を誘惑する手立てのひとつが、甘くて栄養たっぷりな味付けだ。  植物と巨大動物のこの駆け引きに割り込んできたのが、イースト菌だ。小さすぎて自分たちでは果実にかぶりつけないが、イーストは傷んだ果実に入り込み、腐らせることができる。ハエもお楽しみにくわわった。遺伝学の研究者に重宝されるショウジョウバエの祖先は、傷んだ果実に卵を産みつけるように特化した。しかしショウジョウバエのウジの栄養源の最たるものは、果実ではなくイーストだ。
 幸いにも、顕花植物やイーストやショウジョウバエなどは真っ先にゲノムが解読された生物のうちに入っている。フロリダ大学の化学者スティーヴン・ベナーのチームは、果実の発達に関わって互いに影響を与えながら進化してきた種のゲノム比較に力を注いだ。この分子研究の結果は見事なものだった。
 新しい果実のある生活を始めるために必要な遺伝子の材料には、遺伝子複写で出来た余りの遺伝子だった。余分な遺伝子は、すでに有機体の中にあって使われている酵素を侵すことなく、新たな酵素を作る暗号を生み出すことができた。顕花植物とショウジョウバエのゲノムにはどちらも、およそ八千万年前ごろに爆発的に遺伝子複写が起こった痕跡がある。それは同時に、イースト菌のゲノムにも起こっていた。
 その頃の産まれたイーストの酵素のなかにまさに、ばらばらになったショ糖分子からエチルアルコールを作る行程を完結させるのに不可欠なものがある。ピルビン酸脱炭酸酵素は二酸化炭素分子を追い出し、酵母を発泡させる。次にアルコール脱水素酵素が水素原子と酸素原子と炭素原子の結合を助けてエチルアルコールの生成を完了するのだ。
 「長年生化学の学生たちは、グルコースをアルコールに変える酵素の順番を、退屈極まりない教官の課題のように丸暗記させられてきた。生きた自然の教材としてではなくね」ベナーは言う。「しかしこれからの学生諸君は、急速に変化した地球環境を渡りきろうとするイーストの、遺伝子レベルの冒険を楽しむことができるんだ」
 ゲノムに刻まれた日付がきれいに符合することからして、酒は巨大爬虫類の治世が終わるより、たっぷり千五百万年は前に誕生していたと考えられる。イーストの活動を産業科してしまった人間だけでなく、ゾウやサルなど、現代の動物も、発酵した果実でほろ酔い加減になるのはきらいではないようだ。ゲノムの解読から読み取れてきた成果のひとつとして、酒好きの動物の一覧表に酔っ払いの恐竜を加えることも間違いではなさそうだ。

→生命の歴史における酵素については、「グローバルな酵素」を、遺伝子複写については「分子進化」を、また背景知識に関しては「ゲノム全般」と「プロテオムス」の項を参照のこと

【サンプル項目2】

利他主義と攻撃性――人間性の二側面の起源を探る

 十九世紀の終わり、ロシアの貴公子でのちにアナーキストになったピュートル・クロポトキンが英国にたどり着いた。コミュニストのカール・マルクスの先例の通り、尊大で、社会全般を包含するような思想にいたって冷笑的であるがゆえに、却って個人的に法を犯していない人間なら誰でも受け容れるという国民性のおかげで、クロポトキンもここに安住の地を見出す。彼を迎え入れてくれた国はちょうど、科学思想に沸きに湧いている折りで、特に進化論のチャールズ・ダーウィンと人間の行動に注目が集まっていた。さらにまたイギリスは、行動における無政府主義の恰好の例を彼に提供してくれたのだった。
 一九〇二年の著書『相互扶助論:進化の要因』のなかで、クロポトキンは、人は一般に生来高潔であり、互いに助け合おうとするのであって、したがって政治指導者たちから教え導かれる必要などない、と説いている。ダーウィン主義者の精神でもって、彼はシベリアの荒野を旅したときに出会った、動物の利他的行動と見受けられた例を引き合いに出している。では人類の相互扶助についてはどうか。
 「この国の救命ボート協会と」とクロポトキンは書いている。「大陸のこれに類する団体では沿岸地域に三百以上の救命ボートを備えている。この数は、漁師たちがこれほど貧しくなく、ボートを購入できさえしていれば、軽く二倍になっているはずである。ただし救命ボートに乗り組むのは自由意志からであり、まったくの赤の他人の命を救うために自らの生命を犠牲にすることも厭わない彼らの志は、毎年のように厳しく試される。冬ごとに、彼らのうちでももっとも勇敢だった何人かの命が失われたことが世間の人々の知るところとなるのだ」
 今日ではこの組織は王立全国救命ボート協会と呼ばれている――王立といっても単なる敬称で、実際の管理体制を示すものではないが。基金を支えている紳士諸兄は仰天するかもしれないが、これが無政府的な組織であると言ったクロポトキンは間違っていない。指揮管理体系は人手を提供している沿岸ごとのコミュニティに分散されているし、資金は全国からの一般の寄付だけで賄われ、国家からは一円も受け取っていないのだ。
 ハイテクを駆使し、自動復元装置もそなえた最新型の救命ボートでさえ、遭難するときは遭難する。とうてい歯が立たないと思えるような暴風雨の中にも躊躇なく出動していった素晴らしい若者が、命を奪われることは今もある。しかし同時に、こうした高潔な人々とまったく変わらない若者たちが、エスニック・クレンジングなどといった残虐な行為に手を染め得ることも、わたしたちは知っている。では、人はそもそも、生まれつき極悪なのだろうか、それとも親切なのだろうか。攻撃的なのだろうか、それとも他人を護ろうとするのだろうか。
 性悪説対性善説は、倫理学の最も古い命題であり、最近では社会心理学のテーマでもある。これと密接に関わる大問題がもうひとつある。遺伝としつけは、この点に関して人間の行動を決定付けていく上でどういう役割を果たすのか、そして犯罪者は、自分の行動をすべて責任をもって説明できるのだろうか。

■クレー対カンディンスキー
 科学はこの問題に光を当ててきた。動物行動学や進化論、社会心理学、犯罪学、政治学といった分野だ。二十世紀科学からもたらされた主な遺産として、関心の焦点が個人の行動から、集団としての人間の行動の特性に転換したことがある。
 ジグムント・フロイトとその後継者たちは、人間の攻撃性を個々人の生来的な気質として説明しようとしてきた。これでは世界規模の戦争も酒場の喧嘩の特大版に過ぎず、必然的に、たちの悪い人間が兵士になるという話になりかねない。戦争の原因を集団の病理に求める理論もある。熱に浮かされた家畜の集団暴走のようなもので、合理的な理由などない、とするものだ。しかし銃剣を支給され、敵の若者の腹を突き刺す覚悟で進軍する小隊は、しつけの行き届いていない動物の群れとは画然たる違いがある。
 ブリストル大学で研究活動をしていたフランス生まれの社会心理学者アンリ・タイフェルは、攻撃性を個人や集団の心理で説明しようとする解釈に満足できないでいた。一九七〇年代はじめ、彼は十四歳から十五歳の学年の少年たちを集め、クレー対カンディンスキーなる独創的な実験を行なった。特定のグループに振り分けるだけで、少年たちの行動を修正できることを立証したのだ。
 タイフェルは、少年たちにパウル・クレーとワシリー・カンディンスキーの作品のスライドを何枚か見せ、どれが誰の絵かは説明せずにどちらが好きかを書かせた。そしてどちらが好きと答えたかには関係なく、タイフェルは少年たちを個別に呼び出して、きみはクレーの組、きみはカンディンスキーの組、とひとりひとりに告げた。ただしその組にほかに誰が属しているかはあきらかにせず、また、それぞれの組の特徴のようなことも教えず、ただ名前だけを伝えた。
 競争を煽るようなことは、言葉でも態度でも、一切示されなかった。実験の次の段階は、実験に協力した報償金の分配だった。少年たちは受け取る人が同じグループなのか、それとも違うグループなのかという知識だけを元に、誰がどれだけの報償を受けるべきかを書かされた。両方のグループともが最大限に報償を受け取るように分配する方法もあるし、もう一方のグループの受け取り額には頓着せず、自分のグループの受け取り額を最大にする、という分け方もある。しかし少年たちが好んだのは、自分のグループの受け取り額と他グループの受け取り額の格差が、最大になる分配方法だった。言い換えれば、少年たちは、他グループをやりこめるためならば、自分自身が手にして帰る礼金が小額になるとしても厭わなかった、ということだ。
 この実験と、さらに同種の実験を通して、タイフェルは集団行動を包括する規範を明らかにした。それは、人の社会的アイデンティティを決めるのに役立つという点を除いては、変わりやすい個人の心理とは際立って異なっている。タイフェルが実験で示したように、われわれにはやすやすと自分自身を何かのチームに同一化できる能力があるが、そのこと自体が、社会生活の核心の部分でやっかいな矛盾を生じさせる。人間の最大の偉業はチームワークによってこそ達成されるものだが、チームワークとは結局、チームに誰が属し、誰が属していないかによって規定される、忠誠心やら誇りやらに依拠しているものだ。この場合グループ外の存在は、よくてせいぜい哀れな負け犬、悪くすれば憎むべき敵と見なされる。
 「このような差別化は、差別を行なっている個人の利益とは何ら関係がない」とタイフェルは言う。「しかしわれわれは、グループを構成するということのあらゆる側面を考慮に入れなければならない。良い面も、悪い面もである。良い面といえば、例えば属する集団への帰属感や、集団の構成員であることの価値などが当然これにあたるし、一方で悪い面は、言うまでもなく、戦争、反乱、人種等の偏見という形で現われる」

■身内への思いやり
 二十世紀の半ば、人間がとりわけ同じ人類を殺戮するように進化してしまったことを嘆く書物が大量にベストセラーになった。その中でも特に権威があるとされたのは、オーストリアの動物行動学者、コンラート・ローレンツの著わした『On Aggression(1960)』だ。人間には、ほかの動物に働いているような抑制がない、とローレンツは説いた。ほかの動物は、ひどい怪我を負ったり命を落としたりしないように、同種同士の争いは儀式化されている場合が多いというのだ。その理由としてローレンツは、手斧などといった武器を獲得するまでは人類がどちらかといえば無力であったために、進化の機構が人に、殺害行為に対する抑制を授けそこなったのだろうと考えた。
 いかにも説得力のある話だが、この仮説は完全に間違っている。これまでの研究者は野生動物の観察に充分な時間をかけてこなかったので、彼らの同族殺害を見逃してきたのだ。ライオンも、ハイエナも、カバも、さまざまなサルも、鳥も、人間以上に同族を殺す。ハーヴァード大学の動物学者、エドワード・ウィルソンが一九七五年に記している。「わたしの感覚では、ひとつの種の観察時間が一千時間を越えてくると、そうした行動が目につくようになってくる」
 民族誌の研究によると、人間も犠牲者を最小限にするための儀式的な戦闘を行なう。例えばパプアニューギニアのトロブリアンド島の人々は、昔のクリケットを戦争に見立てている。村同士に争いが起こると、それぞれの村では新石器時代さながらの戦闘の装束に身を固め、戦いの化粧を施した代表選手を送り込む。戦気高揚の舞踏も舞われる。アウトを宣告されたバッターは死んだものと見なされる。試合の結果は実際の得点に関わらず、外交駆け引きで決められるのだが、大雑把に言って、たいていホームチームが勝利するようになっている。
 ローレンツの問題提起は逆転してしまった。ゲームの主眼が自分の遺伝子をいかに生き延びさせるかにあるのならば、同種同士、特に競争相手になるオスが闘ったり殺しあったりすることを進化の文脈で解説するのは難しくない。とはいえ人間も、暴力性という意味では決してほかの多くの動物に劣りはしないというものの、現代都市のような環境で多くの同族と共存していかなければならないような場合には、概して平穏に暮らすための工夫も、多くの動物たちに見られるよりもはるかにたくさん、してきているのだ。
 この謎の解明に近づく最初の一歩は、一九六三年、当時ロンドンにいた若き進化学者ウィリアム・ハミルトンが踏み出した。ハミルトンはダーウィンの自然淘汰の考え方を敷衍し、共通の遺伝子をもつ血縁者の生存を助けることが自分自身の遺伝子の生存を高めることになるとした。血縁者に対する利他的行動を支持する遺伝子は、発達して集団の中に広まることができる。
 ハミルトンはこのようにして、ダーウィンの適者生存を親類縁者も含めた広い意味での家族全体にまで広げ、包括適応という考えを打ち出したのだった。この問題を扱ったハミルトンの論文は、ダーウィンが進化論を世に問うてからの百年で最も大きな飛躍と考えられるようになった。ある進化学者はのちに、ハミルトンのことを「たったひとりのずば抜けた天才」と評している。しかし「利他的行動の進化」と題する彼の論文が発表された当初は、風当たりはそれほど優しくはなかった。
 「最初『ネイチャー』に送った時は、掲載を却下されて送り返されてきた」ハミルトンは後に述懐している。「当時の所属がLSE社会学科だったんだが、これも心証を悪くしたのではないかな」LSEとはロンドン大学経済学部だが、実際にはハミルトンは研究活動をほとんどインペリアル・カレッジで行なっていた。こちらの肩書きだったならば、自然科学雑誌の編集者にはもっと訴えるものがあったかもしれない。いずれにせよ、この画期的な論文を世に知らしめたのは『アメリカン・ナチュラリスト』だった。
 ハミルトンの理論は、進化が荒々しいまでの同族主義を強く擁護し、それにともなう非同族への冷酷さを支えてきたことを示している。戦争も、奴隷も、テロも、すべて進化に由来するのかもしれない、というのは悲観的で暗澹たる考え方だ。ハミルトンは言う。「われわれの生まれ持つ獣性は、決して人間の文化的価値の擁護者ではない」

■いかさまと渡り合う
 とはいえ利他主義は、家族内だけの話ではない。クロポトキンが協調しているように、救命ボートに乗り組む若者たちは、縁もゆかりもない他人を助けるために命をかけるのだ。ダーウィンからさらにもう一歩進むために、ハミルトンの包括適応を非血縁者にまで広げることはできるだろうか。
 こちらもまた若き研究者、ハーヴァード大学のロバート・トライヴァーズが道を開いた。彼の名論文「互恵的利他主義の進化」は一九七一年に発表された。数学的手法を用い、彼はわれわれ人間が他人に親切にするのは、まったく利己的な動機からきていることを論じた。もしもあなたが溺れている人間を助けるために川に飛び込まず、その人間が助かったとしたら、あなたの命を助けるために将来その人間が命を投げ出そうとすることは望めない。互恵的利他主義という学説は、人間が長期にわたって記憶を持ちつづける、特に顔や出来事などをよく覚えている、という特性の上に成り立っている。
 「その場での直接的な利己主義と、互恵的利他主義という形の、長期的に見た、間接的で理想上の利己主義とは、絶え間ない緊張関係にあります」トライヴァーズは解説している。「わたしたちが利他的行為をしようとするのは人間のほかの特性と同じように、進化の結果だと話すと、学生の中には傷つく者もいます。高邁な理想のようなものを信じていたいんですね。しかしこういう反応ですらも、自分の理論で説明できるとわたしは考えているんです。わたしたちはみんな、自分を利他的だと思いたい、自分勝手だと思いたがる者などひとりとしていないんです」
 進化が利他主義を強めるために人間に植え付けた感情的反応は、ちょっと落ち着いて考えてみただけですぐにいくつか思い浮かんでくる、とトライヴァーズは言っている。たとえ自分に直接関係はなくとも、思いやりにあふれた行為を見かけた時に湧き上がってくる温かいもの、あるいはいかさまやごまかしが暴かれたときの憤りもそうだし、列に割り込みをされようものなら、実際にそれで遅れをとった分につりあわないほどの怒りを感じるということもある。
 何か悪いことをして見つかると、後ろめたさやばつの悪さを感じることになり、そういう結末を予測するだけで正直でいようと思いとどまることもある。しかし計算も働いている。人は、他人の窮状と自分がどれくらい楽に手を貸せるかを秤にかけて、どの程度が適切な援助になるかを測定するものだ。逆に言えば、与えられた安堵と取り除かれた心配事を認める以上に感謝する必要はないことになる。
 それより何より、人をだましたくなる誘惑は絶えず沸きあがってくる。何しろ、親切な人ほどだまされやすいからだ。『微笑して、微笑をたたえながら、しかも悪党たりうる』とハムレットに手帳に書かせたシェイクスピアは、そのものずばりを言い当てているわけだ。デンマーク王国の乗っ取りにせよ、バスのただ乗りにせよ、ペテンが割りにあうのなら、利他主義はどうやって進化したというのだろうか。
 協力と背信の二者択一状況を人工的に作り出すシミュレーション/ゲームに囚人のジレンマというものがある。このゲームでは、競技者がふたりとも協力し合えば、少しだが確実に報酬が手に入り、ふたりが同時に協力をやめるとふたりとも罰せられる。最大の報酬が手に入るのは見事に騙しおおせたときだ。つまり相手がまだ協力を続けているのに一方の競技者が相手を騙し、まんまと裏切ったときである。  一九七八年から七九年にかけて、ミシガン州アナーバーで数学的な視点をもったロバート・アクセルロッドという政治学者が囚人のジレンマの大会を開いた。最終的には六カ国から六十人以上が参加した。はじめうち関心を持っていたのは、は経済学や社会学、政治学、数学分野のゲーム理論家たちだったが、後には、生物学、物理学、コンピュータ科学、それに趣味でコンピュータをいじっている人たちまでが参戦してきた。
 参加者はさまざまな作戦を使ったが、一番確実なのは、「目には目を」作戦のようだった。これは、相手が裏切るまでは協力を続け、裏切られたら一回だけしっぺ返しをして、そのあとはすぐ相手を許し、協力を再開する、というやり方だ。  一九八一年、アクセルロッドはハミルトンと共に生物学的色合いの濃い論文を著わした。離反者はいつの世にも絶えることなく出現するが、動物の世界では目には目を的な戦略が進化し、生き延びてきたというものだ。「社会進化の歯車には歯止めがある」とハミルトンは断言した。
 互いの利益になるように攻撃性を抑制して協力し合う行動に関する研究が、生物学と政治学の新たなテーマになった。生き物の行動を見れば「相互扶助」の進化の根は明らかであるとクロポトキンが信じたように、幅広い種の動物を観察し、実験した結果、互恵的な利他主義が働いていることが見とめられ、「目には目を」戦略が実生活にも当てはめ得ることが確認された。
 一九八五年には、ラドガース大学のマイケル・ロンバルドがミドリツバメを使って実験を行なった。巣の雛を死んだ雛と取り替えておき、模型のツバメをいかにも犯人らしく巣から離れた場所において、巣作りをしていない鳥の襲撃を再現したのだ。犯行が発覚すると親鳥は模型の鳥を攻撃したが、コロニーのほかのツバメに対してはいつも通りの節度ある接し方を崩さなかった。
 人間の営みの解明には、まず、約束不履行や子どもの親権争い、国際通商ルールの分析や冷戦末期の米ソの交渉、といったあたりで「目には目を」モデルが使われ始めた。一九世紀の軍隊史を見ても、攻撃を制止するには速やかな反撃が一番だと裏付けられたと言われている。
 初期の「目には目を」戦略には弱点があって、競技者のミスがプレイの間じゅうずっと尾を引くのだ。アクセルロッドたちはそのようなノイズの治療薬を見つけた。ひとつは「太っ腹目には目を」作戦で、これはほかのプレイヤーの裏切りが一定の割合で見過ごしにされる。もうひとつの「悔い改め目には目を」だと、間違って裏切ってしまったプレイヤーが、自分は報復することなしに報復を受ける。テストをしてみて、寛大さと悔恨という要素を加えることで、「目には目を」戦略は非常に強固なものになることがわかった。
 囚人のジレンマゲームでは、「目には目を」に対抗していろいろな作戦が試されたが、そのなかでかなりいい線をいっていたのが、パヴロフだ。レニングラードのかの有名なパヴロフの犬よろしく、勝ちつづけている限りは機械的に同じ手を打ちつづけ、負けたら手を変える、という作戦である。これはいじめのやり方にも繋がる。ほんのささいな挑発に乗り、相手が立ち向かってくるまでしつこくやりつづける、というわけだ。しかしパヴロフにせよ、ほかの作戦にせよ、これまでのところ、ゲームの戦略としても、進化論としても、人の営みにあてはめるにしても、「目には目を」モデルを撃退することはできていない。

■三次元的存在
 「利他主義のような特性を作る遺伝子がある、と真剣に考える科学者はまずいないだろう」とアクセルロッドは言っている。「結果として利他主義に関与する遺伝子はあるかもしれない。例えば、かつて出会った人のことを覚えておく能力などだが、そうした能力は、いかなる場合であっても環境と無関係に働くわけではない」
 こうして彼は、生まれか育ちかという古くからある論争にアンダーラインを引いたのだった。この問題は、一九七〇年代に利他主義についての新しい仮説が次々と出てから、新たな熱をこめて語られるようになっていた。社会生物学の熱心な信奉者は、間もなくレイプから宗教まで社会行動のほとんどが遺伝的な側面から理解できるようになるといきまいた。これに対して、行動の基盤を進化の決定に求めようとする試みはどれも、社会の不平等を正当化し、固定してしまう遺伝子決定論だとして片端から切り捨てた。
 新しい世紀に入る頃には、この論争は薔薇戦争さながら、時代錯誤なものと感じられるようになっていた。遺伝子(生まれ)か環境(育ち)かという一世代前の単純な論争を通り越して、生物学の主流はもっと深く、遺伝子と環境の相互作用を探るようになってきている。そうした相互作用は、例えば進化のメカニズムや胎児の発達、脳内神経伝達に現われているし、地理的な意味での環境の変化に対する生態系の反応にさえも見られる。
 ハミルトンとトライヴァーズ、そしてアクセルロッドの功績は、人間のような社会のあり方がそもそもなぜ可能かという問題に、説得力のある説明をつけたことだ。覚醒した利己主義が、ダーウィン以前の生のままの利己的遺伝子を飼いならしたのである。そうして作り出された協力し合うという人類特有の能力によって、人は地理的環境を支配する大きな力を身につけたのだ。
 このような成功を収め、社会の複雑さが増してきたために、人間の子育て環境には選択の幅がでてきた。個人の遺伝子は栄えるかもしれないし栄えないかもしれない、良い習慣を身につけるかもしれないし悪い習慣を身につけるかもしれない、子どもの成長をにぶらせるような育児の怠慢や虐待が起こるかもしれない。だから何はともあれ、わたしたちは同じ人類同士、特に若い世代をどう育て、世話するか常に見直しつづけなければならない。ただ、どれだけ情報があろうとも、遺伝子決定論と環境決定論を捨てて単純に遺伝子環境複合決定論に飛びつくのは用心したほうがいい。
 二十世紀の行動科学の不思議なところは、研究者の中に思考の力をできるだけ過小評価しようとする者がいることだ。思考の上にこそ、研究そのものも成り立っているというのに。遺伝子も環境も、人がいつか遺伝子コードを発見したり、心理的条件付けの決まりごとを見つけ出したりするようにあらかじめプログラムされているわけではない。それなのに、思考や意志決定は主観的であるからということで、多くの研究者たちに科学的探究の埒外に追いやられてきたのである。
 だから、人間ゲノム計画のリーダー、フランシス・コリンズが言ったことは、言わばタブーへの挑戦だった。「遺伝は決定的ではない。環境もある。これも大事だ。自由意志もある。これもまたとても重要だ」
 自由意志は――少なくとも人の意識による現象が科学によってもっと詳しく解明されるまで、ここでは便宜上自由意志と呼ぶことにするが――人間の特質の第三の相だ。これには外的な要素は不要だ。言語や夢や体操などと同じく、自由意志はきわめて複雑な脳の働きによって生じるらしい。哲学者たちが自由意志の厳密な意味についていまだに論じている一方で、神経科学者たちはミドリツバメにどの程度自由意志があるのかを測ろうとする。
 遺伝子や社会的環境が、人に一定の行動を起こさせようとするのはたしかだ。しかし育つということは、意志の力と言われるものを使って、生来の気質や激しい感情をコントロールするすべを身につけることでもある。社会生活でのゲームのような利他性や攻撃性を伴うやり取りの中でも、人は暗に、絶え間なく、自発的な行動を選択している。囚人のジレンマゲームにあるように、人は協力することも裏切ることも選べる。ただ考えることによって。政治論争や選挙は、意見や政策には可塑性があり、選挙民の遺伝子や社会史によってあらかじめ決定されてしまってはいない、という前提の上に成り立っているものだ。
 犯罪取締りもまた、人が三次元的存在であることを見込んだ制度だ。よほど頭のネジがはずれていないかぎり、人は誰しも多少なりとも善悪の区別がつき、それに従って行動するものだということが想定されている。この状況では、科学はタブーに目をつぶり、焦点を個人へもどし、現実の世界の自由意志とは何かという問題に立ち向かわなくてはならない。


■仮釈放の問題
 かつて暴力行為を働いた人が刑務所や精神病院で何年か過ごしたあと、社会に戻しても安全かどうか、精神科医や心理学者に意見を求められる場合がたびたびある。仮に犯罪につながる攻撃性が遺伝子かかつまたは環境で決まってしまっているものならば、改心だの悔悛だのの入り込む余地はありそうもない。しかし、これまで多くの事例で、更生が可能であることが示されてきている。
 世界には服役囚の数が成人人口の一パーセントを越えるという国もあり、終身刑に服している者も少なくない。そこで、財政的にいっても人道的見地からも、受刑者をうまく仮釈放させることが重要になってくる。しかし結局のところ現実問題は、ひとりひとりを信用できるかどうかだ。前科者や精神科を退院した患者による殺人などの暴力犯罪が一定の数を下らないところを見ると、仮釈放や仮退院の際の判断が完璧にはほど遠いということだ。
 ベルギーでの実例が、その難しさをよく表わしている。一九七〇年代、リーブル・ド・ブリュッセル大学のジャン=ピエール・ドヴェールが、刑務所からの実際的な要請もあって、心理学上の実験を組織した。精神医学者でもある彼は、仮釈放候補になっている確定殺人犯の研究が専門だった。
 調査では、仮釈放候補者たちはひとりひとり自伝を書き、調査官とその内容について長い時間をかけて話し合った。その目的は、なぜ犯罪が行なわれるに至ったかを正確に描き出すことと、同じような状況がまた起こり得るかどうかを突き止めることだった。ドヴェールにとっては人間ひとりひとりの心はまだ未探査の宇宙のようなもので、どんな道具も望遠鏡になった。
 さらに、殺人犯たちがどの程度自分をコントロールできるかもテストされた。やり遂げることが不可能なように作られた作業を与えられ、何時間も続けるというストレスにさらされる。心理学者特有の老獪さで、作業をちゃんとやれば仮釈放のチャンスが増えると受刑者たちが思い込むのを、調査官たちはそのままにしていた。怒りを増幅させ、怒りが爆発する瞬間を探るために、実験の代表者はよくこう口にした。「気にするな、あした続きをやればいいんだ」
 仮釈放候補者ひとりひとりを調べる実験は非常に時間を食い、一年以上に及んだ。実験期間中のデヴェールのチームは、認知犯罪学にしっかりした科学の基盤を作ろうと、世界でもっとも献身的な努力をしていたに違いない。しかし二十年後の一九九六年、ベルギーの仮釈放制度は国民の激しい怒りに遭い、内部からあえなく崩れた。出所した小児性愛者が複数の子どもを誘拐し、殺害していたのだった。  犯罪学を、認知や行動や社会学の面からとらえるさまざまな理論が競合しているのは、この学問分野がまだ未熟なための現象かもしれない。しかし人間の第三の側面、今は仮に自由意志と呼んでいる要素は、利他主義と攻撃性を理解するために不可欠であり、豊かで複雑だ。また、人によって大きく違っている。ひょっとしたら、一般化にはなじまないのかもしれない。
 似たようなことは宇宙論にも言える。かたや天文学者たちは並行する別の宇宙の存在を真剣に考えさせられているが、物理学の法則は違う答えを出している。二〇〇〇年、イギリスの保護観察制度に関する報告書に、リヴァプール大学の臨床心理学者ジェイムズ・マグアイアは「研究する実践家」が必要であると書いた。デヴェールの思いをこだまするように、「ひとりひとりの個人は、研究しがいのある新たな知識の塊である」と。

→認知科学の最近の成果については、「文法」の項も参照のこと。人間の進化については「霊長類の行動」「人類の起源」「先史時代の遺伝子」「スピーチ」の項も参照。生まれか育ちかの議論については、「遺伝子」の項の最後でも触れている。

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